第一部 第二十八章「救出と脱出」
森を抜け、ようやく追手の気配が完全に消えた頃、セフィたちは、崩れかけた古い祠の陰で、一度足を止めた。苔むした石段に、木漏れ日が斑に落ち、湿った土の匂いが、あたりに立ち込めている。
「みんな、大丈夫? 怪我してない?」
セフィが、連れてきた子どもたち一人一人に、声をかけて回った。皆、疲れきった様子ではあったが、幸い、大きな怪我をした子はいなかった。
「お姉ちゃん、ありがとう」
小さな男の子が、涙目でセフィに抱きついた。セフィは、その小さな体を、そっと抱きしめ返した。
「頑張ったね。もう、大丈夫だよ」
*
「これから、どうする」
キーラが、警戒を緩めないまま、周囲を見回した。
「まずは、ケルヴィンに戻ろう。みんなを、家族の元に返さないと」
「追手は、大丈夫か」
「多分、大丈夫。感応で確かめてみる」
セフィは、目を閉じ、意識を集中させた。周囲に、追っ手らしい気配は感じられなかった。
「大丈夫そう。今のうちに、進もう」
*
道中、子どもたちは、少しずつ落ち着きを取り戻していった。セフィとキーラは、交代で子どもたちを励ましながら、森の中を、慎重に進んでいった。
「キーラ、疲れてない?」
「平気だ。それより、お前こそ、大丈夫か」
「うん、平気」
そう言いながらも、セフィの足取りには、隠しきれない疲労が滲んでいた。同調と顕現を繰り返し使ったことで、体力を、かなり消耗していた。
「無理するな」
キーラが、ぶっきらぼうにそう言いながら、セフィの荷物を、さりげなく引き受けた。
「ありがとう、キーラ」
「礼はいい」
そっけない態度の中に、確かな気遣いが滲んでいた。セフィは、その優しさに、思わず微笑んだ。
*
日が傾く頃、ようやく、ケルヴィンの柵が見えてきた。
「見えた! ケルヴィンだ!」
子どもたちが、歓声を上げた。セフィも、安堵のあまり、その場に座り込みそうになった。
「よく、頑張ったね、みんな」
村に入ると、待ち構えていた親たちが、我が子の姿を見て、一斉に駆け寄ってきた。
「よかった……! 無事だったんだね!」
抱き合い、涙を流す親子の姿に、セフィの胸も、熱いもので満たされた。あちこちで名前を呼ぶ声、泣きじゃくる声、安堵の笑い声が、入り混じって響いていた。
「あんた、まさか、この子たちを助けてくれたのかい」
一人の母親が、セフィに気づいて、驚いたように尋ねた。
「はい……少し、力を貸しただけです」
セフィが謙遜すると、母親は、涙ながらに、深く頭を下げた。
「本当に、ありがとう。この恩は、一生忘れないよ」
他の親たちも、次々とセフィのもとに駆け寄り、感謝の言葉を口にした。あれほど冷たかった村の空気が、この瞬間だけは、確かな温かさに包まれていた。
*
騒ぎを聞きつけたグレタも、駆けつけてきた。
「セフィ! 無事だったのかい!」
「グレタさん!」
セフィは、グレタの胸に、思わず飛び込んだ。張り詰めていた緊張が、ようやく緩んでいくのを感じた。
「無茶なことを……でも、よくやったね」
グレタは、セフィの頭を、優しく撫でた。
「この子は?」
グレタが、キーラに目を向けると、セフィは、慌てて紹介した。
「キーラです。一緒に、助けてくれました」
「そうかい。あんたも、よく頑張ったね」
グレタの言葉に、キーラは、少し戸惑ったように、視線を逸らした。人に褒められることに、慣れていないようだった。
*
その夜、セフィは、村の広場で、キーラと並んで、夜空を見上げていた。
「終わった、のかな」
セフィが、ぽつりと呟いた。
「今回は、な。でも、お前が言った通り、これで終わりじゃない」
「うん。根本を、何とかしないと」
「その時は、また、力を貸すぞ」
キーラの言葉に、セフィは、嬉しそうに笑った。
「ありがとう、キーラ」
「まだ、礼を言うのは早い」
そう言いながらも、キーラの声には、確かな温かさが宿っていた。
「これから、どうするんだ、お前は」
キーラが尋ねると、セフィは、少し考えてから答えた。
「まだ、分からない。でも、この事件の元を絶つ方法を、いつか、見つけたい」
「大きな目標だな」
「うん。でも、一人じゃないから」
セフィがそう言って微笑むと、キーラは、少し照れくさそうに、視線を逸らした。
「まあ……当分は、付き合ってやる」
夜空に瞬く星々を見上げながら、セフィは、一つの戦いを乗り越えた達成感と、新しい仲間を得た喜びを、静かに噛みしめていた。この胸に満ちる温かさが、翌日には、思いもよらぬ別れへと繋がっていくことを、この時のセフィは、まだ知らなかった。




