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013.闇夜に踊る魔女 2

「ルベリアっ、何故ッ!?」


 喫驚する心情を抑えきれずに、叫んだ。

 そこには、今しがた斃したはずの魔女が屹立していた。

 ルベリアは憐れむような視線でウェルズゴットを一瞥すると、つまらなさそうに口を開いた。


「私は千年の時を生きた魔女よ。あれくらいの攻撃、どうってことないわ」


 青ざめる彼を見て、ルベリアは隠すことなくクスクスと嗤った。

 あからさまに卑下した態度で告げる。


「ところで貴方。面白いものを持っているわね」


 ルベリアがウェルズゴットの持つレーヴァテインを注視した。

 そのまさぐるような視線に、ウェルズゴットは知らずのうちに冷や汗を浮かべていた。

 額に浮かんだ脂汗を拭うこともなく、ウェルズゴットは剣を正中線に構え直す。


「この剣のことか……」


「ええ、ライベル王国の保有する五振りの聖剣のうちのひとつ。覇剣レーヴァテイン」


 ルベリアの言葉にウェルズゴットが驚愕の表情を露わにした。しかし、その直後に得心がいった様子で口を開いた。


「そうだったな。貴様は苟も、元は……」


「御託はいいわ。私の要求はひとつ。その剣をよこしなさい。要求を飲むのなら、命は見逃してよくってよ?」

 唾棄するように言い捨てる。

 腕を組むルベリアの傲岸な態度に内心舌打ちするも、不利なことに変わりはない。しかし、だからといって、彼にも譲れないものがある。

 ウェルズゴットが即答する。


「断る!」


「そう……残念だわ」


 ルベリアが酷く落胆した様子を見せた。

 手を額に宛て、大仰な身振りで溜め息をつく。そして流し目でこちらを見遣り――。


「殺して奪いとるしかないなんて」


 三日月型に、口許が歪んだ。

 瞬間、彼女の眼間に巨大な魔方陣が出現した。


「くっ――!」


 ウェルズゴットが一歩後退し、剣を振りかぶる。


「レーヴァテイン!」


 起動句を声高に叫び、振り下ろす。

 その声音には、絶望と不安、悲壮さが滲み出ていた。

 ――やらなければいけない。

 例え、勝てないとわかっていても。

 仲間の命を散らせた以上は、一矢報いぬ限り死ねぬ!

 ウェルズゴットの想いに呼応し、レーヴァテインの刀身が煌々と赤みを帯びる。


「魔女よ、散れ!」


 ルベリアの付近の大気が爆発する。

 それに巻き込まれぬように細心の注意を払い、吶喊する。


「おおぉぉぉ!!」


 ライベル流剣技。

 王国の騎士必修の剣技。ひとつひとつの動作を無駄なく流麗に行う、基礎を極めた実践的な剣技。数ある騎士の中でもその剣技を駆使して頂点に立ったウェルズゴットは、己の剣に絶対の自信をもっていた。

 基礎を極めた堅実な剣技。彼はライベル流剣技こそが至上の強さを誇ると、寸分の疑いもなく信じていた。

 しかし、ライベル流剣技は堅実であるが故に型が定まっており、型通りにしか動けない。

 ウェルズゴット個人の身体機能が剣技を最強たらしめてきたが、型がある以上、知悉している者には通用しない。ウェルズゴットはこれまで自身を鍛錬し、磨き上げることでそれを克服してきたが、今回ばかりは相手が悪かった。

「私が誰だか忘れたの? 私にその剣技は通用しないわ」


 気がつくと、背後から声がした。

 反射的に振り返り、横薙ぎに剣を振るう。

 瞬間、ルベリアの姿が陽炎のように揺らめき、掻き消えた。


「なっ――!?」


 そして、ルベリアの起動した魔術が作動する。


<深淵の魔槍>(テルムアビス)


 闇色の魔方陣から無数の禍々しい赤紫の槍が降り注ぎ、ウェルズゴットに殺到する――!


