012.闇夜に踊る魔女 1
容量が少し大きくなってしまいました。
分けて載せます。
薄暗い、まるで洞窟の中のような光量。華美な装飾が施された深窓は黒一色のカーテンに塗りつぶされている。
ぬばたまのような闇に染まった内装を、中天から降り注ぐ雷が眩く照らそうとするも漆黒の幕に阻まれる。
一切の光を通さない古城。その姿はまさに、[魔女]が住むのに最適な場所だった。
目の前に聳えるのは荘厳な紋様が描かれた鉄扉。その大きさは縦、横幅共に悠に二メートル以上はあった。
暗闇に鋭い双眸が光る。
「皆、覚悟はできているか?」
どちらにしろ、もう戻れやしない。リーダーと思しき男の声に、後に続く三人は無言で頷いた。
男はそれを確認すると、言外に感じる勇猛さを一身に背に受け、巨大な鉄扉を力の限り押した。
「「「…………」」」
仲間たちが固唾を呑んで見守る中、扉はいとも容易く開いた。いや、開かれたというべきだろうか。客人を迎合する家主のように。
「――ッ!」
目前に展開する光景に男を始めとする仲間たちが息を呑んだ。 王城の広間に匹敵するような広さ。それに加えて、闇に慣れた瞳がいくつかの高級そうな装飾品を捉えた。
――不意に、壁際に設えられた燭台に篝火が点された。連綿と灯りが点されるにつれ、部屋の様相が明らかになる。
先ほど垣間見た装飾品を皮切りに、室内に漂う高級感を体現したような壮観に呑まれそうになる。
男は視線を下げることで雰囲気に呑まれるのを回避する。
そこで男は、足下に赤いカーペットが敷かれていることに気づく。
仄暗い室内に広げられたカーペットの続く先を自然と目が追っていた。 その先には段数の少ない、低い階段があしらえられており、さらにその先には――。
男の知る王城のものと甲乙つけがたい玉座が、筆舌に尽くし難い独特な雰囲気を醸し出していた。
その玉座に座る主が、ゆっくりと眦を開いた。
「ルベリアっ……」
男がその名を苦々しく呟く。
男の声に呼応するように、ルベリアと呼ばれた女性が口角を上げた。
「こんな辺境に訪れるなんて……。貴方たちは何をしにきたのかしら?」
妖艶、とでも言えばいいだろうか。 一言ではとても形容し難い美しさを孕む少女がそこにいた。
豪奢な金髪に、燃えるような真紅の瞳。ゴスロリを基調とした服を纏い、体型こそ少女のものだが、妖しい魅力があった。
明らかに、彼女は周囲の中でも一際異彩を放っていた。
「我々はライベル王国の国王より賜った任務を遂行しにきた。今代の魔王、いや魔女ルベリア。我が王の命に於いて貴様を抹殺する!」
男が言い切るや否や、男の背後に控える仲間たち――戦士と二人の魔術師が眦を決した。
そして、それが戦闘開始の合図となった。
「聖騎士ウェルズゴットの名にかけて、必ず貴様を討ってみせよう!」
男――聖騎士ウェルズゴットは言うなり蹶然と床面を蹴った。
偉丈夫である戦士が、手に持った戦斧の感触を確かめるように強く握り、ウェルズゴットを追随していく。
後方に控えるのは二人の魔術師。
彼女らは聖騎士と戦士から距離をとり、一斉に詠唱を開始した。
「第一の使徒に告ぐ!」
「第三の使徒に告ぐ!」
彼女らの前方に淡く輝く魔方陣が現出した。
しかし、それを意に介さず双眸を閉じたまま詠唱を継続する。
「深遠たる炎より去来せし雄大なる焔よ。古の力をここに指し示せん――」
「広大なる大らかな力を、我、汝の名の下に顕現す――」
そして、彼女らは声高に起動句を叫んだ。
「<炎龍の大牙>!」
「<深海の槍>!」
瞬間、彼女らの前方の魔方陣から龍の如き炎と巨大な水の槍が出現し、圧倒的なスピードで魔女の方へと迫っていった。
背後から魔術が迫る中、ウェルズゴットが口内で聞こえるか聞こえない程度の声音で起動句を呟いた。
「レーヴァテイン」
彼がきつく握りしめる仰々しい剣。それは、彼が王から託された、ライベル王国が保有する聖剣シリーズのひとつだった。
たった五振りの剣。故に、強力無比な力を誇る。
「アア――ッ!」
ウェルズゴットが吼える。その咆哮に応えるかのようにレーヴァテインの刀身が灼熱の色に染まった。
「ハァッ!」
ウェルズゴットが裂帛の気合と共に虚空に剣を振り下ろした。
その光景を見てルベリアが嘲笑する。
「あら、恐怖のあまり気が狂っちゃったのかしら?」
「ほざけ!」
ウェルズゴットの感情の昂りをそのままなぞるようにレーヴァテインの刀身の赤みが増す。
それはまるで、噴火寸前の火山のようでいまにもはちきれそうだった。
「我が声に応えよ!」
ウェルズゴットが声を上げた瞬間――。
「――ッ!?」
「爆ぜろ!」
ルベリアを中心に大気が爆発した――!
