010.黒騎士 対 魔術師 2
前回の話を変更しました。
もう一度読んでいただけると幸いです。
「我が名は黒騎士」
ガチャリと音を立てて男、もとい黒騎士がこちらに向き直る。
微かに生じた揺れに兜が上下した。
「主の命令によって、お前を排除する!」
瞬間――。
「第三、第四の使徒に告ぐ!」
「第一の使徒に告ぐ!」
互いの口から詠唱句が紡ぎ出された。
俺は驚愕を禁じ得なかった。まさか、あのようなナリをしながら魔術を使えるだなんて……!
しかし、詠唱を止めるわけにはいかない。
互いに連綿と、淀みなく言い連ねる。
「我、汝らの偉大なる力の一端をここに示し合わせる者なり――」
「深遠たる炎より去来せし雄大なる焔よ。古の力をここに指し示せん――」
同時に詠唱句が完結する。
「<氷柱>!」
「<炎龍の大牙>!」
眼間に複数の空色の魔法陣が展開され、その中枢から巨大な氷の柱が現出する。それに前後するようにして、カイロスの瞳から魔力を消費したことによる倦怠感が押し寄せる。
俺の切り札の内の一つである、水と風の複合属性、氷の上位攻撃魔術。威力は然ることながら、魔力の消費量も伊達ではない。水と風の上位魔術を同時に唱えたようなものだ。
対する黒騎士が発現させたのは、炎属性上位攻撃魔術の中でも随一の威力を誇る魔術。互いの情報がなかったのが災いして、魔術同士の相性は最悪の結果になってしまった。
氷は絶大な威力をたたき出すが、その唯一の弱点である炎に対してはその限りではない。
かと言って、魔術を発動しているうちは詠唱をすることができない。つまり、無詠唱でもしない限り他の魔術を放つことは不可能なのだ。そう、無詠唱だ。
俺は攻撃を諦め、回避行動に移る。
「<身体強化>」
<氷柱>が放たれるのと同時に、無詠唱による魔術を行使する。
無属性上位強化魔術<身体強化>。身体の速度と耐力を同時に上げることのできる、優れた魔術だ。しかも、その上消費魔力が攻撃魔術と比べると格段に少ない。
魔力消費による虚脱感に襲われることもなく、俺は普段の倍以上の速度で移動する。
互いの魔術の発動は、僅かにこちらが早かったようで、<氷柱>の氷塊が龍の如き炎の奔流を物量で押している。膠着状態だが、あと少しもすれば破られてしまうだろう。しかし、さすがは切り札の内のひとつなだけあって、俺が次の魔術を発動するまでの時間は稼げる。
モノクルに表示された魔力反応を頼りに、黒騎士の所在を探る。
<氷柱>と<炎龍の大牙>の衝突によって生じた乱気流と空気の渦に顔を顰めるものの、なんとか黒騎士の位置を特定する。
奴も魔術の発動と同時に移動したようで、<炎龍の大牙>の魔法陣より数メートル横の位置に立っていた。
山颪のような風が吹きすさぶ中、微かに黒騎士と思しき声が耳に届いた。
「<山颪>」
――無詠唱か!
どうやら敵も同じことを考えていたようだ。
風属性上位強化魔術、<山颪>。
風属性の攻撃魔術はそこまでの脅威ではない。風属性と比較すると、炎属性の方が圧倒的に攻撃力で勝っている。
だが、風属性にも炎属性とは比べ物にならないほどのメリットがある。それが、身体強化魔術。
黒騎士が発動したのは、風属性が持ちうる身体強化魔術の中でも最上位のもの、<山颪>。 その最大の特徴は、速度にある。
<身体強化>と比べると耐力の上昇は見劣りするものの、速度が比ではない。名前通り、術者は山颪のような速度で動くことが可能になる。
<炎龍の大牙>の業火が<氷柱>の氷塊を焼き尽くし、魔術が対象を失くし消滅した。それを皮切りに、蒸気により靄がかった視界の中、モノクルに表示された位置座標を頼りに突き進む。
カイロスの瞳は依然と視神経が機能しない。だが、その内に内包された14人分の魔力によって魔力に敏感になった。これによって、魔力によって具現化されたものなら視ることができる。
今、俺の視界には<探知>の見せる図と、夜の公園が同時に映っているが、一度右目を閉じれば世界は<探知>に限定されてしまうだろう。その先に映る風景はない。
――そのカイロスの瞳を通して魔術を発動する。
「<雨粒の軌跡>」
詠唱句によって位置を悟られぬよう、無詠唱で魔術を発動させる。魔術の名称――これを起動句というのだが――も、もちろん小声で呟く。
水属性下位造形魔術<雨粒の軌跡>は、とても手頃な魔術だ。
造形魔術というのは、魔術を発動する際に想像したものが具現化される。
俺の右手を中心に魔法陣が現れ、水の槍を形成していく。
流石に、剣のある相手に無謀に突っ込んでいくほど馬鹿ではない。かといって、肉弾戦は好ましくはない。
俺はモノクルに表示された黒騎士の位置座標を確認し、弓に矢を番えるように右腕を引いた。
――こちらの所在がバレる前に斃す!