「このような魔術を無詠唱するだと――!?」


 驚きつつも、回避行動をとるウェルズゴット。

 霰のように降り注ぐ槍の中を掻い潜り、ルベリアへと接近する。

 彼女は再び玉座に座していた。

 腰掛けたまま、高みからウェルズゴットを嘲るように俯瞰する。


「貴方が死ぬ前に聞きたいことがあるのだけど……いいかしら?」


 ウェルズゴットがルベリアの放った闇の槍の嵐を切り抜け、態勢を立て直す。

 危機を脱し、安堵するウェルズゴットにルベリアは冷めた眼差しを向けた。


「今代の所有者は現れた?」


「愚昧な話に付き合うつもりはない!」

 ウェルズゴットが剣を上段に構える。

 ルベリアはこれみよがしに溜め息をつくと、口許を歪めた。


「聞かされてないのかしら?」


「我が王は隠し立てなどせぬ!」


 ウェルズゴットが憤慨し、気迫を露わにした。

 ルベリアは諭すように続ける。


「もう一度聞くわ。今代の『カイロスの瞳』の所有者は現れた?」


 誰、とは聞かずに現れたかと問う。

 ウェルズゴットがあからさまに動揺する。


「『カイロスの瞳』……だと? そ、そのような話に謀られはせぬ!」


「そう……聞かされてないのね。ということは、彼はまだこちらには来ていない。あの男が言っていたことは正しかったようね」


 意味深な発言の意味を汲み取ることもできず、不信と恐怖が内から募る。 王に対する絶対の忠誠。勇者となった自分には、全てを打ち明けている。隠し事などされていないと、そう思っていた。そんな筈はないと、いくら口にして否定しようと心は自分に正直だった。

 自分は王族ではない。王族のことなど外面しか知らないし、知己にそれを知る者もいない。

 心が激しく揺らぐ。

 だが、体裁を気にするウェルズゴットは王への忠誠心が失われる前に、自身を正当化するために、よけいなことを考えぬように猛然と駆け出した。


「死ね! ルベリアァァァア!!」


 剣技もなにもない。ただ、感情の昂りに任せて剣を振り上げ吶喊する。 昂然と己が首を取りにくる男に、僅かに微笑してルベリアは清水のように冷たい視線をウェルズゴットに浴びせた。


「カヴィア」


 瞬間、ルベリアの姿が大気に揺らめき掻き消えた。

 ウェルズゴットの振り下ろした剣が虚しく空を斬る。

 慌てて剣を構え直し、周囲に視線を張り巡らす。


「……そこか! レーヴァテイン!」


 中空に浮かぶ魔女の姿を認め、ウェルズゴットは素早く剣を振った。レーヴァテインが赤銅の色を帯び対外に力を現す。 しかし、いち早く動作を察知した魔女は爆発が起きる直前に再び消えてしまった。


「どこだっ――!?」


 周章狼狽し、滅茶苦茶に首を振り回す。魔女の姿を確認することができない。暗闇に独り取り残された感覚。

 逃走などありえない。ましてや、ウェルズゴット自身も。仲間を犠牲にして背を向けることなどあってはならない。

 しかし、そう思惟しつつも冷や汗は止まらない。視界は薄暗く、辺りには仲間の形骸が散らばり、肌を撫でるような湿気が部屋に満ちていた。かつてないほどの恐怖に駆られ、身体中の穴という穴から汗が噴き出す。