雷声が室内に轟く。
そして、それに前後して魔術師たちの放った魔術が追撃した。
再びの衝撃。
玉座に煤煙が立ち込める。
「やったか……?」
戦士が疑惑を含んだ声音で呟いた。
ウェルズゴット、魔術師たちも一様に不安を孕んだ表情を浮かべている。
戦士の懸念の声にウェルズゴットが顔を引き締めて答えた。
「わからん。だが、まだ気を抜くな」
次第に蝟集していた煙が晴れていく。
雲が移ろうようにゆっくりと、煙霞の先にあるものが少しずつ明らかになっていく。
その遅々とした緩慢な動きに一行は苛立ちを隠せなかった。攻撃は通じたのか否か。焦燥感に駆られ、目前の光景を透視しようと眼に力をいれて躍起になる。
一行が固唾を呑み結果を望む中、煙は僅かにだが、確かに空気に溶けて薄れていく。
やがて、白一色だった視界が流れ、クリアになった。
一行は食い入るようにそれを見つめ、次いでウェルズゴットが眉根を顰めた。眉間に皺が寄る。
「これは……」
開けた視界には、何者も存在しなかった。まるで、最初から誰もいなかったような静けさ。
一抹の静謐が一行を覆った。
目の前の光景が信じられないのか、それとも呆気なかったと驚いているのか。
不安、驚愕、疑念、喜悦。種々雑多な感情が同じ空間に内包され、複雑に入り混じる。
「やった……のかな?」
魔術師の一人が、恐る恐るといった口調で口を開いた。
未だ不安を抱いているような顔つきだったが、確証が欲しいがために肯定を促す言葉を口にした。
「ああ……。俺たちは勝ったんだ!」
戦士の発言を皮切りに、一行は歓喜に包まれた。
「勝った、勝ったんだね……」
「勝つことができて良かった」
「私たちは役目を全うできたのね」
「これで我が王に顔向けできるというものだ」
一人一人が思いの丈を腹の底から吐き出した。長い時を掛けて成就せんと託された命を今、我々は成し遂げたのだ――! 歓喜に打ち震え、ウェルズゴットが内心快哉を叫ぶ。跡形もなく消え去った魔女の玉座を一瞥し、一笑に付すような笑みを浮かべた。
大したことはなかったのだ。
思いのほか早く片付けることのできた、『身を堕とせし』魔性の女。
彼は満足気に仲間の方へと視線を戻した。
不意に――。
彼に生温かいものが付着した。
首筋に落ちたそれは、彼にとってはとても馴染みのあるもので、故に、この場に似つかわしくないものだった。
ゆっくりと、それを指先で拭う。
手が震える。
そんな筈はないと、内心の葛藤と恐怖が体外に漏れ出す。それは[震え]という形で具現化した。
焦点の定まらない瞳で、拭ったものを見つめた。
――血。
騎士であり、国家の軍人でもあった彼には見慣れたもの。毎日、血豆になるまで剣を振り続けたあの日。仲間が死にゆく際に残す紅い華。紅蓮の飛沫。追憶する光景は、まるで走馬灯のように消えてはまた現れる。過去を偲ぶ暇もないまま、ウェルズゴットは背後を振り返った。
そして、気付く。
自分の服が真っ赤に染まっていることを。仲間たちが散華していったことを――。
魔術師たちの瞳はどこか虚ろで、口許には淑やかな笑みを浮かべていた。勝利を確信した表情を――自分が死んだことにも気付かずに。
戦士は驚愕に目を剥いていた。
横たわる魔術師たちとは対象的に、腕を広げて立っている。
厳かな甲冑は胸元を中心に放射状に亀裂が走っており、中心部は無惨に砕かれていた。
口許からは死して尚止めどなく血が流れている。
自らの前に立ちはだかる男を見て、悟る。
――この男は、自分を救ってくれたのだと。
戦士の胸元から生える、黒く蠢くものを見遣りウェルズゴットは剣を構えた。
目尻からは澎湃と涙が溢れ頬を伝う。
戦士の巨体が崩れ落ち、彼に手を下した者が明らかになる。
「ルベリアっ、何故ッ!?」
喫驚する心情を抑えきれずに、叫んだ。
そこには、今しがた斃したはずの魔女が屹立していた。
読みにくかったり、間違っている箇所がありましたら教えて下さい。




