019.シェイラの理由と村の謎
遅くなってしまい、申し訳ございません。
「ん……」
視界がぼやける。泡沫の微睡みの中、薄く目を開けると窓越しに温かな陽光と、
「ふにゃ~」
泥酔したシェイラが瞳に映った。
机に突っ伏して気持ちよさそうに爆睡している。端正に整った顔は年相応の可愛らしい女の子ものだった。
今思えば、何故この女の子は俺に弟子を志願(語弊があるが)したのだろうか。何のために魔術を修得したいのか。その辺りを聞いてみる必要があるな。悪用するようじゃ教えられないし。まあ、シェイラならしないと思うけど。
「あー……」
頭が痛い……。酒を飲んだわけではないが、匂いにやられたな。あのクソ弟子、酒癖が酷すぎる。飲めねえっつってんのに無理矢理飲ませようとしてくる。あいつは中年の酔っぱらいかよ。
額を押さえて佇立していると、背後の扉が開く音がした。
「ユー様、お着替えをお持ち致しました」
「ああ、村長ですか。どうも、ありがとうございます」
「いえ、この程度のことしかできず申し訳ございません」
「十分です」
そう言って、村長から洗濯された制服とコートを受け取る。
受け渡す際、村長は制服一式に異物を見るような視線を注いでいた。
「魔術師様は皆このような服をお召しになるのでしょうか?」
あー、面倒な質問が来たよ。異世界テンプレートだよね、コレ。服を作る技術さえオーバーテクノロジーだっていう。
さて、どう答えたものか。
「旅先で買ったんですよね、師匠?」
「うわっ、シェイラ! いつの間に!?」
「今起きたところです」
言うなりシェイラは寝ぼけ眼をこすり始めた。
村長の方を見遣ると、得心のいった表情を浮かべていた。
「なるほど、遠方のものというわけですか」
次元さえ超えた距離にあるけどな。
村長は納得した様子で一人勝手に頷きながら退室していった。
村長がいなくなるなり、シェイラが傍まで詰め寄ってきた。
「で、実際のとこどうなんです?」
「どうって、服のことか?」
「そうです! こんな生地見たことがありません。一家の家事を預かってきた者としてとても興味があるのですよ」
あ、シェイラ家事出来るんだ。これはいいことを聞いた。それなら、馬車馬のようにこき使ってやろうじゃないか。
「ああ、これは異世界のものだよ。学び舎に通う、俺ぐらいの年齢の者が着る物だ」
「へー、師匠は学び舎にいってらっしゃったのですか」
「まあな」
本当は中学までが義務で、高校は大学に進学するため……なんていうと面倒だから黙っておこう。
「羨ましいです!」
「ここらにはないのか?」
シェイラはぷくーっと頬を膨らませると、一転して翳りのある表情になった。躁鬱状態とはこのようなことを指すのだろう。
「そのような場所があるのは王都くらいのものです」
「でも、読み書きはできるんだよな? 凄いな」
シェイラが恥ずかしそうに伏し目がちに答える。
「はい、ほんの少しですけど……」
魔術師たる者、字は読めないといけないからな。でも、識字率の低い国、ましてや郊外に住む者が自力で習得したのは純粋に驚嘆に値するものだ。
「って、それよりも師匠!」
「ん?」
はりきった様子でシェイラが声を上げた。俺は訊ねるように返答したが、彼女の気炎を見て一瞬でその意図を理解した。
「魔術を教えて下さい!」
「おい、お前。二日酔いとかないのか? 本当に大丈夫か?」
「はい、全然平気です!」
それはそれでおかしい気がするが。(あんだけ飲んでおいて反動がないのか……)
まあ、彼女も体調は万全のようだし後は……。
「わかった。じゃあ、着替えて村の入口に来てくれ」
「はい!」
気炎を吐いた直後には、シェイラは既に会堂を出ていた。
あとで彼女に魔術を会得したい理由を尋ねなければ。
そういえば、昨日の村長の話が途中だった。シェイラの稽古の後に話を伺うとしよう。
俺は手早く着替えを済ませると、足早に村の入口へと向かった。
「師匠、遅いです!」
「ちげーよ、お前が早すぎるんだ」
俺が村の入口に着いた頃には、既にシェイラがアーチの前で仁王立ちしていた。
なるべく早く向かったつもりだったのだが……。何故彼女はここまで早いのだろうか。それだけ速く動けるなら、魔術習う必要なくね?