 本音を言うと、もう逃げ出したい一心だった。最初の攻撃を逃れ、強烈なしっぺ返しを喰らった時、既に心は折れていた。

 逃げて、生きたい。勝てる筈がない。後ろめたい気持ちを感じつつも、そんな思いを抱いていた。

 しかし、軍人としての矜恃がそれを現実に移すことを辛うじて拒んていた。

 今にも焼き切れそうな精神で、ここまで戦い続けてきた。結果、攻撃は全く当たらないものの自分は死んでいなかった。

 魔女とて不死でない以上、勝ち目はある。僅かな希望が心の内に灯されたが、暗闇がそれを掻き消すようだった。

 声を張り上げて、平常を保つ。ともすると気が狂いそうな心を懸命に律する。


「姿を隠すとは卑怯なり。魔女よ、出てこぬか!」


 ウェルズゴットの声が室内にこだます。微かに反響が返ってきて、自身の声に少し身体が震えた。

 なけなしの勇気を振り絞って、というより放り出して、眼前を見据えた。

 始めに、クスクスと見た目相応の含み笑いが返ってきた。声だけ聴けば可愛らしいが、ウェルズゴットは恐怖を感じられずにはいられなかった。

 嗤い声を皮切りに、魔女の声が拡散する。


「あら、手が震えてるわよ?」


 背後から聞こえた声に振り向く。しかし、そこに魔女がいた痕跡はなく、今度は正面から声が聞こえた。


「そんなので大丈夫かしら?」


 前を向くと、次は右から。右を向けば左から。後ろ、前、右、上、左、前、後ろ、前、上、右、左…………。


「どうしたの?」「怖いのかしら?」「逃げないの?」「逃げてもいいのよ?」「仲間を見捨てて?」「意地なんて意味ないわよ?」「勝てるの?」「わたしに?」「弱いのに?」「クスクス」「クスクスクス」『クスクスクスクスクスクス』


 四方八方から魔女の声が耳に響く。

 いつしか剣を握る手は震え、ガチガチと鳴っていた。

 そして――。


「諦めなさい」


 声に次いで、ウェルズゴットの胸から黒い塊が突き出た。

 それは醜悪に蠢き、本能的に気味の悪さを実感させた。


「ああっ――、あぐっ、ぎぃぃ!」


 軋むような苦悶が口から漏れた。 恐怖と激痛が綯い交ぜになり、肉体と精神を同時に締め付ける。

 胸郭からは、止めどなく血が、命が流れていく。

 身体中から体温が抜けて行くのを感じる。それは、生という感覚がぼやけていくのと同義だった。

 狂おしいほどの苦痛に呻きながらも、柄に手をかける。


「カハッ――。ぎぃ、ぐっ――」


 流水のように血が口から吐き出される。迸る鮮血はウェルズゴットの体温を更に低下させるのに一役買い、彼の表情は煩悶に蝕まれる。

 しかし、激痛に苛まれるも、僅かに残った理性は働いていた。

 これまでルベリアの姿を捉え切ることができなかったが、ウェルズゴットを攻撃しているときはその限りではない。彼と、魔女の身体は密着している。

 ルベリアが魔術をウェルズゴットの体内から引き抜こうとする。

 傷跡から血煙が噴出し、ウェルズゴットの表情が益々苦悶に歪む。

 だが、彼は己の意志を一切揺るがすことなく、一切の手心を加えずに――。


「うわぁぁあぁぁぁ!!!」


 半死半生のなかで拓けた新たな境地だったのかもしれない。

 半ば喚声を上げながらも、彼は自らの死に際を悟り、仲間が死の淵に追いやられた心情を悟り、そして今彼の為すべきことを悟っていた。


「ルベリアァァァアァァ!!」


――ドスッ。

 不意に、鈍い音が聞こえた。

 魔術を引き抜こうとした魔女の表情が嘲笑から驚愕に塗り替えられる。

 予想だにしなかった光景を、脳が反芻する。体内を巡る血流と信号が麻痺し、即座に久しい感覚へと変わっていく。

 彼女は、静かに自らの腹部を見遣った。


「この、私が……?」


 深々と、剣が突き刺さっていた。窮鼠猫を噛む、とは正にこのこと。

 ウェルズゴットは、自身ごとルベリアを貫いたのだ。 体温の低下により、青ざめた口唇を懸命にウェルズゴットは動かした。


「レーヴァ……」


「させるかぁぁあぁぁぁ!」


 魔女が眦を開き、口許を歪めて叫んだ。

 そのまま、我も痛みも忘れ後退し跳躍した。中空に血が迸り、彼女の洋装を穢す。その姿は最早優雅な魔女ではなく、鬼女と呼ぶに相応しいものだった。

 空中に自らを固定し、先程の倍はあろうかという魔方陣を出現させる。

「国家の犬如きが私に傷を! 許さない。死を以て償いなさい!」


<深淵の魔槍>(テルムアビス)!」


 瞬間、死の雨が降り注いだ。

 弾幕という表現ですら言い尽くし難い絶望の槍が手負いのウェルズゴットに襲いかかる。

 ウェルズゴットはそれを見て、微かに口許に笑みを浮かべると槍に身体を穿たれ散っていった。

 しかし、それでも魔女は攻撃を止めず、槍を打ち続ける。


「よくも、よくも私に!」


 何度も、何度も。幾度も骸に槍を刺し続ける。優雅という言葉など微塵も感じられない表情と、雰囲気で。ただ憎悪のままに攻撃する。

  魔女の中に、久しく芽生えた焦燥と怒りが攻撃に駆り立てる。激情が暴挙へと転じ、彼女の鬱憤を晴らす。

 そして、全ての槍を打ち尽くすと、ルベリアはどさっと音をたて地に落ちた。高所から落ちたにも関わらず、刺し傷以外は見られない。手負いの上に魔術を乱発した所為か、肩で荒い呼吸を繰り返していた。


