第一部 第二十章「質入れ」
計画を進めるには、まず、資金が必要だった。変装のための材料、そしていざという時のための備え――どれをとっても、今の二人の手持ちでは、到底足りなかった。
これまで、旅の間に少しずつ貯めてきた蓄えは、日々の食事や生活のために、ほとんど使い果たしていた。手元に残るのは、わずかな銅貨だけだった。
「お金、どうしよう」
セフィが困った顔で呟くと、リアナは、少し考えてから、自分の首元に触れた。
「これを、使いましょう」
リアナが取り出したのは、小さな首飾りだった。素朴な作りだったが、丁寧に磨かれた石が、鈍い輝きを放っていた。
「それ……」
「お母さんの形見なの。ずっと、肌身離さず持っていたものよ」
セフィは、思わず息を呑んだ。
「そんな、大事なもの……売っちゃっていいの?」
「いいのよ。今のセフィにとって、必要なことのために使うなら、お母さんも、きっと許してくれるわ」
リアナの声には、迷いがなかった。けれど、その手が、首飾りを外す時、微かに震えていたことに、セフィは気づいていた。
*
「本当に、いいの? 他に、方法がないか、もう一度考えてみる?」
セフィが、なおも尋ねると、リアナは、優しく首を振った。
「物は、いつか手放す時が来るものよ。それに、これを役立てることで、誰かの命が救えるなら、それ以上に価値のあることは、ないと思うの」
その言葉に、セフィは、何も言えなくなった。ただ、リアナの手を、そっと握った。
「じゃあ、セフィが、質屋さんに持っていくね」
「ええ、お願い」
*
村の外れにある、小さな質屋。セフィは、緊張しながら、その扉を開けた。埃っぽい店内には、様々な品物が、所狭しと並べられていた。古びた食器、使い込まれた道具、色褪せた装飾品――どれもが、かつて誰かの、大切な持ち物だったのだろう。
「あの……これ、質に入れたいんですけど」
カウンターの奥にいた、初老の店主が、眼鏡越しにセフィを見た。
「ほう、坊主が一人で。珍しいな」
店主は、首飾りを手に取り、目を細めて検分し始めた。ランプの灯りに翳しながら、石の透明度や、細工の丁寧さを、じっくりと確かめている。
「ふむ……悪くない品だ。だが、坊主、これは大事な品なんじゃないのか?」
店主の言葉に、セフィは、一瞬、答えに詰まった。
「はい……でも、今は、どうしても必要なんです」
セフィの真剣な表情に、店主は、しばらく黙り込んでいたが、やがて、静かに頷いた。
「分かった。相応の値をつけよう。……ただし、いつでも買い戻しには来ていいからな。この手の品は、大抵、無理して手放すもんだ」
「ありがとうございます」
差し出された銀貨の数に、セフィは、目を見開いた。思っていたよりも、ずっと多い金額だった。
「こんなに……?」
「良い品には、良い値がつく。それだけのことさ」
店主は、そっけなくそう言って、帳簿に何かを書き込んだ。セフィは、銀貨を大切に懐にしまい、深く頭を下げて、店を後にした。
*
家に戻ったセフィは、握りしめていた銀貨を、リアナに見せた。
「こんなに、もらえたよ」
「まあ、思っていたより多いのね」
「うん。店主さん、いい人だった」
セフィは、そう報告しながらも、銀貨を握る指先に、力を込めたり緩めたりを繰り返していた。
「リアナお姉ちゃん、寂しくない?」
セフィが、そっと尋ねると、リアナは、少し目を伏せた。
「正直に言うと、少し寂しいわ。でも、後悔はしていないの」
「ごめんね……」
「謝らないで。これは、わたしが選んだことだもの」
リアナは、セフィの頭を、優しく撫でた。
「それに、これで、計画を進められるでしょう。お母さんも、あなたを助けるために使われたなら、きっと喜んでくれるはずよ」
その言葉に、セフィは、大きく頷いた。
「絶対、無駄にしない。ちゃんと、みんなを助けるために使うから」
「ええ、頼りにしているわ」
「首飾り、なくなっちゃったけど……お店の人が、いつでも買い戻していいって言ってた」
セフィがそう伝えると、リアナの表情が、微かに明るくなった。
「そう……いつか、そんな日が来たら、嬉しいわね」
「うん。事件が全部解決したら、絶対、買い戻しに行こう」
セフィが力強くそう言うと、リアナは、優しく目を細めた。
「ふふ、頼もしいこと」
その夜、銀貨を数えながら、二人は、これからの計画を、改めて確認し合った。材料の調達、変装の練習、そして、いざという時の段取り――やるべきことは、まだたくさん残っていた。
「明日から、また忙しくなりそうね」
「うん! でも、頑張る」
窓の外に沈む夕日を見つめながら、セフィは、手の中の銀貨を、大切に握りしめた。この一枚一枚に込められた想いを、決して忘れてはいけないと、強く心に刻んだ。




