017.村への襲撃
「悪事を働いた者は相応の報いを受けなければならない。それが、社会のルールだ」
言うなり、俺はバッと眼帯を脱ぎ捨てモノクルを装着した。
<探知>を発動、周囲の敵の位置の補足を完了。
<総力調査>を発動、罠の可能性0%。
両魔術の発現を確認。<探知>を継続、<総力調査>を終了する。
……全ての下調べは完了した。
あとはこちらが仕掛ければいい。
さあ、王手をかけてやろうじゃないか。
俺は再度敵の位置を把握すると、魔人達に向かって駆け出した――!
「<身体強化>!」
無属性上位強化魔術を自身に施す。女神の加護のおかげか、いつも以上に身体が軽い。羽のような軽さだ。
軽快に一人目の魔人に駆け寄り、詠唱句を唱える。
「第三の使徒に告ぐ!」
張り上げた声にビクリと魔人の身体が強ばった。
「広大なる大らかな力を、我、汝の名の下に顕現す――」
殺し、殺される覚悟ならできている。
「<深海の槍>!」
<探知>によりモノクルに表示される敵の位置座標を確認し、槍を投擲する――!
数人の魔人が水槍に貫かれ、事切れる。彼らはことごとく臓腑を撒き散らし、勢い良く喀血し辺りに死臭を漂わせた。最後に見せた憎悪の篭った瞳を、俺は決して忘れることはないだろう。
「うっ……」
不意に、死臭にやられ吐き気を催した。
人を殺す覚悟がどうたらと、大言壮語を吐いたがどうやら身体は正直なようだ。
俺は、例え魔人でも……敵だとしても人を殺したんだ。
膝を屈したが、敵が来る前にふらりと立ち上がる。
死の恐怖に捕われてはいけない。
殺らなければ殺られる。
俺も、俺の後ろにいる少女も、村の人が。全員が被害者から死人と化してしまう。
敵を殺せないだなんて俺一人の迷妄に大勢の人間を巻き込んではいけない。
だが、法律の下に安全を保証されたぬるま湯で育った俺にとって、それを課されるのは酷というものだ。……とても正気でなんていられない。
だから、
『何も考えるな』
「うおおおおおぉぉぉ!!」
俺は思考を放棄し、猛るように吠え敵地に向かって吶喊した。
「魔術師だ! 魔術師が居やがった!」
「撤退だ! 撤退しろ!」
俺が数人の魔人を串刺しにしたことから、弱音を吐く敵が現れた。
しかし、それでも勇ましい自殺志願者は絶えない。下卑た笑みを浮かべ、恐怖を愉悦に変えて腕を振り下ろしてくる。
変遷する負の感情、棄てられた思考回路、ルーチン化するプロセス。
欠落した良心。機械化した心。混沌とした様相は一息に白に塗り替えられる。
敵は白から黒へ。俺は黒から白へ。負と正の精神が歪んでいく。
迫り来る丸太のような筋肉質な腕と、先端の尖った鋭利な爪を俺はどこか他人事のように見ていた。
無詠唱で即座に魔術を構築、右手に現れた水槍を感触も不確かなままに掴み即行で敵の胸元に紅蓮の花を咲かす。
「ザコはどいてろ……」
黒のコートが血に染まり、その下のワイシャツまでもが血痕にまみれた。紅色の斑点がポツポツと闇に浮かび、穢れ無き色は明色に染まる。
水槍を引き抜き、事切れた肉塊を次いで現れた魔人の攻撃の盾にする。即席のトーチカが穿たれ、瘢痕が増えた。
死体越しに視線がぶつかった。
「ヒッ……」
愉悦が恐怖の情に塗り替えられる。先ほどまで見せていた嗜虐的な笑みなど、最早その顔には皆無。微塵もありはしなかった。
「なんで……なんでそんなことして平気な顔でいられるんだよぉっ!」
「……どけ」
てめぇらも同じことをやっただろうが。
「<氷剣の舞い>」
無詠唱による氷属性上位攻撃魔術を発動。十本もの氷の剣が俺の周囲を旋回する。
「…………」
バッと、指揮棒のように腕を振ると、意思に沿う形で剣が前方に放たれた。
舞う鮮血。恐怖と驚愕が綯い交ぜになった最後の表情。魔人の唇が微細な動きを見せ、微かな声が漏れた。
「この、化物が……」
「化け物はお前らだろ」
ドサッと地に臥した味方を見て、残りの数人が後ずさった。
ガタガタと震えながらも獲物を握りしめている。
……何故逃げない?
