022.境界反転者と6秒の魔眼
お久しぶりです。長く空けてしまいすいませんでした。
「この場に居る者、全員が死ぬ! 彼女は……」
「特異体質『境界反転者』じゃ!」
「『境界反転者』!?」
どこか聞き覚えのある単語に思わず声を上げる。クレバリートが静観を決め込んでいるのに対して、俺はどう行動すればいいのか躊躇していた。
文献によれば――『境界反転者』は特異体質の一種で、感情の昂ぶりによって引き起こされる。その効力は、自身の持つ魔力を制御する器官を狂わせること。狂った結果、普段内部に向けて溜められる魔力、保有する魔力全てが外へと流れる。簡単に言うと、水を魔力と例えた場合蛇口を常に全開にしている状態だ。問題は、水は無尽蔵に出るものではないということ。文献で見た、一世紀ほど前の『境界反転者』の所持者も自身の特異体質の発現で死亡している。死因は明確。魔力の枯渇だ。
シェイラは既に『境界反転者』というリミッター解除状態の準備段階に入っている。止める手段はひとつ。完全に特異体質が発現する前にシェイラを気絶させること。だが、自らの弟子に手を上げることが躊躇われていた。
「う、うわああああァァアアアアァ!!!」
頭を抱え、シェイラがじたばたと不可視の痛みに抗う。弟子の惨状を見て動かないほど俺は冷血ではなかった。
「――シェイラ!」
声を呼び、自我を確かめる。反応がないところをみると、彼女の感じる痛みは想像を絶したものなのだろう。
最早一刻の猶予もない。
軽い魔術を当て気絶させようと前方に手を突き出した瞬間――。
「そうはさせませんよ」
眼前にクレバリートが現れ、瞬速の突きを放ってきた。俺は紙一重で回避し、バックステップで距離を取る。
抜剣された剣はレイピア。白と赤を基調とした、見る者に優美な印象を与えるであろうひと振りは、俺には華美な装飾にしか捉えられなかった。
クレバリートはレイピアを鞘に納め、配下の魔人に村長をきつく拘束するよう命じた。
「動かないで下さい。おじいさんがどうなってもいいので――」
瞬間的に腕を突き出し、無詠唱の造形魔術で村長を拘束する魔人を撃ち抜いた。同時に、威力を抑えた<竜の咆哮>を放ち村長を逃がす。
距離をとったのには、不利を悟っただけでなく人質を解放する間がつくりたかったこともあった。
村長がシェイラに駆け寄るのを脇目に、俺はクレバリートを睨み据えた。
「…………」
「…………」
無言の反目は、言外に戦わなければならないことを示唆していた。
右腕に<光の剣>を携え、腰を下ろして滑空姿勢をとる。<氷剣の舞>により創造された十本の氷の剣は全て切っ先を敵に向けている。
俺の構えを不可思議に思う表情を浮かべ、クレバリートが構えもせずに口を開いた。
「その奇妙な構えは一体――?」
「亜流の剣技だよ」
「そうですか。しかし――」
二の句を継がせぬ勢いで駆け出す――!
低空姿勢のまま一足飛びに地を蹴り、右腕を横一文字に構える。
「距離を空けてはならないことをお忘れでしょうか?」
言葉よりも先に銀尖が襲いかかってきた――!
<探知>が僅かな魔力を探知してモノクルに表示する。無数に表示される魔力の塊をナイフと見定め、俺は予見された攻撃を<光の剣>でいなす。
(右方向3つ、その数瞬後に左方向から2つ――!)
いなした次の瞬間から押し寄せるようにナイフが迫る。ノータイムで繰り出されるナイフの群れは銀線と呼ぶにふさわしいものだった。
モノクルに表示される反応を頼りに、右斜めへと斬り上げ、即座に切り返す。5本のナイフが視界から消え、再び後列からナイフが飛んでくる。
(右2つ左4つ右2左3右2左4)
思考の幅が狭まっていき、それに合わせて剣速が上がっていく。思考と同時に腕を振るう速度の上昇、前進する速度も上げていく。
合計22本ものナイフの網をくぐり抜け、俺は自身の予想の正解を悟る。
斬り払ったナイフは全て地に横たわっており、その刃先から僅かに魔力が感じられた。先端の魔力は威力を高めるために使われたことが容易に想像できた。
直後に再びナイフによる攻撃が繰り出される。妙に彼我との距離が長いと思えば、クレバリートが後退しつつ攻撃していることが分かった。
攻撃を払いつつも、速度を緩めることなく足を進めていく。
「おかしいですね。如何に魔術師と言えども、人間があの攻撃を凌げるはずがないのに」
<探知>によって引き起こされた今の現象は、軽い未来予知のようなものだから当然の結果だ。
目前に迫るクレバリートはナイフでは相手にならないことを悟り、鞘に納めたレイピアを抜剣しようとするが――遅い!