「うっ、くっ……」


 腹部を、脇腹を押さえる。

 生きているのが不思議なくらいの様相。

 傷を押さえ、蹲っていると背後から厳かな足音が聞こえてきた。


「重傷だな……」


 卒然とかかる声に、ルベリアは嫌悪感を露わに振り向いた。


「くはっ……うる、さい……」


 口を開いた際に喀血する。


「そうか……。だが……」


 声の主はけったいな仮面を付けていた。全身にマントを纏い、背丈からすると青年のように見えた。

 仮面の男は、これまたシュールな黒の甲冑に身を包んだ騎士を従えていた。


「……大丈夫、だから。すぐに治る」


 そうは言うものの、ルベリアは苦しそうに呻く。

 その意を汲み取った仮面の男は、なにを尋ねることもなく、ただ静かに頷いた。


「閣下、本当にこの女を信頼してもよろしいのでしょうか?」


 黒騎士が仮面の男に奏上した。その声音にはあからさまな警戒と、疑念が詰まっていた。仮面の男が首を横に振る。


「信頼ではない。ましてや友人でもない。私たちは、互いに利用し合うだけの存在だ」


 冷淡に言い放つ。しかし、魔女はそれを咎める様子もなく立ち上がった。 肉を刮ぎとられた傷跡からは、焼けたように白煙が燻っていた。そして、傷跡は煙がなぞった後に消えていく。瘢痕すら残らない、完璧な再生。黒騎士は、改めて目を疑ってしまう。


「やはりお前は不老不死……なのか?」


「いいえ、違うわ」


 ルベリアが明言する。


「私は歳をとるし、傷も負うわ。でも、私は死ねないの。これの所為でね……」


 そう言って魔女は指にはめられた物々しい指輪を見せた。それは、本人の意思に関係なくルベリアの指にきつく巻きついていた。


偽神サタナエルの力か」


「そう、あの女神の力よ」


 仮面の男の問いに微笑むルベリア。彼女は既に痛みと決別していた。


「『エレボスの指輪』、そして貴方と私で……」


「ああ、成し遂げよう」


 二人は同時に口唇を震わす。


永遠の契り(ピグナス・エターナエ)を』


 もう一度、彼を……。ルベリアが小さく呟く。

 黒騎士も、仮面の男もその呟きを聞き逃さなかった。

 しかしそれを意に介さず仮面の男はルベリアの正面に立ち、問うた。


「その代わり……分かっているな?」


「ええ……」


 ルベリアが頷く。

 それは交換条件。魔術を、『永遠の契り(ピグナス・エターナエ)』を完成させる手助けをする代わりに突き出された条件。

 ルベリアは仮面の男に再確認する。


「『カイロスの瞳』の保有者を……咲野優を殺す」


「そうだ……」


 ルベリアが目的を履き違えていないことを確認すると、仮面の男は身を翻し闇へと消えていった。その後を追うように黒騎士が付き従っていく。

 暗闇に消えた二人の背を見送ると、ルベリアは口許を綻ばせ、虚空を抱くように腕を広げた。


「ああ……。あと少しで貴方に会える」


 周囲に亡骸があるにも関わらず、慈愛の笑みを浮かべ語り出す。

 それはまるで、愛する者に恋い焦がれる乙女のようで、先程の残虐性を微塵も感じさせない。


「待っててね。必ず貴方を取り戻してみせるから……アキト」


 篝火だけが辺りを照らす暗闇の中。四人分の亡骸に囲まれながら、魔女は愛しい者の名を大切に口にした。

 静寂だけが室内に満ちていた。

水面下の動きです。

主人公の立ち位置と魔女の目的が分かってもらえれば嬉しいです。

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