↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まだ、続いていく  作者: たべられて候
第一部
PR
45/74

第一部 第三十章「旅立ち」

リアナが消えてから、数日が経った。


セフィは、その間、ほとんど誰とも口をきかず、ただ、ぼんやりと日々を過ごしていた。食事も喉を通らず、夜も、ろくに眠れなかった。空になった隣の布団を見るたびに、胸が締め付けられた。


「セフィ、大丈夫か」


キーラが、心配そうに、セフィの家を訪ねてきた。


「……うん、平気」


そう答えるセフィの声には、まるで力がなかった。キーラは、それ以上、何も聞かずに、ただ、セフィの隣に座った。


窓の外では、いつも通りの村の暮らしが続いている。子どもたちの笑い声、荷馬車の車輪の音――そうした当たり前の日常が、今のセフィには、ひどく遠いもののように感じられた。


*


「なあ、セフィ」


しばらくの沈黙の後、キーラが、静かに切り出した。


「そのリアナって奴が、最後に、何か言ってなかったか」


セフィは、俯いたまま、小さく頷いた。


「バルドウィックに、行けって。死者の声に詳しい人が、いるんだって」


「なら、行くしかないだろう」


キーラの、あっさりとした言葉に、セフィは、驚いて顔を上げた。


「でも……」


「悲しむのは、悪いことじゃない。でも、いつまでも、ここで立ち止まっていたら、その人の言葉が、無駄になっちまうんじゃないか」


キーラの言葉は、不器用ながらも、確かな真心が込められていた。


「わたしも、一緒に行く。約束、しただろう。力を貸すって」


*


その夜、セフィは、久しぶりに、リアナとの日々を、一つ一つ思い返した。


出会った日の絶望。共に過ごした旅路。修行の日々。そして、突然訪れた別れ。


「リアナお姉ちゃん」


セフィは、静かに呟いた。


「セフィ、ちゃんと、前に進むね。リアナお姉ちゃんが教えてくれたこと、全部、大事にするから」


涙は、まだ完全には涸れていなかった。けれど、その涙の中に、少しずつ、前を向く力も、芽生え始めていた。


*


翌朝、セフィは、グレタの家を訪れた。


「グレタさん、しばらく、旅に出ようと思います」


「そうかい。バルドウィックに、行くんだね」


グレタは、既に、事情を知っているようだった。


「気をつけて行きな。何かあったら、いつでも、ここに戻ってくるといい」


「ありがとうございます、グレタさん」


セフィは、深く頭を下げた。この村で受けた温かさを、決して忘れることはないだろうと、改めて心に刻んだ。


*


グレタの家を出て、家路につこうとしたところで、セフィは、聞き覚えのある声に呼び止められた。


「おい、坊主。ちょっと、待ちな」


振り返ると、あの質屋の店主が、息を切らしながら、こちらに向かって歩いてくるところだった。


「あの……何か、御用ですか?」


セフィが戸惑いながら尋ねると、店主は、懐から、小さな包みを取り出した。


「これを、持っていきな」


差し出されたのは、あの日、質に入れた、リアナの母の形見の首飾りだった。


「え……」


セフィは、思わず、言葉を失った。


「この前、あんたが、獣人の子どもたちを助けたって話、村中に広まっててね。あの誘拐事件を、終わらせる手伝いをしたんだろう」


店主は、ぶっきらぼうな口調で、そう続けた。


「大事なもんなんだろう、これ。礼だ、持っていきな。金は、いらない」


「でも、そんな……」


「いいから、持っていきな。良い行いをした奴には、良いことがある。それだけのことさ」


店主は、そっけなくそう言って、包みを、セフィの手に押し付けた。


*


首飾りを両手で包み込んだ瞬間、セフィの中で、堰き止めていたものが、一気に溢れ出した。


「うっ……うわあああああ……!」


セフィは、その場に座り込み、大粒の涙を、次から次へとこぼした。この首飾りを外した時の、リアナの震える手。質屋に向かう道すがらの、複雑な表情。そして、もう二度と、その手にこの首飾りをかけてあげることができないという事実。


「リアナお姉ちゃん……リアナお姉ちゃん……!」


嗚咽が、何度も、セフィの口から漏れた。店主は、驚いた様子を見せながらも、それ以上、何も聞かずに、ただ、セフィが泣き止むのを、静かに待っていてくれた。


「ごめんなさい……こんな、大事なもの、返してもらったのに」


ひとしきり泣いた後、セフィは、涙を拭いながら、そう謝った。


「謝ることじゃないさ。大事なものだからこそ、そうやって、大事に泣けるんだろう」


店主の言葉に、セフィは、もう一度、深く頭を下げた。


「ありがとうございます。大切にします」


「ああ、気をつけてな」


セフィは、首飾りを、大切に懐にしまい込んだ。これは、もう二度と手放さない――そう、強く心に誓いながら。


*


広場では、ミナが、少し遠慮がちに、セフィを見送りに来てくれていた。


「セフィ、元気でね」


「うん、ミナも、元気で」


以前のような屈託のなさは、まだ戻っていなかったけれど、それでも、こうして見送りに来てくれたことが、セフィには、何よりも嬉しかった。


「また、いつか」


「うん、また、いつか」


*


「準備は、いいか」


キーラが、荷物を背負い直しながら、尋ねた。


「うん、大丈夫」


セフィは、懐に忍ばせた、トビにもらった木彫りの鳥に、そっと触れた。そして、リアナと過ごした日々の記憶を、胸の奥に、大切にしまい込んだ。


家の中を、もう一度、ぐるりと見回した。二人で手を入れた壁、二人で囲んだ竈――どれもが、リアナと過ごした証だった。


「行ってきます」


誰もいないはずの部屋に向かって、セフィは、そっとそう呟いた。


「行こう、キーラ」


「ああ」


二人は、ケルヴィンの柵を抜け、バルドウィックへと続く道を、歩き始めた。振り返ると、ケルヴィンの村並みが、少しずつ、小さくなっていく。


セローズを失い、リアナと出会い、そして見送った。この一年足らずの日々で、セフィは、多くのものを失い、そして、多くのものを得た。


「バルドウィックには、何が待ってるんだろう」


セフィが、ぽつりと呟くと、キーラは、前を見据えたまま、答えた。


「行ってみなきゃ、分からないさ。でも、一人じゃない。それだけは、確かだ」


「うん」


二人の足取りは、迷いなく、まっすぐ前へと向かっていた。空は高く澄み渡り、遠くの街道の向こうに、新しい旅路が、静かに広がっていた。


セフィの、成長の物語は、ここから、また新しい章へと、歩みを進めていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。