この霧がかった視界の中では俺のことは視認できないはずだ。
ましてや、俺が独自に開発した<探知>を相手が行使できるはずはない以上音声以外で位置が特定されることもない。
因みに<探知>に相似した魔術は存在しない。
俺は投擲の構えをとる。
――これで、終わりだ!
花梨を殺した罪、お前の命を以てして贖ってもらおう!
腕を大きく後方に引き、撓らせる!
<身体強化>によって強化された腕から放たれた一撃。その圧倒的速度に、一瞬水槍が撓んだように見えた。
相手は鎧を装着している。通常の下位魔術であれば鎧を貫通させることは不可能だろう。まさに鎧袖一触。触れただけで消滅してしまう。だが、俺の放った<雨粒の軌跡>は濃密に魔力を練り、水を固定化させ質量をもたせたもの。複合魔術で氷を作れる以上、この程度のことは容易い。
通常の下位魔術が鎧等の装備を貫くことの出来ない理由に、物量や重量、質量をもたないことが挙げられる。いや、正確にはあるのだけど形が定まっていなかったり、(炎とか水等)当たったら直ぐに散ってしまうだろ? だから、鉄等の硬い物には殆ど効果がない。それを解決するために俺がしたのは『形を与えること』。質量をもたせるっていうのは、そういう意味。形状化したから明確に質量が、現象がそこに存在することが分かると思う。まあ、これを為す条件として魔力の操作性が高くなくてはいけないのだけど。
「……いけるか?」
モノクルに搭載した<探知>の効果により、放った攻撃が黒騎士に迫るのが見て取れた。
黒騎士が攻撃に気づき振り向いたが――遅い。
水槍が黒騎士に直撃する――。
魔術を唱えるヒマなどない。その距離では無詠唱すら間に合わないだろう。
「――なんだと!?」
しかし、現実は予想を裏切った。
俺の放った魔術が黒騎士にヒットする直前、何故か魔術が『消失』した。
例え剣を盾にしようと、それすら貫いて対象を殺す魔術だった。それが、消失?
馬鹿な……有り得ない。
「くっ!」
モノクルに表示された黒騎士の座標が急速に動き出した。魔術は消失しても、奴はまだ生きている。早急に手を打たねば。
だが、どうやって?
こちらが放った魔術を消すことが出来る相手。そんな相手に魔術師である俺はどうすればいい?
いや、待てよ。なら、何故奴は最初の魔術同士の衝突を起こした? 魔術を消すような芸当が為せるのならそうすれば良かったのに。
なにか、条件でもあるのだろうか。
思案に耽る。しかし、それが危難を招いてしまった。
気づけば黒騎士はもう目前にいた。
しまった! 俺の攻撃により黒騎士に居場所を教えてしまった。更に、奴は身体強化の魔術を自身に施していた。常識外の速度にも得心がいく。
本来なら、思索に耽っている場合ではなく早急に移動すべきだった。
魔術師にとって接近戦は鬼門だ。詠唱するヒマもなければ、無詠唱ですら確実に当てられる保証もない。見切られては死は必定。防御魔術を敷いても手数が多ければ敗北する。そして、敗北は死を意味する。
慌てて腕を翳すも、既に鋭利な刃が迫っていた――。
次回、カイロスの瞳の真価が発揮されます。
そして、ようやく異世界に飛ぶ段取りをつけました。
もしかしたら、次じゃないかもしれませんけど……。




