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異世界魔眼魔術師の軌跡 旧名:6seconds  作者: 結城紅
第一章 異世界アークフィリア
18/41

018.高校生魔眼魔術師の苦悩

 ――その夜の会堂。


 ささやかとは言いつつも、俺が見た中で最も派手な会合を村長は開いた。

 村中はお祭り騒ぎ、会堂も盛況で村を救った俺は引っ張りだこだった。

 俺の立ち位置は村を訪れた旅人から村を救った英雄と化していた。その実態は魔人を殺した犯罪者なのにも関わらず。

 正当防衛だったという言い訳が唯一の慰みだった。この弁解で俺の精神はかろうじて平常心を保っていた。 

 血の臭いも相まって、どうしても先のことを思い出してしまっていた。俺が服を気にしていることに気づくや否や、村長の取り計らいによって新しい服を貸してもらえた。俺の服は洗濯して返してくれるらしい。ありがたいことだ。

 そんなこともあり、パーティーに出席せざるをえなくなった俺は七分丈のパンツとシャツという質素な出で立ちでパーティーに繰り出した。主役にしては地味すぎる格好だ。

 しかし、参加はしたものの、次第に皆のテンションについていけなくなり空気と化した。しまいにはシェイラを探すハメに。シェイラはあちこちを回っているようで、捕まりはしなかった。

 酒を注がれたが、未成年のため(この世界にはそんな法律はないが)遠慮してジュースらしき物を注いでもらい外へ出た。

 辺りは一面真っ暗だ。先程までの喧騒も耳に遠く聞こえる。涼しげな夜気がそっと肌を撫でた。

 俺は片手にジョッキを持ったまま石段に腰を落ち着けた。

 人知れず溜め息をこぼしていると、背後に誰かが立った気配がした。


「どうかしましたか、師匠?」


「ん、ああ。シェイラか」


 猫耳娘は上機嫌な様子で俺の横に腰掛ける。


「師匠は食べないんですか?」


「さっき少し食べたからいいよ」


「お酒飲まないんですか?」


「悪い、酒は飲めないんだ」


 うーん、とシェイラが考え込んでしまう。

 せっかくの気分を害してしまったか。俺は慌ててシェイラに問うた。


「シェイラは酒飲めるんだ?」


「子供の頃から飲んでますよ?」


 この国はどうなってるんだ。子供の腎臓をぶち壊す気か。いや、それともシェイラが特別なだけか。

 不意に、シェイラがグイっと顔を近づけてきた。僅かに動悸が乱れる。


「師匠、落ち込んでます?」


「え、いや、そんなことは……」


 いや、ごまかしたって意味はないか。

 俺は俯き加減に訥々と言葉を零し始めた。


「初めて人を殺めた。……正当防衛とはいえ、沢山の人を殺してしまった」


 シェイラは黙って俺の話を聞いている。


「あの瞳が、感触が、臭いが。どうしても忘れられそうにない」


 シェイラが口を開く。


「殺すのは当然のことです。殺さなければ殺されてしまいます」


 やはり、そういう考えだったのか。おかしかったのは俺の方だったわけだ。


「……シェイラ」


「はい?」


 横でシェイラがこちらを向いたのが分かった。俺は意を決して、本来言うつもりはなかった言葉を吐いた。


「信じられないかもしれないけど、俺は魔物や魔人のいない別の世界から来たんだ」


 シェイラが僅かに目を剥いた。俺はそれを横目に言葉を続ける。


「俺のいた世界では、殺しは最大の御法度でな。タブーを犯した奴は、如何なる理由があっても刑に処せられるんだ。最悪、死刑も有り得る」


「…………」


「酷く文明が発達した世界で、それ故に現実を重視し過ぎていた。証拠があれば理由なんてどうでもいいのさ。だから、みんなルールを遵守する。そんな社会の中で生きてきたから、ルールを墨守する術を自然と身につけていたから、死とは遠くかけ離れた場所にいた」


