第二部 第二十四章「戦いの序章」
その夜、静かだった倉庫の周囲に、突如、物々しい気配が満ちた。
「――囲まれてる」
セフィが、感応の力で、その異変にいち早く気づいた。全身の産毛が、逆立つような感覚があった。
「数は?」
フィンが、即座に、鋭い声で尋ねた。
「十人以上……いえ、もっと。倉庫の周り、全部」
セフィの報告に、キーラが、短剣を抜き放った。刃が、月明かりを受けて、鈍く光る。
「見つかったか」
「ああ、時間の問題だとは、思ってたが」
フィンが、そう言いながら、懐から、見たこともない形状の杖を取り出した。木の枝を思わせる、有機的な曲線を描く、不思議な杖だった。
*
「開けろ! 帝国の名において、そこにいるのは分かっている!」
外から、威圧的な声が響いた。続いて、扉を叩く、激しい音。
「セフィ、キーラ、下がってろ」
フィンが、静かに、そう告げた。その声には、これまで見せたことのない、冷たい鋭さが宿っていた。
「フィンさん一人で、大丈夫なんですか」
セフィが、思わず尋ねると、フィンは、薄く笑った。
「これでも、何百年も、生き延びてきたんでな」
*
扉が、激しい音を立てて、蹴破られた。松明を掲げた兵士たちが、次々と、倉庫の中に、なだれ込んでくる。
「大人しく投降しろ! 抵抗すれば、容赦しない!」
先頭に立つ、鎧姿の指揮官が、そう叫んだ。
「投降? 冗談じゃないな」
フィンが、杖を、静かに構えた。次の瞬間、その周囲の空間が、ざわりと、揺らめいた。
「な、なんだ、これは……!」
兵士たちが、フィンの纏う気配に、たじろいだ。
*
「セフィ、キーラ、行くぞ」
フィンの合図と共に、三人は、同時に動き出した。
キーラが、二本の短剣を手に、迫る兵士たちへと、躊躇なく踏み込んでいく。俊敏な動きで、次々と、相手の武器を弾き、体勢を崩していった。
「感応――」
セフィは、意識を集中させ、兵士たちの位置と、動きの兆しを、瞬時に把握した。
「キーラ、右!」
セフィの声に、キーラが、素早く反応する。死角から迫っていた兵士の一撃を、紙一重で回避した。
*
フィンは、杖から放たれる、不可視の力で、兵士たちの動きを、次々と封じていった。まるで、見えない壁に阻まれるかのように、兵士たちの足が、その場に縫い付けられる。木の根が、地中から這い上がるように、兵士たちの足首に絡みつき、その動きを、封じ込めていった。
「化け物か……!」
指揮官が、恐怖に顔を歪めながら、後ずさった。
「化け物とは、随分な言い草だな」
フィンは、そう言いながら、静かに、しかし確実に、状況を掌握していった。その姿は、これまでの、飄々とした少年の面影を、微塵も感じさせない、圧倒的な存在感を放っていた。
セフィは、その戦いぶりを目の当たりにしながら、改めて、フィンが背負ってきた、途方もない年月の重みを、実感していた。
*
戦いは、思いのほか、短時間で決着がついた。フィンの圧倒的な力と、セフィとキーラの見事な連携の前に、兵士たちは、次々と、戦意を喪失していった。
「も、もう、勘弁してくれ……!」
指揮官が、震えながら、そう叫んだ。
「帰って、上に伝えろ。俺たちに、二度と、手を出すな、とな」
フィンの警告に、兵士たちは、我先にと、倉庫から逃げ出していった。
*
「終わった、のか」
セフィが、荒い息をつきながら、呟いた。
「一時的には、な。だが、これで、終わりじゃない」
フィンの声には、厳しい現実を見据える、冷静さがあった。
「帝国は、必ず、また来る。もっと、大きな戦力を、率いてな」
「じゃあ、これから、どうすれば……」
セフィが、不安げに尋ねると、フィンは、静かに、けれど力強く答えた。
「この街を、離れる。そして、力をつけながら、いずれ来る、本格的な戦いに、備える」
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「セフィ、キーラ」
フィンが、二人を、まっすぐに見つめた。
「これは、もう、お前たちだけの問題じゃない。俺も、この戦いに、共に立つ」
その言葉に、セフィとキーラは、深く頷いた。
「よろしく、お願いします」
「ああ、頼りにしてる」
三人は、それぞれの決意を胸に、崩れかけた倉庫の中、瓦礫の中に立ち尽くしていた。夜空には、変わらず、星々が瞬いている。この戦いの果てに、どんな真実と、どんな運命が待っているのか――まだ、誰にも分からなかった。
けれど、確かなことが、一つだけあった。もう、セフィは、一人ではないということ。師と、仲間と共に、これから始まる、大きな戦いへと、足を踏み出していく。
長かったバルドウィックでの日々が、今、新たな戦いの序章として、静かに幕を閉じようとしていた。