「それで、ここで教えてくれるのですか?」
「いや、村の中ではやらない。村の外でやる」
言うなり俺は身を翻した。
魔術の練習には事故が付き物だ。魔術が使われ始めて千年以上が経過しているが、未だに未知の要素が多く、何が起きるか分からない。だから、出来るだけ拓けた場所でやりたい。
俺は黙って追従してくるシェイラを引き連れ、村から少し離れた草原で足を止めた。近くには一本の大樹が根を生やしている。
俺は背後を振り返り、シェイラと向き合う。
「さて、ここで魔術を教えようと思うわけだが……」
「はい」
首肯するシェイラを俯瞰しつつ、用意しておいた問いをぶつけた。
「その前に、何故シェイラが魔術を習いたいのか教えてくれ」
内容を捏造されると困るため、飽く迄も少し興味がある程度に訊ねた。
シェイラは一瞬困ったような顔を見せたが、数瞬後には目尻を決した様子で口角を上げた。
「私は強くなりたいんです。いや、強くならなくちゃいけないんです」
「どうして?」
普通に日々を過ごして、結婚して幸せな家庭を築く道だってあるはずだ。それなのに、何故敢えて魔術師になる道を選ぶ必要があるのか。
「私のこの耳……。ケットシーの証なのですが、これのおかげで私も私の両親も随分と酷い目に遭ってきました」
一般職とはいえども、彼女も魔人には違いない。色んな憂き目を経験したのだろう。自身を語る彼女の悲哀に満ちた表情がそれを物語っていた。
俺は無言で話を聞き続ける。
「そんな中、この村の人たちだけは私たちを温かく迎えてくださったんです。でも……」
視線を落として、伏し目がちになる。下唇を噛んで涙を堪えているのが容易に見て取れた。
「お母さんも、お父さんも襲撃してきた魔人たちにやられてしまって……。私、自分が無力だって気づいて。目の前が真っ暗になって失神しちゃって……。気づいたら魔人は全員いなくなってました。でも、二人共死んだままで……。もう、あんな思いしたくないから。私たちを迎え入れてくれた村の人たちにもさせたくないから。だから、だから強くなりたいんです! 駄目ですか?」
「いや、十分過ぎる理由だよ」
だけど、一点不自然な箇所があった。
村長はシェイラの両親が魔人と相討ったと言っていた。てっきり魔人は一人だと思い込んでいたが、シェイラの話を聞く限り多数いたようだ。そして、最大の疑問は――。シェイラが気絶した後、誰が残りの魔人たちを片付けたのだろうか。彼女の両親はその時既に事切れていた筈だ。
一体誰が……?
「辛いことを訊いてしまってごめん」
コクりとシェイラが目元を拭きながら頷いた。
俺は確認のため、分かりきったことを訊ねる。
「あと、確認のために聞きたいんだけど……村で魔術を使える人っている?」
「私以外には……いません」
「村に来た人の中にも? 亡くなった方の中でも?」
「はい、私と私の両親以外は誰も……」
いない……だと!?
シェイラは気絶していたから魔術は使えない筈だ。しかし、彼女の話を聞く限り他に魔術を使える人はいない。一般人が武器を手にとって戦っても魔人には敵わない。なら、誰が……? そして、何故村長は俺に嘘を吐いた……?
もしかすると、村長は何か知っているのかもしれない。昔、村であった出来事について重大なことを。
……だんだん雲行きが怪しくなってきたな。
「よし! それじゃあ早速魔術の練習を始めようか」
「は、はい! よろしくお願いします!」
俺は声を張り上げることで内に溜まった不安を払拭しようとした。
無限に広がる壮麗な青空とは打って変わって俺の心の底には容易には消えないであろう凝りが残った。
今日から暫く住み込みのバイトを始めるので、更新できない日々が続く……かもしれません。17日間、書ける内に書きますが電波の都合上投稿できるかどうか分かりません。気長に待ってくださると嬉しいです。




