020.高校生魔眼魔術師による魔術指南と襲撃
シェイラが両親をなくしたのは7年も前のことらしい。今では当時のことを知る人は少ないだろう。人の記憶なんて簡単に塗り替えられてしまう。
俺は大樹の幹に背を預け、木陰からシェイラの様子を眺めつつ思案に耽っていた。
シェイラに教えた魔術は二つ。いずれとも風属性の初級程度の魔術だ。一つは身体強化系、もうひとつは攻撃系の魔術。風属性下位強化魔術<追い風>と風属性下位攻撃魔術<凪ぐ風>、両方共初級魔術の中では有用性のある魔術だ。
人によって得て得手不得手があるように、魔術の属性にも適性というものがある。簡単に言うと、人によって使える属性とそうでない属性があるということだ。例えば、俺だと全属性の魔術を行使することができる。シェイラの場合は水と風だった。
水属性の魔術は造形に類するものが多いため、想像力が欠かせない。ぶっちゃけて言うと、学がないと使えない、ということだ。
造形魔術は臨機応変に対応出来る面、応用性が求められる。状況によって造形するものを使い分けたりと、機転がきかないと使い物にならない。いくら初級魔術であろうと、教えるのは早計だと思い、風の属性を選択したわけだ。それに、造形魔術には無詠唱が不可欠だしな……。
「第四の使徒に告ぐ! 汝の御名において塵芥を吹かす力を創造すりゅ!」
あ、噛んだ。
瞬間、シェイラを中心に全方位から荒れ狂った風が収束した。
本来、この魔術、<凪ぐ風>は前方に風を収束して放つ魔術だ。それが、彼女が詠唱句を噛んだことで魔力が暴走して魔術がきちんと発動できない状態にある。詠唱句は魔力の暴走を抑える役割もあるため、噛んだり間違えたりすると致命的だ。
「し、ししょー! こ、これどうすればいいんですか!?」
「あー、とりあえず適当に魔力を放って鎮めろ」
「え、どうやってやるんですか、ソレ!? 適当にって言われても分からないですよ!?」
「全身から力を抜く感じ」
コツを教えてやり、後は我関せずとばかりに空を仰いだ。
あー、やっぱり人にものを教えるって面倒くさいな。よく考えれば俺になんの得もないじゃん、コレ。
損得勘定だけが頭中で渦を巻く。利得を優先する精神は、俺が商人であったならば大層立派な心がけだったであろう。そうでない以上、俺はただの守銭奴だ。
「し、ししょー! なんか、なんかもう駄目ですーー!」
シェイラの周りを旋回する風が、以前に増して荒々しくなってきた。驚いたことに、初級魔術の不発で上級レベルの魔術を放とうとしている。威力だけなら拍手ものだが、コントロール出来ない以上は仕方がない。だが、
「シェイラ、お前は才能がある」
「ふぇっ!? 私がですか?」
軽度の竜巻の中心で、シェイラが困ったように笑みをこぼした。
「ああ、まさか初級程度の魔術で上級レベルの魔力量を溜めるとは思わなかった。凄いぞ、シェイラ」
「そ、そんな。そんなことないですよぉ~」
まあ、ここからが重要なんだが。
「後はその方向性、つまりコントロールだな」
「はい」
俺は一拍間を空けると、笑顔で彼女に忠言した。
「それ以上暴発させると、お前、爆発するから」
「……え?」
魔術って怖いネー。
文明の利器がそうであるように、魔術にも不便な一面がある。それは、[死の危険]だ。等価交換ってやつだ。あまりにも扱えなさすぎると危難に遭う。残念ながら賢者の石なんて存在しないので、練習あるのみだ。まあ、命あっての物種だけどなー。つまり、シェイラ。お前は俺に弟子を志願した瞬間から命を保証されてないんだよ!
「し、ししょー! い、いやです! 最期が爆発なんて嫌です! どうせなら億万長者になってから死にたいです!」
お前は俺以上の守銭奴だったのか。
「お酒に飲まれて死にたいぃぃぃぃぃぃ!」
「お前、死にたいの?」
こいつ、諦め早くね?
現代っ子並に諦めが早いよ。もうちょっと頑張ろうよ。
「いや、どうせ死ぬんならお酒いっぱい飲みたいな、と」
「お前、意外と落ち着いてるのな」
呆れた声音にシェイラがフッと苦笑を漏らした。
「はあ、私の人生も短かっ……」
シェイラが言い終わるより先に、彼女の掌から暴風が放出された。前方に放たれる勢いを殺しきれず、シェイラがこちらに向かって飛ばされてくる!
