011.高校生魔眼魔術師の覚醒
少し長くなってしまったかも……。
魔術師にとって接近戦は鬼門だ。詠唱するヒマもなければ、無詠唱ですら確実に当てられる保証もない。見切られては死は必定。防御魔術を敷いても手数が多ければ敗北する。そして、敗北は死を意味する。
慌てて腕を翳すも、既に鋭利な刃が迫っていた――。
「……悪く思うな」
その、死を悼むような言葉に――。
「……アァッ!」
装着していた腕時計を横殴りに叩きつけた!
ただの腕時計ではない。
魔具である腕時計が主人の危難を感知し、搭載された防御魔術を作動させる。
「――まだ足掻くか!」
黒騎士の曇った怒声が響く。
振り下ろされた剣は突如現れた無色の魔法陣によって完全に勢いを失っていた。
――<壁>、無属性下位防御魔術。
物理攻撃を防ぐのが精々の簡易的な魔術だ。魔術に対する耐性は低いが、物理攻撃に関しては優秀だ。直ぐに破壊されるなどということはない。
「堕剣グラムよ!」
黒騎士が声を張り上げる。それが呼び水だったかのように、剣の刀身が『黒く』光り始めた!
「グラム、だと……?」
俺も魔術師としてそこそこチートだという自覚はあるが、この男の持つソレとは比にもならない。黒騎士の握る剣――堕剣グラムの効力は常軌を逸する。
文献で、知識として文字の羅列を見たことはある、[聖剣シリーズ]のひとつ。
――聖剣デュランダル
――堕剣グラム
――忌剣フラガラッハ
――輝剣クラウ・ソラス
――覇剣レーヴァテイン
この五つの剣には、アイテールの原石の[欠片]が入っている。そのため、どの剣も絶大な効力をもつ。歴史上でも時の覇権者だけがもつことを許された、伝説の剣。
その内のひとつ、グラムは、使用者の魔力を吸うことでありとあらゆる魔術を[斬り裂いて]しまう。
<雨粒の軌跡>を無力化したのもその剣。
それまで使わなかったのは、剣の効力を悟られぬようにするため。魔術師に対してはどのような妙手より決めの一手と成りうるだろう。
<氷柱>に対して使わなかったのは、上記に加え、魔術の効果範囲が大きかったため魔術を斬ることが出来なかったから。
何故、黒騎士がそのような剣を所持しているのかは解せないが、死と生の間際に推測する暇はない。
――<壁>に亀裂が入る。
本来有り得ないはずの現象に僅かに動揺してしまう。
「――ッ、<雨粒の軌跡>!」
<壁>のように、一度発現してその後は魔力を割かないような魔術なら詠唱も可能だ。だが、そのような時間はなかった。
無詠唱で造形魔術を発動、イメージは散弾。
カイロスの瞳の眼前から魔法陣が現れる。その中心から水の弾丸が放たれ、ショットガンが放たれたような衝撃が黒騎士を襲う!
<壁>が斬り裂かれ、折しも水の散弾が黒騎士に迫る。
しかし、俺の攻撃など意に介さず黒騎士が剣を振り下ろしてくる。
水の散弾は鎧に弾けるようにして消えた。先程のように魔力を練る時間がなかったから当然だが、その光景に俺は戦慄した。
眼前に迫る、宵闇を閉じ込めたような漆黒の刀身。
――俺は、死ぬのか?
花梨の仇討ちもできぬまま、無残に散華していくのか?
そんなのを許せるか?
こんな結果を認められるか?
このまま死ねるか?
……嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
死ねるか。こんなところで死んでたまるか!
俺は、死にたくない。生きたい!
生きて、この男を――!
「――ぐッ!?」
不意に、俺の強い想いに呼応するかのように左目が……『カイロスの瞳』が激しく疼痛を発した。
眼窩に焼きごてが貫かれたような、外的な痛みと、内からせり上がるじくじくとした慢性的な痛み。
それらは複雑に入り混じり、やがて激痛となり俺を苛む。
――視界が、霞む。
コンマ数秒の間に感じた痛みが三半規管を狂わせ、とうとう視力までも奪うのか。そう思った瞬間――。
――――世界が、色を失った。
俺を除く全てのものが一瞬にして、卒然と無色と化した。
目の前の黒騎士は、彫刻のように微動だにしない。
まるで、時が止まったかのように――。
周囲の遊具も、ベンチも何もかも。目に入るもの全てが灰色に染まっていた。
驚愕に目を剥く。
これは、一体? 俺が起こしたのか? だが、このような魔術は知らない。まさか、黒騎士か? いやしかし、魔術を発動するような素振りは見せていなかった。それに、わざわざこのようなことをせずとも俺を殺すことはできた。
では、何故?
微かに木々の揺れる音が耳朶に触れ、俺は我に返り、これ僥倖とばかりに後方に退いた。
時は、止まったわけではないのか……?
疑問符を浮かべた次の瞬間。
「――ッ!?」
――――世界が、色を取り戻した。
ほんの数秒の出来事だった。
気付けば、瞳の疼くような痛みは消えていた。
一体なんだったんだ……?
「ハァッ!」
目の前では、黒騎士が剣を振るっていた。当然、その場に俺はいない。
「な――っ!?」
勢い良く空振り、態勢を崩す。地に倒れふす際、こちらを見遣り喫驚した表情を露にした。
千載一遇のチャンス。この機を無駄にすまいと魔術を発動する――!
「<雨粒の軌跡>!」
高速で魔力を練り、水を槍状に固定化させ出現させる。
黒騎士が起き上がるより早く水槍を投擲する――!
