第二部 第二十三章「立ちはだかる壁」
拠点を、街外れの、古い倉庫に移してから、フィンは、ようやく、重い口を開いた。
薄暗い倉庫の中、埃っぽい木箱に腰掛けながら、フィンは、静かに語り始めた。窓の隙間から差し込む、夕暮れの光だけが、埃の舞う空気を、淡く照らしている。外の喧騒からは、隔絶された、静かな空間だった。
「2000年前、この世界には、まだ人類しか、存在していなかった」
その言葉に、セフィとキーラは、息を呑んで、耳を傾けた。フィンの声は、いつもの飄々とした調子とは違い、深く、重みのあるものだった。
*
「人類は、争いを重ねるうちに、力を求めすぎた。その果てに、人体を作り変える技術にまで、手を出した。獣人も、翼人も、冥人も――お前たちのような異人は、その戦争の副産物として、生まれたんだ」
「じゃあ、魔法も……」
セフィが、震える声で尋ねると、フィンは、頷いた。
「同じだ。あの戦争が、この世界に、魔法という概念そのものを、もたらした」
「でも、それが、崩壊と、どう繋がるんですか」
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「表向きは、その力の暴走が、崩壊の原因とされている。だが」
フィンの声が、一段と低くなった。
「本当は、違う。あの崩壊は、世界そのものの、"意志"によって、引き起こされたものだ」
「世界の、意志……?」
「この世界には、目に見えない、大きな"摂理"のようなものがある。人類が力を求めすぎた時、世界は、それを"調整"するために、あの崩壊を引き起こした」
フィンの説明に、セフィは、言葉を失った。単なる過去の悲劇だと思っていたものが、こんなにも大きな、そして恐ろしい構造を持っていたとは、想像もしていなかった。
「その摂理は、なぜ、そんなことをするんですか」
セフィが、震える声で尋ねると、フィンは、首を振った。
「分からない。ただ、世界のバランスを保つための、ある種の"仕組み"なんだろう。人間の道徳や、感情とは、無関係に働く」
「そんな、理不尽な……」
「ああ、理不尽だ。だが、それが、この世界の、隠された真実だ」
フィンの言葉には、長年、その真実と向き合ってきた者だけが持つ、重い諦念のようなものが、滲んでいた。
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「じゃあ、あの、セローズの崩壊も……」
セフィが、震える声で尋ねると、フィンは、しばらく沈黙した。
「可能性は、ある。この摂理は、今も、生き続けている。再び、"調整"が起きようとしているという、兆候もある」
「そんな……」
セフィの中で、これまでの疑問の、断片的なピースが、少しずつ、繋がり始めていた。父ダリクが調べていた謎、老人の警告、そして、セローズを襲った、あの理不尽な天変地異。
「帝国は、この摂理について、何か知ってるんですか」
キーラが、鋭く尋ねると、フィンは、頷いた。
「帝国は、この摂理を、恐れ、抑え込もうとしてきた組織だ。だが、その過程で、腐敗し、異人への差別や、情報統制を、正当化する道具に、成り下がった」
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「セフィが、狙われてる理由は……」
「お前の血筋と、力だ。冥人の血を引き、なおかつ、これほど強い感応の力を持つ者は、滅多にいない。帝国にとって、お前は、摂理の謎を解く鍵に、なり得るのかもしれない」
フィンの言葉に、セフィは、背筋が凍りつく思いだった。
「わたしは、どうすれば……」
「まずは、逃げ切ることだ。そして、力をつけろ。いずれ、お前は、この摂理そのものと、向き合うことになるかもしれない」
フィンの重々しい言葉に、セフィは、拳を握りしめた。
*
「一つ、聞いていいですか」
セフィが、意を決して尋ねた。
「フィンさんは、この摂理と、どう関わってるんですか」
その問いに、フィンは、初めて、悲しげな表情を見せた。
「昔、俺は、この摂理を止めようとした者たちの、仲間だった。だが、失敗した。多くの仲間を、失った」
「そんな……」
「人間も、異人も、種族の垣根を越えて、集まった仲間たちだった。皆、それぞれの理由で、この理不尽な摂理に、抗おうとしてた」
フィンは、そこで一度、言葉を切った。遠い記憶を辿るように、視線が、宙をさまよう。
「結局、俺たちは、摂理の一端にすら、触れることができなかった。仲間は、一人、また一人と、命を落としていった。俺だけが、こうして、生き残っている」
「だから、俺は、お前を、簡単には弟子にしたくなかった。また、同じ悲劇を、繰り返したくなかったからだ」
フィンの告白に、セフィは、胸が締め付けられる思いだった。
*
「でも、フィンさんは、わたしを、受け入れてくれました」
セフィが、静かに言うと、フィンは、頷いた。
「お前の目に、あの日、俺は、何か懐かしいものを見た気がした。かつての、仲間たちと、同じ光をな」
その言葉に、セフィは、深い感動を覚えた。
「絶対に、期待に応えます」
「気負いすぎるな。だが、その意気は、買っておく」
フィンは、そう言って、微かに笑った。倉庫の外では、夕暮れの光が、少しずつ、闇へと変わりつつあった。差し迫る危機を前に、三人の絆は、これまでになく、強く結ばれ始めていた。




