016.シェイラの事情
「おい、返事ないのに開けてもいいのか?」
「いいんですよ。ここ、私の家ですし」
…………は?
シェイラ、村長の娘だったのか?
若干戸惑いつつも、俺は村長宅に足を踏み入れた。
「村長を呼んでくるので、待っていて下さい」
言うなり、シェイラは木製の階段を駆け上り二階の一室へと駆け込んだ。
自分の父なのに、どうして村長と呼ぶのだろうか。解せないが、それは放っておいてもいいだろう。
「ほぉー……」
俺は雰囲気に呑まれ、家の中を見回した。
内装は素朴で、お世辞にも高級と呼べる代物はなく、必要最低限なものしかない印象を受けた。しかし、木造建築ということから空気は美味しく、洋風建築を見慣れた俺にとっては新鮮だ。しかもウッドデッキまである。シェイラもきこりがいると言っていたし、他の村民の家も似たようなものなのかもしれない。
横手に拙い文字で『シェイラ』と書かれたプレートが下がった扉を発見。俺に無理矢理弟子入りしてきたんだ。やましいことなんてないだろう。っていうか若干腹立たしいから勝手に部屋の中を見てやる。
自分勝手な感慨を抱き、問答無用で扉を開けた。
驚いたことに、部屋の内装は女の子とは思えないほど素朴なものだった。
硬そうな木製のベッドにいくつかの本棚、箪笥……それだけ。鏡や化粧道具なんて影すら見当たらない。
俺はフラフラ~っと誘われるように本棚に吸い寄せられる。一見するとなにもないように見えたが、中に幾つか興味深い魔術書がおいてあった。中々貴重な物だ。何故一般職の彼女が持っているのかはさておき、早速拝見する。
俺はパラパラ~っとページをめくり一息に暗記した。それを数回繰り返し、息をつく。何度やっても疲れる作業だ。
腰をベッドに落ち着けると、一冊の本が腰に当たった。手に取ると、『初級魔術』の題目が目に入った。これなら既読済みだ。本当に初級の魔術しか載っていない。しかし、基礎が重要なのはどの分野でも同じ。ここにおいてあったということはシェイラが読んでいたのだろう。どうやら字は読めるみたいだ。感心感心。
と、そこにシェイラの声が掛かった。
「師匠ー、どこですかー?」
「ああ、悪い。ここだよ」
部屋から出て、階上のシェイラに手を振った。
罪悪感? プラマイゼロで手打ちだよ。
「私の部屋にいたんですか。村長、連れて来ましたよ」
自分の部屋に俺がいたことに微塵も羞恥を覚える様子もなくシェイラが言った。
「そうか。そちらが村長で?」
シェイラの隣にいた好々爺を見遣る。
村長と思しき人物は白い髭を撫でながら返答してきた。
「はい、わしがアルンカ村の村長です」
「こんにちは、俺はユーと言います。以後お見知りおきを」
「これはこれはご丁寧に……」
村長はシェイラと共に階下に下りてきて、手を貸してもらいながらテーブルに腰を下ろした。そして、俺にも着席を促す。
無言で俺を見つめると、シェイラに向き直った。
「どれ、今頃婆さんが飯を作っておるじゃろう。シェイラも手伝ってやりなさい」
「はい、わかりました」
村長の言葉に従い、シェイラが厨房の奥に消えていった。
人払い、だろうか?
村長が改まった様子で咳払いし、顔をこちらに向けた。
「もう気づいておるかもしれませんが、わしとシェイラは血が繋がっておりません」
……だろうな。
だって、村長猫耳ないし。あったらそれはそれで誰得だが。
「シェイラを魔術師様の弟子にしてくださることは、わしとしてもとても光栄に思います」
「……反対ですか?」
「いえ、とても喜ばしいことです。ですが、彼女の血筋に問題があるのです」
血筋……?
そういえば、シェイラの部屋には分不相応の魔術書が置いてあった。それとなにか関係があるのだろうか。
「単刀直入に申しますと、彼女の祖先は三代目ライベル国王に仕えたと言われる魔術師なのです」
おい、マジか! それなら高級そうな魔術書があることにも得心がいく。
ポーカーフェイスを保ち、話の続きに耳を傾ける。
「彼女の両親もそれは大層優秀な魔術師でした。しかし、近年魔王の侵攻も盛んになり、7年前、遂にこの村にまでその魔手は伸びたので御座います」
なるほど。今この国は魔王……もとい魔女ルベリアの侵攻の危機に瀕しているわけか。
「彼女の両親は村を襲った魔人と相討ちになり、息を引き取ってしまいました。そして、それ以来わしが彼女の面倒を見ておるわけです。ですが」
「ですが?」
「その日、彼女が両親の死を目撃した際彼女は己の内に『何か』を発現してしまったのです。そして、以来、時々彼女は……」
そこまで喋った時だった。
ズゥンと重い衝撃が響いたのは。
同時に、家の外から無数の悲鳴が聞こえてきた。
「師匠!」
慌てた様子でシェイラが村長の奥さんと共に厨房から出てきた。
俺は無言で頷き、シェイラと共に家の外へと弾かれたように飛び出した。
外の景観は、先程のまでの平和然とした様子を微塵も感じさせないほど荒れていた。
見るからに危険そうな魔人が幾人か散見される。
「おらぁ! とっとと金目の物出して死ねや!」
その中でも重装な鎧を纏ったリーダー格の魔人が叫んだ。
周りの魔人も追従の叫びを上げている。
俺の傍らでシェイラが憤りに肩を震わせていた。
「師匠! 私たち、何も悪くないのに……! なんでこんな……」
肩を震わせ、泣きじゃくっていた。
俺は彼女の肩にそっと手を置き、呟く。
「君達は何も悪くない。悪いのは彼らの方だ」
そして、
「悪事を働いた者は相応の報いを受けなければならない。それが、社会のルールだ」
遅くなりました。
いつもより容量が少ないですが、この後が長いのでキリのいいところで切りました。