狙いを精細に定めているヒマはない。
<身体強化>によって強化された人外の膂力を以てして、水槍を放つ。
ずっしりとした、鉛のような重量感が一気に手中から抜けていく。
轟然と空を切る音が鼓膜に響いた。
鋭く放たれた水槍は空色の軌跡を描き、起き上がろうとする黒騎士に迫る――!
「ぐっ!」
そして、それは黒騎士の肩に命中した。
肩を貫通した水槍が勢い余って地に突き刺さる。期せずして、それが黒騎士を地に縫い付ける結果となった。
だが、攻撃魔術の効力が切れるのは早い。対象に命中したことを確認した<雨粒の軌跡>の像が色味を失っていく。
黒騎士を地に留ませる楔が消えゆくのと同時に、俺は新たな魔術の詠唱を開始する。
「第三の使徒に告ぐ」
このままいけば、黒騎士が俺に攻撃するより早く、俺の魔術が炸裂するだろう。仮に魔術が斬り割かれようと無詠唱の<雨粒の軌跡>を放てば問題ない。
この勝負、もらった!
「広大なる大らかな力を、我、汝の名の下に顕現す――」
ここでやっと黒騎士が立ち直った。
右肩を貫いた以上、黒騎士に剣を振れる力が残っているか怪しい。
対して俺は無傷で、後は起動句を宣言するだけで魔術を放つことができる。
圧倒的な差。向こうからすると、予想だにしなかった逆転だろう。
俺は容赦なく最後の一文を読み上げる。
「<深海の槍>」
<雨粒の軌跡>の何倍もの大きさと重量感を備えた水の槍が魔法陣より空中に現出した。
俺はタクトを振るように指を振り下ろした。
俺の意に沿い、巨大な水槍が黒騎士に向かっていく。
黒騎士は既に剣を振るう体力が残されていないようで、剣を構える仕草さえ見せない。ただ、兜のスリットの奥から憎々しげな視線を注いでいる。
<深海の槍>が黒騎士の目前に迫る。
俺は勝利を確信した。
しかし――。
「<闇夜の帳>」
俄かに戦場には似つかわしくない静謐な声が響いた。
転瞬、巨大な闇色の魔法陣が黒騎士の眼前に出現し、いとも容易く<深海の槍>を防いだ。
魔術を放った主が闇夜より姿を現す。
「やはり、黒騎士。お前には荷が重すぎたか」
「このような醜態をお見せしてしまい、申し訳ありません」
「いや、お前が無事ならよしとしよう」
暗がりから現れたのは、全身を黒いマントで覆い、表情をけったいな仮面で隠した男だった。背丈は俺と同じほどで、髪の色も遜色ないまでにそっくりだ。
今のやり取りからして、こいつが黒騎士の言う主なのだろう。
その主とやらを、直視しただけで何故か強烈な違和感を感じた。
「彼を疲弊させることができただけでも御の字だ」
いやに低い声音で仮面の男が黒騎士を労った。
俺も声は低い方だが、こいつのそれは更に下を行く。ギアスを使う際のル○ーシュと言ったら分かるだろうか。……例えが突飛だったかもしれない。理解できなかったらYo○Tubeなりニコ○コ動画なりで調べてくれ。
まあ、とにかく仮面の男の声は不自然なほど低かった。
なんというか、見ていてとても違和感を感じるな。突然マントをバッとやったりしないだろうか……。
……こんな思考をしてしまうほど、俺は呆気にとられていた。
水属性上位攻撃魔術を、無詠唱の、それもしかも闇属性の防御魔術で防ぐなんて。聖霊の加護を受けることのできない魔術でそんな芸当ができるとは驚きだ。はっきり言って、俺ほどの魔力を有していないと成せない芸当だ。
「やはり、君は排斥しておかねばならないらしい」
仮面の男がこちらを向いた。
俺は、第二ラウンドに備え魔術を発動する構えをとる。
それを歯牙にもかけず、仮面の男が続ける。
「だが、今の私には君と戦うだけの力は残されていない」
仮面の男がパチンと指を鳴らした。
すると突然、足元に見たこともない紋様が浮かんだ。
どんな文献にも載っていなかった魔術。どのような効力を及ぼすか想像すらつかない。
そして、この紋様は――?
足元を始点に、周囲を見渡す。そして、理解する。
闇夜を燦然と照らすそれは、大規模な魔法陣だった。
それの意味するものは、とてつもない規模を伴った魔術だということ。
「君には他の人たち同様の世界に『送らせて』もらう」
「『送る』……?」
「そうだ」
黒騎士の言っていた『送る』とは、このことだったのか。
よかった、花梨は生きている。
ホッと人心地つくのも束の間、足元の魔法陣が強烈な光を発した。
優しい光が、衣のように身体にまとわりつく。
転移させられることを悟った俺は、目前の仮面の男に問いを投げ掛けた。
「答えろ。お前が都市伝説『願い人』の創設者か!?」
光と共に消えゆく中、朧げな視界に仮面の男が微かに頷くのが見て取れた。
「それでは、ご機嫌よう」
突き放すように告げられる。
だが、相手が事の発端だと知って見逃すわけにもいかない。
「――まだだッ!」
置き土産に、俺は無詠唱で<雨粒の軌跡>を発動した。イメージは、散弾。防がれると分かっている以上手数で勝負する!
「無駄だ」
しかし、現実とは非情なもので、攻撃は即座に張られた魔法陣によって阻まれた。
「くそっ……」
結局、一人も仕留めることができなかった。
でも、花梨が殺されていなくてよかった。まだ、生きている可能性はある。
とうとう、視界が多量の光で埋没した。
身体の感覚もどこか不安定だ。
初めての体験に、原始的な恐怖を抱きつつ。
俺は、悔恨と安堵のうちに光に沈んでいった。
ようやく異世界に飛んでくれました。
次は魔女と勇者一行の話です。主人公は出てきませんが、関係性は深いです。