「ハッ――!」
肺に溜まった酸素を呼気し、全身に発破をかける。低空姿勢を維持したまま、足払いの要領で<光の剣>を振り抜いた。
抜剣するよりも早く、攻撃を感知したクレバリートは背中の両翼を使って僅かに空に浮き危難を逃れた。
だが――。
「ライベル亜流剣技、<影十字>!」
振り抜いたベクトルを利用し、高速で回転、次の瞬間には空に向かって剣を振り上げていた。
予想だにしなかったであろう第二擊を直に喰らい、腹から首元にかけて裂傷が走った。傷が刻まれ、クレバリートの顔が驚愕に染まった瞬間、大量の血が空を舞い驚愕は苦痛へと変わった。そのまま飛ぶことはかなわず、地に倒れこむように下降して片膝をついた。
クレバリートの背後で様子を見守っていた魔人の配下が、ボスの失態に皆一様に目を剥いていた。
「まさか、私がここまで傷を負わされるとは……」
「格が違うんだよ、格が」
調子のいいことを口にするが、既に余裕はなかった。彼の手下の数はまだ100名を超える。それに対するは数名の村人と痛みに悶える少女、そして魔力の残量が危ない魔術師一人。連日の戦いと過度の魔力の消費に常人を遥かに超えた魔力量も追いつかなくなっていた。
本来なら、上位魔術など常人の魔力では数発しか発動出来ない。俺はそれを大盤振る舞いよろしく使ったわけだ。魔力が尽きかけるのも当然と言えよう。今の武装状態ももって数分だ。
「――アァッ!」
残された体力と魔力を振り絞り、俺は残党狩りに駆け出した。
クレバリートが打ち負かされた事に動揺しており、倒すこと自体は簡単だった。敵の親玉を倒したことによって恐怖心を抱く者も少なからず、歯向かう者も皆等しく弱い。だが、いかんせん数が多い。目の端で残数を確認しようとすると――。
「――なっ!?」
クレバリートが手負いの体を引きずり、痛みに悶えるシェイラと村長の首元にナイフを据えていた。
「フフフ……。形勢逆転ですねぇ。さあ、武器を下ろしてください。さもなくば、おじいさん共々この娘を殺しちゃいますよ?」
「…………ッ!!」
万事休す……か。
魔力も既に尽きかけ、敵の残数もまだ多い。それに加えて人質まで取られている。この状況を打開できる策などない。ここは、敵の言うことに従うしか――。
「う、うぐ、わっ……」
諦念の境地に至ったその時、シェイラの口から言葉にならない声が漏れた。その意味不明な言動にクレバリートが嘲笑を歪めた瞬間――。
「ーーーーーーーッ!」
クレバリートの胴体に鋭利な爪が突き刺さっていた。
「……は?」
疑問符を浮かべた表情のまま、生気のない瞳を湛えて崩れ落ちる。
解放された村長は腰を抜かし、シェイラ……いや、シェイラだった者を指差していた。
「と、とうとうこの時が来てしまった……」
シェイラの容貌は、かつての面影を残しつつも人外であることを体現していた。
猫耳は鋭く尖り、全身の毛が逆立ち、瞳の色も狂気に染まっている。爪は鉤爪のように鋭利に伸び、極めつけには二又ときた。
悪魔……と評していいのかは分からないが、手負いとは言え知覚できない速度でクレバリートを殺した強さはまさに『悪魔』と呼ぶにふさわしい。
「…………」
無言で立ち上がった彼女は、奇声を上げることなく静謐な雰囲気を纏っていた。狂気と殺意が綯い交ぜになった瞳の先には魔人の群れ。厳かに右腕を上げ、
「死ね」
なんの躊躇もなく<竜の咆哮>を放った。いや、<竜の咆哮>と呼ぶには威力に差がありすぎる。彼女は一撃で敵の残数戦力を半分以下にした。
しかし、怒りと殺意以外の感情を表に出すこともなく同じ言葉を反芻して敵を切り刻んでいく。
「「あ……あ……」」
俺と村長はその光景に恐怖以外の感情を浮かべることができなかった。
震えている暇はない。今だって彼女は自身を強化するために膨大な魔力を垂れ流しにしている。このままじゃいけないことはわかっている。
だが、足が動かない。自分がしていたとはいえ、一方的に他者を嬲り殺す光景がここまで酷いとは想像できなかった。ましてや、化け物が呪詛を吐きながら殺戮しているのだ。これに恐怖を感じない者はいないだろう。
「村長、前回はどのようにして彼女を元に戻したんですか?」
直接魔力を纏うという、余りにも非効率的な戦いは長くはもたない。今すぐにでも解決に動き出さねば、死ぬのは彼女なのだ。
「7年前は、最後の魔人と相討って気絶した。なにか、大きなショックでも受ければ元に戻るやもしれん」
「大きなショック……」
考え込んでいる内に、モノクルに表示される敵の数がとうとう0になった。御の字だと手放しに喜びたいところだが、どうやらそうはいかないようだ。
「…………」
彼女が無言でこちらに歩んでくる。その目には変わることない殺意と狂気。
彼女には最早理性がない。
「村長、逃げて下さい!」
言葉と同時に前方へと駆け出した。脳裏に浮かぶものはただ一つ。
[強い衝撃を――!]