「おら、何押されてんだ! 魔王軍第18部隊先遣隊隊長の名に於いて命じる! 逃げるな、戦え! 逃げた奴は俺が直々に殺す!」
前も後ろも敵。四面楚歌とは言い得て妙だな。
「う、うわあああああああ!!」
悲鳴じみた金切り声を上げて吶喊してくる魔人が一人。
俺は静かに右手を薙ぎ払った。
瞬間、十本もの剣が魔人に殺到し、彼の物語は呆気なく終着点を迎えた。
<氷剣の舞い>は<雨粒の軌跡>と違い魔力を流し続ける限り消えることはない。消えるとすれば、それは俺が死んだ時かそれとも……。
お前らが死ぬ時だ。
「…………ッ!」
跳躍。人外の脚力を以てして残り少ない魔人の懐に詰める。身体を捻り、回転の勢いを利用して俺を中心に巻く剣が胴体を斬り裂いた。
血腥い悪臭が鼻腔を突く。
「うっ……」
忘れろ。忘れてしまえ。良心を。血の臭いを。この光景を。この記憶を。この感触も。嫌なことは、全て。
不意に、
「「…………」」
隊を率いる闘将と目がかち合った。絡み合う視線、交差する殺意。
崩れ落ちる塊を介しての睨み合いは一瞬の出来事だった。
切り払った敵を視界の隅に追いやり、そいつに接近を試みる。
狙いは主犯格のリーダー。そいつさえ倒せば司令塔がなくなり士気もガタ落ちする。
所詮は烏合の衆の集まりだ。指揮系統さえ崩してしまえば、後はどうにでもなる。
「……さ、させるかってんだ!」
上司を守るようにして立ちはだかる魔人。その声音は弾かれた琴線のように震えていた。
勇敢と蛮勇は違うということを思い知れ。
「……フッ!」
剣を振るう。魔人が倒れる。
ただ、それだけだ。
どれだけの勇気を振り絞ろうが、結果は変わりはしない。なけなしの勇気と命の損だ。
「おのれ、小癪な!」
頭が出張ってきた。先端から石突きまで悠に数メートルはあろうかという巨大な戦斧を振り上げる。
巨躯と膂力を利用した攻撃。だが、それでは今までの奴らと同じだ。
単純な思考、浅はかな見解。どうせ数瞬後には血に染まるとか考えているんだろう。
「……ッ!」
宙を舞う一本の剣を盾に躱す。強靭な刀身は脆くひび割れ、呆気ない程に散っていく。
それを見て魔人の将が卑しい笑みを浮かべた。
そのまま再度戦斧を振り回し攻撃してくるが、剣を宛てて軌道を逸らす。
そんな拙攻じゃ当たらねーよ。
軌道を逸らされたことで、奴の腕が一瞬力んだ。その一瞬の隙を逃さず二本の剣で戦斧を斬り上げた。
キィンと簡素な金属質の音を奏で、狂想曲も終点を迎える。
巨大な戦斧は中空に綺麗なアーチを描き、持ち主の遥か後方に突き刺さった。
「馬鹿な……」
敗北という現実を受け止められないのか、その瞳はどこか虚ろだった。しかし、一度俺が剣を突きつけると、信じられないという形相は次いで焦りに変わった。
「ま、待て! 俺を殺すと本隊がお前を……!」
「知るか。変わりゃしねーよ」
殺そうが殺すまいが本隊はやってくるだろう。こいつが生き延びれば連絡され、こいつが死ねば本隊との連絡が途切れ戦死したとみなされやってくる。ならば、これ以上こいつが被害を及ぼす前に……。
「た、頼む! こ、殺さないでく……」
二の句を継がせず、俺は腕を振るい非常さを孕んだ一撃を喰らわせた。
腕を直上の太陽に向けた形で崩れ落ちる。その様相を、俺はどこか別の次元でも見るかのように眺めていた。
発動した魔術を俺の意思で全て断ち切る。剣は粉雪を残して宙に掻き消えた。何も表示されないモノクルを懐にしまい、呆然と屹立する。
気づけば、俺の服は完全に血に濡れていた。染まっていないところを見つけるのが困難なまでに。
服だけでなく、腕も、足も。
今や俺は、血に濡れた殺人鬼と化していた。
そして俺は思考を取り戻し、周りの光景を見て目を剥いた。
……転がっている。五臓六腑を吐き散らし、恐怖と驚愕の表情を浮かべた数々の肉塊が。この惨憺たる場景を、全て俺が……。
再び内からせりあがるものを感じ、その場にうずくまった。
一抹の静謐が村に訪れる。
皆が一様に俺を見つめる。目前で、正当防衛とはいえ大量虐殺を行った俺を。
罵られるのだろうか。畏怖されるのか。
ネガティブな思考が頭の中を満たす。
だが、
「やったぞーーー!」
「死んだ! 魔人共が死んだ!」
「これで村は救われたわ!」
浴びせられたのは罵詈雑言ではなく歓声だった。
村長が近寄ってきた。
「ユー様。村を救って下さりありがとうございます」
「い、いえ」
「あんなにスカッとしたのは久しぶりですじゃい」
そう言って、フォッフォッフォッと村長は笑った。
そう、笑ったのだ。おかしい。何故あんな光景を見たあとに笑える。いや、おかしいのは俺の方か?
「ささやかながら祝賀会を開こうと思います。是非ユー様も御参加下さいませ」
「いえ、水を差すようで悪いですが、敵も先遣隊との連絡が途絶えた以上直ぐに本隊が来るでしょう」
「なに、こちらには天下無敵の魔術師様がいらっしゃるんだ。どんな敵も一撃だ!」
近くにいた村の若者が剣を振るう動作を見せた。周りの者が一様にどっと笑った。
「……すいません。あまり気乗りしないので」
「そうですか。それでは、村の会堂で行っておりますので気が向いたらどうぞ」
村長の言葉を皮切りに村民が三々五々と散っていく。
大半は村長に付き従い、少数は破砕した柵や荒らされた農地の修復作業へと。どうやら被害は思ったほど大したことはなかったようだ。
俺は近くにあった木製の階段に腰を下ろし、夕刻の空を見上げた。
「大変な世界に来てしまった……」
人々の感覚は平常で、異常なのは俺だけなのだろう。
茜色の空は血に染まっているように見えた。