 俺は自嘲の笑みを浮かべ、シェイラに向き直った。


「殺す覚悟ができたつもりでいたよ。でも、死を知らなかった俺はその重みを理解しきれていなかった。結果、このザマさ」


 これじゃあ、この世界ではやっていけそうにないな。

 女神の頼み、都市伝説の解決、花梨の救出も、俺には荷が重すぎたのかもしれない。

 殺す覚悟……。

 文化的な生活を営んでいた以上、俺はもちろん食事をとってきていた。必要最低限の栄養を摂取するためには必要不可欠な行為だ。菜類も、肉類も食べることになる。では、その食物、事に肉を調達するためにはどうすればいいか? 答えは簡単だ。スーパーなりコンビニにいけばいいだろう。更にそれを突き詰め、店舗が肉を仕入れるには? ブローカーがいる。では、そのブローカーの前には……。いずれにしろ、現地で牛や豚、鶏を育てる農家や業者の方に行き着く。商品である肉を調達するため、彼らは何をするか。当然、家畜を殺すのだ。その人たちにも生活はある。その生活を維持するためには必要な行為だ。その人たちも、それなりの覚悟を決めて仕事をしているはずだ。

 その立ち位置を俺と置き換えてみよう。

 彼らの仕事は、極端に言えば家畜から商品を作り、殺し肉を届けること。言い方は悪いが、そういうことになるだろう。

 では、俺の仕事は? 上記に述べた通り、複数ある。その仕事を達成する過程には人を殺すことだってあるだろう。覚悟ができないということは、仕事を放棄することと同義だ。もし、そういう状況に直面した時、覚悟ができていませんでは話にならない。

 いつその時が来るか分からない以上、近い内には覚悟を決めなければならない。


「殺す覚悟……ですか」


 シェイラが重々しく呟いた。


「私、それは贅沢な悩みだと思います」


「贅沢?」


 贅沢な悩みなのだろうか。自分でも深刻に頭を抱えているつもりなのだが。


「私や村の人は、師匠みたく強くはありません。でも、村の周りには魔物もいて襲ってきます。殺さないと殺される以上、覚悟を決める間もなく『殺す』しかないんです」


「そうか……」


 なるほど、確かに俺の悩みは贅沢だな。こんなことを考える余裕があるんだから。シェイラに言われて初めて気がついた。


「ありがとう、シェイラ」 


 自然と感謝の言葉が口を突いて出ていた。

 シェイラはそれにニッコリと笑うと、


「いえ、師匠はそれ以上のことをしてくれました。私のことも弟子にしてくださいましたし。こっちこそありがとうございます、です」


 そう言ってシェイラは立ち上がり、



「ヒック」



 ……え?


「じゃあ、私はもうちょっと飲んできますから」


 告げる彼女の頬は仄かに上気していた。鼻を利かせれば、辺りの冷気に混じって微かに酒臭いにおいもした。


「おい、もしかして今までずっと飲んでたのか?」


「はい、そうですよ?」


 ヒック。再度可愛らしいしゃっくりを漏らす。


「シェイラ、今いくつ?」


「女性に年齢を訊ねるのは失礼ですよ~?」


「いいから答えろ」


 一瞬考え、躊躇うような素振りを見せるもののはっきりと答える。


「たしか、今年で14になりますね」


「お前もう飲むな」


 これ以上は腎臓に悪すぎる。


「え~、飲まなきゃやってられないんれすよ~」


「何酔っ払いみたいなこと言ってるんだよ。しかも呂律回ってないし」


「酔ってまふぇんよ~」


「酔ってる奴はそう言うんだよ。俺の姉ちゃんがそうだった」


「いーじゃないれすか! それろも私の酒が飲めないって言うんれすかぁー?」


 全然話が通じてないな。俺の飲むなという意志が伝わらない。

 シェイラがヒックヒック言いながら肩を組んできた。


「さー、ししょー。私と一緒に朝まで飲みまひょー!」


「お、おい。放せ、放せーーーー!」


 シェイラの回した腕は、ガッチリと俺を掴んで離さなかった。


 結局、シェイラが酔いつぶれるまで付き合わされることになった。もちろん俺は一滴たりとも飲んではいないが。全部水でごまかした。 

 今後、俺は一切シェイラに酒を飲む場を与えることはないだろう。

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