「ししょー! 受け止めてぇぇぇぇぇぇ!」
クルクルと独楽のように回転しながら突っ込んでくる。
俺はそれを見て、瞬時に閃く。これは、フラグが立ったと。
俺が座ったままの態勢を維持し、シェイラを受け止めればきっと胸を触るだかそんな感じのお色気ハプニングが起きてしまう! ライトノベルなんかでは、「キャー、エッチー!」で済むが、現実は違う。日本だったら「キャー、エッチー!」が、「ちょっとキミ。署までご同行願おうか」なんて風になってしまう。それは、この世界でも変わらないだろう。きっと何らかの処罰があるはずだ。いや、なかったら風系魔術でパンチラしまくる輩がいるだろう。この世界にもそこまでの自由はないはず。
だから、俺は。
「すまん、シェイラ! お前のことはできる限り忘れないようにする!」
俺は蹶然と地を蹴り、全力で回避行動をとった!
「いやァァァ、そこは覚えててぇえぇえええ!!」
叫喚に次いで、鈍い震動が響く。シェイラの決死の一撃は樹冠を揺らし、地を鳴動させた。ある意味強力な魔術なのかもしれない。
「…………」
そして、俺は回避に失敗した。いや、一撃を躱すことはできたのだが……。
「うきゅ~」
伸び上がったシェイラのスカートは、見事までにはだけていた。自然、その深奥に据えられたものに目がいく。
なるほど、縞パン(に近い)と……。役得ですな。
見えざるものの力なのか、お色気ハプニングは回避することができないようだ。
「ごちそうさまでした」
そう言って、俺はシェイラに頭を下げた。
「ししょー、見てみて~!」
数分もするとシェイラは意識を取り戻した。俺は軽い罪悪感からシェイラに話しかけることが出来なかったが、彼女は嬉々としてあるモノを見せてきた。
「ほらほら~! <竜の咆哮>~!」
シェイラの掌から荒れ狂う竜巻が放たれ、ちゅどーん! という効果音と共に付近の山を跡形もなく吹き飛ばした。
「…………(汗ダクダク)」
た、確かに魔術名を教えたのは俺だが。まさか、練習初日から風属性上位攻撃魔術を扱えるようになるとは……。初級魔術は出来ないくせに。才能ありまくりだぞ、こいつ。
どうやら神はパンチラと引き換えに強力な魔術を授けたようだ。
現実から目を背け、師匠のものとは思えない感慨を抱く。
消し炭となった山と共に俺の罪悪感も消し飛んだ。
「ま、まあ。このくらい普通カナ」
「あっ、やっぱりそうですよね。私ったら調子に乗っちゃってすいません」
いえ、俺の方こそ嘘ついてすいません。
再び罪悪感に苛まれた瞬間――。
「全兵、突撃開始!」
高らかな声と共に、村のアーチが破壊された。
気づけば、村の入口には数百人もの魔人が配置されていた。
クソっ! <探知>を起動していなかったから気づけなかった!
だが、 今俺達のいる場所はちょうど村の入口から死角の方向にある。このままやり過ごせば奴らにバレずに逃げることが出来る。俺一人ならまだしも、シェイラを連れて大人数と戦闘を行うことなど出来ない。シェイラを庇いながら立ち回るのはさすがに無理がある。
しかし、俺を迎え入れてくれた村を捨てるのも……。
どうする、どうする!? 本隊の進軍が予想以上に早すぎた! 悠長に考えているヒマなんてない。二者択一。答えは二つに一つ。決断するなら、今しかない!
「ッ、シェイラ……」
「師匠! 私、このまま見ていることなんてできません!」
言うなり、周囲に目もくれず猛然と駆け出した。俺の言葉も、迷いも振り切って一直線に疾走する。
「守るために使わないで、何のための力ですか!」
シェイラが声高に叫んだ。
俺は……。戦闘以前の問題に、人を殺す覚悟ができていない。
守るための力でさえ……覚悟が鈍れば諸刃の剣と化す。そんな不完全な刃で人を殺すことができるのか……?
俺は、俺は……。
「愁嘆場を演じたってしょうがない」
お涙頂戴では済まされない。
俺は勢い良く眼帯を外し、懐からモノクルを取り出し装着。<探知>と<総力調査>を同時に起動する。
<身体強化>を無詠唱で発動し、自身の身体能力を大幅に上昇させた。
全力で地を蹴り、高速で移動を開始する。地を蹴る度に大穴が穿たれ粉塵が舞う。
シェイラとの距離も目と鼻の先だ。
「おい、シェイ……」
声をかけようとした瞬間、シェイラの背後から凶刃が襲いかかった。
俺は無言で、人外の脚力を以てして一瞬の内に魔人の懐に迫り魔術を発動する――。
「<氷剣の舞い>!」
瞬間、十本もの剣が魔人を肉塊へと変貌させた。
「師匠……」
「立ち止まるな、走り続けろ」
これはまだ序の口。
ここからが、本番だ。
電波はあっても時間と体力がない……。
次も、何とかして更新します。