今の武装もあと数十秒しかもたない。その間に隙を見つけ出し、気絶させるほどの威力のある攻撃を繰り出さなければならない。
<氷剣の舞>で動きを翻弄しようと氷の剣を差し向ける。時間がない今、少しでも早く隙を作り出さなければ――!
「…………」
彼女は無言で立ち向かい、両腕を振るう。鋭利な鉤爪が一本の剣を捉えた――と思ったら。
「は!?」
目を開けた次の瞬間には<氷剣の舞い>は全滅していた。優美に舞っていた剣は一つ残らず粉砕された。
目を剥くも、矢継ぎ早に攻撃が繰り出され、右腕の剣を盾に連撃を凌いでいく。動揺するヒマさえ与えられない。
(――ッ、速い!)
<探知>がなかったら確実に一撃もらっていた。もしかすると、死んでいた可能性もある。
「――グッ!」
彼女の攻撃速度が上がっていく反面、俺の防御は次第に脆くなっていく。攻撃に対応できなくなりつつある。
「――ッ!?」
そして、とうとう攻撃速度に追いつけなくなり、彼女の拳が鳩尾へと吸い込まれる。辛うじて<光の剣>で受け止めることができたが、衝撃を吸収しきれずに背後の家屋を突き破る勢いで吹き飛ぶ。<身体強化>を発動していたことも相まって重傷を避けることはできた。
だが、立ち上がる間もなく彼女が駆け出した。驚異的な速度により一瞬で目の前に到達する。移動というより瞬間移動と言った方が近い。
殺される……!
背に受けた衝撃によって<光の剣>は消滅し、攻撃手段は全て消え失せた。生半可な魔術を発動したところで傷ひとつ与えることもできないだろう。詠唱でもできれば別だが、その時間すら与えられないに違いない。
俺は、避けられない明確な死を悟った。
「…………」
彼女が無言で爪を振り上げる。
その姿に、先ほどまでのシェイラが重なった。
シェイラは何故、このようになってしまったのか。悲しみの連鎖に耐えられず、目の前で人が死んだことが原因だ。だが、突き詰めれば俺が全ての因果だ。例え7年前に何があろうと、俺がこの事態を引き起こしたことに変わりはない。
このまま俺が死ねば、彼女を止められる者はいなくなる。それはつまり、彼女も含む全員の死を意味する。
それは、駄目だ。俺の所為で、シェイラが、皆が悲しむ最悪の結末だけは避けなければ。責任は俺がとると、守ると決めたばかりじゃないか。
俺は虚空に手を伸ばす。
なんでもいい。この状況を打開できる力があるなら、俺に寄越してくれ――!
俺は――彼女を助けたいんだ!
瞬間、爪が振り下ろされるのと同時に――。
(左目が……疼く!)
同じだ。黒騎士戦の時も左目が疼き、激痛を発した。
俺を切り裂こうと爪が迫るコンマ数秒の間に、俺は疼痛に悶えつつも左目に全神経を注ぎ込んだ。
「カイロスの瞳よ、俺に力を――!」
瞳が強い光を放ち、世界が塗り替えられる。
モノクロの世界で、俺以外の『人だけが』動作を停止していた。
この、たった数秒の時間を無駄にはしない!
