第二部 第十六章「難題その二」
「一つ目は、合格だ。だが、まだ、終わりじゃない」
黒猫亭で、フィンは、そう告げた。
「二つ目の試練、教えてください」
セフィが、意気込んで尋ねると、フィンは、少し意地悪そうな笑みを浮かべた。
「今度のは、お前一人の力じゃ、まず無理な内容だ」
「え……」
「街の東の外れに、盗掘者どもが根城にしてる、古い遺跡がある。そこに、俺の知り合いの形見が、奪われたまま、眠ってる」
フィンの言葉に、セフィとキーラは、顔を見合わせた。
*
「取り返してこい。それが、二つ目の課題だ」
「盗掘者って、危険な相手なんですか」
キーラが、油断なく尋ねると、フィンは、頷いた。
「それなりの武装をした、荒くれ者の集団だ。数も、十人はくだらないだろう」
「十人……」
セフィは、思わず、息を呑んだ。
「だから、お前一人じゃ無理だと言ったんだ。今度は、正真正銘、キーラの力が要る」
フィンの視線が、キーラへと向けられた。
「わたしの力を、試すってことか」
「そういうことだ。お前らが、本当に、いいコンビなのかどうか。それを、見極めさせてもらう」
*
「引き受けるか」
フィンが、二人を交互に見つめながら、尋ねた。
「もちろんです」
セフィが、迷わず答えた。キーラも、静かに頷いた。
「引き受ける」
「よし。詳しい場所は、この地図に書いておいた。形見は、銀の指輪だ。分かりやすい目印がついてる」
フィンは、そう言って、また別の地図を、テーブルに広げた。
「無理はするなよ。危なくなったら、すぐに退け」
その一言に、セフィは、少し驚いた。これまでの、突き放すような態度とは、違う響きが、そこにはあった。
*
「心配、してくれるんですね」
セフィが、思わずそう言うと、フィンは、慌てたように、視線を逸らした。
「別に、心配なんてしてない。ただ、弟子候補が、初手で死なれちゃ、困るだけだ」
「それを、心配って言うんですよ」
セフィが笑うと、フィンは、苦々しい顔で、黙り込んだ。
*
翌朝、二人は、教えられた遺跡へと向かった。
街の東の外れ、荒れ地の中に、崩れかけた石造りの遺跡が、ぽつんと佇んでいた。かつては、何らかの神殿だったのだろう、風化した柱の跡が、いくつも並んでいる。乾いた風が、砂埃を巻き上げながら、吹き抜けていった。
「気配、感じるか」
キーラが、腰の短剣に手をかけながら尋ねた。
セフィは、目を閉じ、意識を集中させた。
「うん……何人もいる。遺跡の、地下の方から」
「地下、か」
キーラは、周囲を見渡し、入り口らしき穴を見つけた。崩れた石材の隙間から、下へと続く階段が、覗いている。
「あそこから、降りられそうだ」
*
慎重に、地下へと降りていくと、松明の灯りに照らされた、広い空間に出た。盗掘者たちが、あちこちで、荷物の整理をしたり、酒を飲んだりしている。
「多いな」
キーラが、低く呟いた。
「うん。あそこ、奥の方に、光る気配がある。多分、指輪」
セフィが指差した先、祭壇のような台座の上に、小さな箱が置かれているのが見えた。
「正面突破は、無謀だ。気づかれずに、あそこまで辿り着く方法を、考えないと」
キーラが、思案するように、周囲の地形を見回した。
*
「セフィ、感応で、見張りの位置を、把握できるか」
「うん、できる」
セフィは、意識を広げ、盗掘者たちの気配を、一人ずつ、丁寧に把握していった。
「今、手薄になってる場所がある。あっちの、崩れた壁の方」
「よし、そこから行こう」
二人は、影から影へと移動しながら、慎重に、祭壇を目指した。時折、盗掘者の一人が近づいてくることもあったが、セフィの感応と、キーラの機敏な身のこなしで、その都度、うまく切り抜けた。
*
祭壇にたどり着くと、キーラが、素早く箱を開けた。中には、確かに、銀の指輪が収められていた。
「あった!」
「よし、撤収するぞ」
けれど、その瞬間、警鐘のような音が、遺跡中に鳴り響いた。
「見つかったか!」
「くそ、罠があったか」
キーラが、舌打ちした。盗掘者たちが、次々と、こちらへ向かって駆けてくる。
「セフィ、走れ!」
二人は、来た道を、全速力で駆け戻った。背後から迫る足音と怒声を振り切りながら、なんとか、地上への出口に辿り着く。
*
「はあっ、はあっ……」
地上に出た二人は、荒い息をつきながら、遺跡から距離を取った。
「間一髪、だったな」
「うん……でも、取り返せた」
セフィは、手の中の指輪を、大切に握りしめた。
「戻ろう、フィンさんのところに」
*
黒猫亭に戻ると、フィンは、指輪を受け取り、しばらくの間、それを、じっと見つめていた。
「……ありがとうな」
その声には、セフィが初めて聞く、深い感慨が滲んでいた。
「これ、大切な人の形見だったんですか」
セフィが、そっと尋ねると、フィンは、少し遠い目をした。
「昔、世話になった奴のものだ。もう、随分と、昔の話だがな」
その一言に、セフィは、フィンが背負ってきた、途方もない年月の重みを、改めて感じ取った。
「二つの試練、両方とも、合格だ」
フィンは、そう言うと、初めて、真っ直ぐに、セフィの目を見つめた。その眼差しには、これまでの飄々とした態度からは想像もつかない、真剣な色が宿っていた。
「明日から、俺の弟子として、扱ってやる。ただし、覚悟しておけ。一度受け入れたからには、俺は、遠慮なんてしないぞ」
「はい! 望むところです!」
その言葉に、セフィは、目に涙を浮かべながら、大きく頷いた。
「ありがとうございます……! 本当に、ありがとうございます!」
隣で、キーラも、安堵したように、微笑んでいた。
「キーラも、これからは、頼らせてもらうかもしれん。よろしく頼む」
フィンが、そう言って手を差し出すと、キーラは、少し驚いたように、その手を握り返した。
「ああ、こちらこそ」
長い道のりの末に、ようやく辿り着いた、確かな一歩だった。窓の外では、朝の光が、少しずつ、街を照らし始めていた。




