第二部 第二十二章「帝国の影」
数日後、事態は、セフィが予想していたよりも、早く動いた。
修行を終え、宿への道を歩いていると、街角に、見慣れない一団の姿があった。帝国の紋章を掲げた、数名の兵士と、その先頭に立つ、身なりの良い役人。
「あれ……」
セフィが、思わず、足を止めた。
「落ち着け。堂々としていろ、と、フィンにも言われただろう」
キーラが、小声で、そう囁いた。セフィは、深呼吸を一つして、努めて平静を装った。
*
役人たちは、道行く人々に、次々と、何かを尋ねているようだった。近づくにつれ、その内容が、セフィの耳にも届いてきた。
「この街に、獣人の子どもを連れた、若い娘が来ていないか。目撃情報を求めている」
その言葉に、セフィの心臓が、大きく跳ねた。
「わたしたちのこと、かな」
セフィが、小声でキーラに尋ねると、キーラは、険しい顔で頷いた。
「可能性は、高いだろうな」
*
役人の一人が、セフィたちの方に、視線を向けた。セフィは、咄嗟に、平静を装い、何気ない様子で、歩き続けようとした。
「そこの、お二人」
呼び止められ、セフィの背筋に、冷たいものが走った。
「はい、何でしょう」
セフィは、努めて、明るい声で振り返った。
「最近、この街に来たばかりか」
「はい、少し前に」
「ケルヴィンという、辺境の村について、何か知らないか」
その直接的な質問に、セフィは、内心の動揺を押し殺しながら、首を傾げてみせた。
「ケルヴィン、ですか? 聞いたことのない名前です」
*
役人は、セフィとキーラを、しばらく、値踏みするように見つめていた。セフィは、その視線に、耐えるように、平静を保ち続けた。心臓が、耳の奥で、激しく脈打っている。
「その目の色は」
役人が、セフィの右目に、ふと目を留めた。
「珍しい色をしているな」
「よく、言われます」
セフィは、努めて、明るく答えた。内心では、冷や汗が、背中を伝っていた。
「そうか。何か知ってることがあれば、衛兵詰所まで、知らせるように」
「はい、分かりました」
役人が、興味を失ったように、視線を逸らすと、セフィは、詰めていた息を、そっと吐き出した。
「行くぞ」
キーラが、小声で促し、二人は、その場を、平静を装いながら、後にした。
*
宿に戻った二人は、部屋に入るなり、大きく息をついた。
「危なかった……」
セフィの声は、まだ、微かに震えていた。
「うまく、切り抜けたな」
キーラが、そう言って、セフィの肩に、そっと手を置いた。
「でも、あんな風に、直接、聞き込みされるなんて……思ったより、本格的だね」
「ああ。予想以上に、しつこく調べてるようだ」
キーラの言葉に、セフィは、不安を募らせた。
*
翌日、二人は、すぐに、フィンに、昨日の出来事を報告した。
「役人に、直接、声をかけられたのか」
フィンの表情が、これまでになく、険しくなった。
「はい。なんとか、誤魔化しましたが」
「油断できない状況だな」
フィンは、腕を組んで、しばらく考え込んだ。
「セフィ、キーラ。しばらくの間、修行の拠点を変える」
「拠点を?」
「黒猫亭も、街中も、目をつけられてる可能性がある。もっと、目立たない場所に、移動した方がいい」
フィンの提案に、セフィとキーラは、緊張しながらも、頷いた。
*
「それと」
フィンが、真剣な声で続けた。
「そろそろ、お前に、話しておくべきことがある。この帝国の執着の、本当の理由についてだ」
その言葉に、セフィは、息を呑んだ。
「教えて、ください」
「ああ。だが、覚悟しておけ。楽しい話じゃない」
フィンは、そう言うと、窓の外に目をやった。夕暮れの光が、その横顔を、静かに照らしている。
「2000年前の戦争、そして、その後に起きた"崩壊"。あれは、単なる事故なんかじゃない」
「やっぱり……」
セフィの脳裏に、これまで感じてきた違和感の数々が、次々と蘇った。
「詳しい話は、拠点を移してからだ。ここでは、話しにくいこともある」
フィンの重々しい口調に、セフィとキーラは、互いに顔を見合わせ、深く頷いた。この街に忍び寄る帝国の影が、いよいよ、セフィの探し求める真実と、交差しようとしていた。