「第四の使徒に告ぐ!」
銀色に輝くカイロスの瞳は今や打って変わって爽快ささえ感じる。痛みなど一片もなく、生来のもののようにしっくりとくるものがあった。
「世界を抱擁せし偉大なる力、空を駆け地を走り竜咆の如く全てを削らんとす」
この一撃で、彼女を解放する!
詠唱が完了し、魔術を口にしようとした時世界が色を取り戻した。
それは、人の時が再び進むこと、そして――。
俺の勝利を意味していた。
「<竜の咆哮>!」
掌から放たれた重い一撃に、白目を剥いて彼女が吹き飛ぶ。佇んでいた村長の脇に転がるようにして地に倒れこみ、ピクリとも動かなくなった。
「だ、大丈夫ですか……?」
腕を抑えて立ち上がる。彼女に与えられた衝撃が未だに腕の中まで響いている。
「気絶しておる。脈があるから生きていることには違いないですぞ」
徐々に戻っていくシェイラの姿に嬉々とした表情を浮かべた。しかし、俺が近づくと一転して険しい表情になる。
「村長、何故……」
「何故このことを彼女に黙っておったのか」
「……はい」
先回りされ、頷く。
「このことはわしだけでなく、村の者全員が知っており、黙っておったものなのです」
「全員が……?」
普通、あの姿を見たら村から追い出すとか、重い処罰を下すものとばかりに思っていたが……。
「わしらは皆、村を守ってくれた彼女と彼女の両親に感謝しておるのですよ。逆に、過度なまでに悪しき魔人を憎みました。そしてわしらは考えました。残されたシェイラにとって何が良いのか。その結果……」
「黙っていたと」
「それが彼女のためでした」
愛おしげにシェイラを眺める様は、その言葉に嘘偽りがないことを言外に明言していた。
「ですが、彼女が特異体質という逃れられない運命を背負っている以上、この時が来るのは時間の問題だと分かっていました」
立ち上がった村長の表情には悲哀はなく、ただ、何かを決心した心持ちが露になっていた。
「村長、話を遮るようで悪いのですが、一端ここを離れましょう」
村中のいたるところから炎が吹き上がっている。この村の全てを飲み込まんとする勢いで、火種を散らし増殖する。
ここにいたら焼死してしまう。
村長の腕を引っ張るが、動かない。
「村長!」
「ユー様。辺りを見回してくだされ」
急いで辺りを見回す。そして、初めて気づいた。
「誰も……いない?」
「もう、私達以外に誰もいないのですよ」
思えば、クレバリートと戦闘している時、シェイラが暴走していた時、手が空いていた魔人は何をしていた? 考える余裕がなかった。敵を殲滅することしか頭になかった。村人は、みんな……。
「村人なくして村長はありえません。わしはもう、村長じゃないのですよ」
「ですが!」
「このままじゃと、わしはシェイラの足枷になってしまいます」
村長が離別の意を体現するかのように、俺に背を向けた。
「彼女は優しく、傷つきやすい。きっと生涯の全てをわしとなくなった村につぎ込むに違いありません。それは……嫌なのですよ」
俺は、何も言うことができない。親の気持ち、彼女の気持ちそのどちらも汲み取ることができない俺が、容易く口を挟んでいいことでないことは明らかだった。
「だから、わしはこの村と共に消えます」
「待って下さい! そんなの、きっとシェイラだって悲しむ! 思いとどまって下さい!」
「シェイラを……娘を頼みましたよ」
村長、いやシェイラの父親はフッと笑みを零すと、静かにその身を業火にさらけ出した。
「あっ――」
手を掴もうと差し出した右手は、虚しく空を掻く。
俺は、己の至らなさに唇を噛んだ。
「俺は、俺は――」
豪炎が天を突き、熱気に当てられ周囲を見渡した。考え込んでいる暇はない。
俺はすぐさま気絶しているシェイラを抱えてその場を飛び出した。
焼け崩れた家屋を抜け、笑いあった無き会堂を駆け、崩壊したアーチを越えて尚走り続ける。
どこに行けばいいのかも分からない。ただ、体力の続く限り走る。
「シェイラ、俺は……」
お前になんて謝ったらいいのか分からない。許されることではないけど、謝らきゃいけないんだ。
そして、居場所を失くしたお前を……。
「シェイラ。俺は必ずお前を幸せにする」
それが、彼女の幸福を望んでいた彼に出来る唯一の償いだから。
視界はすぐに濡れて見えなくなった。
ここで一章は終わりです。次は二章に入る前に少し優とシェイラの小話を書いていきたいと思います。




