第一部 第二十二章「化ける準備」
事件の時期が近づくにつれ、セフィとリアナは、変装のための準備を、本格的に始めた。修行の合間を縫って、少しずつ、けれど着実に、計画は形になっていった。
「まずは、材料集めからね」
リアナがそう言うと、セフィは頷いた。
「毛皮とか、耳の形になりそうなもの、探さないと」
「森の中なら、猟師が仕留めた獲物の、使われなかった部分が、落ちているかもしれないわ」
「探してみる!」
二人は、村外れの森に入り、獣人の特徴を再現できそうな素材を、根気強く探し回った。
「これ、どうかな」
セフィが見つけたのは、灰色がかった毛並みの、柔らかい獣の毛皮だった。狩人が捨てた、使い古しの端切れらしい。
「いいわね。耳の形に、切り出せそう」
*
家に戻ると、二人は、さっそく作業に取り掛かった。窓から差し込む夕暮れの光が、床に置かれた毛皮の切れ端を、橙色に染めていた。木屑と、獣の毛の匂いが、狭い部屋に、うっすらと立ち込める。
「まず、耳の芯になる部分を、しっかり作らないと。ぺたんこじゃ、不自然だもの」
リアナは、木の枝を薄く削り、耳の形をした骨組みを作っていった。
「器用だね、リアナお姉ちゃん」
「昔、刺繍をしていたから、手先を使うのは、割と得意なのよ」
骨組みに、毛皮を丁寧に貼り付けていく。何度も形を整え直しながら、少しずつ、獣人の耳らしきものが、出来上がっていった。
「あとは、頭に固定する方法ね」
「紐で、結べばいいんじゃない?」
「それだと、動いた拍子に、ずれちゃうかもしれないわ」
二人は、あれこれと工夫を重ねた。布を編んで作った、頭に沿う形の帯に、耳を縫い付ける方法に、最終的に落ち着いた。
「よし、できた!」
セフィが、出来上がった耳を、頭に装着してみせた。鏡代わりの水面に映る自分の姿に、セフィは、思わず声を上げた。
「わあ、本当に獣人みたい!」
「なかなかの出来栄えね」
*
尻尾の方は、さらに苦労した。動きに合わせて自然に揺れるようにするには、単に毛皮を垂らすだけでは不十分だった。
「もっと、しなやかに動かないと、不自然よね」
リアナは、しなる木の枝を芯にして、その周りに毛皮を巻きつける方法を思いついた。
「これなら、歩く時に、自然に揺れるはずよ」
出来上がった尻尾を、腰の後ろに固定してみると、確かに、歩くたびに、それらしく揺れた。
「すごい、本物っぽい!」
セフィは、その場でくるりと回ってみせた。尻尾が、遠心力でふわりと広がる。
「動きも、悪くないわね」
リアナも、満足げに頷いた。
*
「あとは、目の色かしら」
リアナが、セフィの顔を、じっと見つめた。
「セフィの右目は、金色だから、獣人でも通用するかもしれないけど……左目が、灰褐色でしょう。少し、目立つかもしれないわ」
「どうしよう」
「布で軽く隠すか……いっそ、片目だけ、そういう獣人だと思わせるか、かしらね」
二人は、あれこれと知恵を絞り、最終的に、目にかからない程度に前髪を伸ばし、左目を自然に隠す方法を選んだ。
「これで、大分それらしくなったんじゃない?」
「うん! きっと、大丈夫」
「歩き方も、少し変えてみましょうか。獣人の子は、もう少し、身軽な動き方をする子が多い気がするの」
「こう?」
セフィが、軽く跳ねるような足取りで歩いてみせると、リアナは、くすりと笑った。
「悪くないわ。でも、もう少し、自然な感じにしましょう」
二人は、何度も繰り返し、歩き方や仕草を調整していった。
*
一通りの変装が完成すると、セフィは、改めて水面に映る自分の姿を確認した。灰色の耳、しなやかな尻尾、そして絶妙に隠された左目。
「本当に、獣人の子どもみたい」
「あとは、動きや仕草も、それらしくする練習が必要ね」
リアナの言葉に、セフィは、気を引き締めた。
「明日から、みんなの前で試してみる」
「ええ、まずは、村の中で試してみましょう」
耳と尻尾を、大切に布に包みながら、セフィは、これまでの作業を振り返った。材料集めから、形を整えるまで、二人で力を合わせて作り上げた、初めての"作品"だった。
「なんだか、愛着湧いてきたね、この耳」
セフィがそう言うと、リアナは、微笑ましそうに頷いた。
「そうね。頑張って作ったものだもの」
夕暮れの光が、出来上がったばかりの耳と尻尾を、柔らかく照らしていた。計画の実現に向けて、また一歩、二人は歩みを進めていた。




