第一部 第十五章「独り言の少女」
グレタの家に世話になって数日が経ち、セフィとリアナは、村の外れにある空き家を借りて住むことになった。長らく人が住んでいなかったその家は、あちこち傷んではいたが、雨風をしのぐには十分だった。
「ここが、しばらくの住処ね」
リアナがそう言いながら、埃を払うように床を掃いた。セフィも箒を持って、隅の方を掃除し始める。
「二人で住むには、ちょうどいい広さだね」
「ええ、そうね」
窓枠には蜘蛛の巣が張り、床板の一部は軋んでいたが、二人で少しずつ手を入れていくうちに、次第に住み心地の良い場所へと変わっていった。壊れた棚を直し、隙間風の入る壁には、拾ってきた布を詰めた。
「森で暮らしていた頃より、ずっと快適ね」
「うん。雨が降っても、濡れないもん」
そんな些細なことにも、二人は喜びを見出していた。屋根のある暮らしがどれほど恵まれたものか、この一月の旅を経た二人には、身に染みて分かっていた。
*
村の広場は、乾いた土埃と、干し草の匂いに満ちていた。子どもたちの声が、あちこちから飛び交い、鶏の鳴き声が、時折それに重なる。村での暮らしが始まると、セフィは少しずつ、村の子どもたちとも顔を合わせるようになった。井戸端や広場で顔を合わせるうちに、自然と言葉を交わす機会も増えていった。
「ねえ、一緒に遊ばない?」
広場で縄跳びをしていた女の子が、ある日、セフィにそう声をかけてきた。名前はミナといい、セフィと同じ年頃の、快活な子だった。
「うん、いいの?」
「もちろん! こっちおいでよ」
セフィは驚きながらも、その輪に加わった。縄跳びの数を競い合ったり、鬼ごっこで走り回ったり――久しぶりに、同じ年頃の子どもたちと過ごす時間は、セフィにとって新鮮で、そして少しくすぐったいものだった。
「セフィ、意外と足速いね」
「え、そう?」
「うん! もっと速く走れそう」
そんな風に褒められると、セフィは照れくさそうに笑った。里にいた頃は、なかなか味わえなかった感覚だった。
縄跳びでは、ミナが得意げに二十回連続で跳んでみせ、セフィもそれに負けじと挑戦した。最初は五回ほどで引っかかっていたが、繰り返すうちに、次第にコツを掴んでいった。
「見て見て、十五回いけた!」
「すごいじゃん! センスあるよ、セフィ」
ミナに褒められて、セフィは誇らしげに縄を握りしめた。こうして誰かと競い合い、褒め合う時間が、これほど楽しいものだったのかと、改めて実感していた。
他の子どもたちも、次第にセフィに声をかけるようになった。最初は遠巻きに様子を窺っていた子も、遊びの輪が広がるにつれ、自然と打ち解けていった。
*
遊びの合間、木陰で一休みしていると、隣に座ったミナが、ふと尋ねてきた。
「セフィって、今、誰と暮らしてるの? 一人?」
セフィは即座に、笑顔で答えた。
「リアナお姉ちゃんと、暮らしてるよ!」
「お姉ちゃん? どんな人?」
「すごく優しくて、綺麗な人。今度、紹介するね」
セフィがそう言って笑うと、ミナはあっさりと納得したように頷いた。
「そうなんだ! 楽しみにしてる」
「セフィのお姉ちゃんって、どこの人?」
別の子が興味津々に尋ねてきた。
「セローズが崩れちゃった時から、ずっと一緒にここまで来たの」
セフィは、誇らしげにそう答えた。二人で乗り越えてきた旅路のことを、ほんの少しでも誰かに知ってもらえるのが、嬉しかった。
「へえ、そうなんだ。ずっと一緒なんだね」
「うん! すっごく頼りになるんだよ」
子どもたちは、それ以上深く尋ねることもなく、素直に相槌を打ちながら、話題は自然と別のことへと移っていった。
「今度さ、みんなで一緒にお昼食べようよ。セフィのお姉ちゃんも一緒に」
ミナが無邪気にそう提案すると、セフィは目を輝かせて、大きく頷いた。
「いいよー! かわいくてびっくりするよぉ」
「え、そんなにかわいいの!?」
「うん、みんなびっくりすると思う!」
セフィは胸を張って、自慢げにそう言った。大好きなお姉ちゃんのことを、こうして自慢できるのが、何より嬉しかった。
「よし、約束!」
ミナは屈託なく笑い、小指を差し出した。セフィもその小指に、自分の指を絡めた。トビとの約束を思い出しながら、セフィは少し切なくも、温かい気持ちを抱いた。
「よかったね、お友達できて」
離れた木陰で、様子を見守っていたリアナが、セフィが戻ってくると、そう言って微笑んだ。
「うん! みんな、優しかった」
「今度、紹介するって言ってたわね」
「うん! いいかな? お姉ちゃんのこと、自慢したいんだぁ」
セフィがそう言うと、リアナは少し照れくさそうに、けれど嬉しそうに笑った。
「あら、そんな風に言ってもらえるなんて、光栄ね」
*
その夜、狭い家の中で、セフィはリアナに寄り添いながら、その日の出来事を、興奮気味に語った。
「今日ね、縄跳び、みんなより跳べたんだよ」
「すごいじゃない。修行の成果かしらね」
「あと、鬼ごっこも、全然捕まらなかった」
「顕現のおかげかもしれないわね」
セフィは得意げに、今日の出来事を、一つ一つ数え上げた。里にいた頃には、あまり味わえなかった、同じ年頃の子どもたちとの時間。それが、こんなにも心を満たしてくれるものだとは、思ってもみなかった。
「ミナって子、すごく明るくて、優しいの。今度、みんなでお昼食べようって、約束した」
「まあ、素敵じゃない」
「うん。リアナお姉ちゃんのこと、みんなに自慢するんだ」
セフィが得意げにそう言うと、リアナは嬉しそうに目を細めた。
「ええ、楽しみにしているわ」
「明日は、ミナたちと、川に行く約束もしたんだ」
「まあ、忙しくなりそうね」
「うん! でも、修行も、ちゃんとやるから」
セフィが慌てて付け加えると、リアナはくすくすと笑った。
「両方頑張れるなら、それが一番よ」
「明日も、一緒に遊べるかな」
「きっとね。焦らず、少しずつ、仲良くなっていきましょう」
リアナの言葉に、セフィは満足げに頷いた。窓の外では、村の明かりが、ぽつぽつと灯り始めていた。この村での新しい生活は、思っていたよりもずっと、温かいものになりつつあった。
セフィは目を閉じながら、今日出会った新しい友達の顔を、一人一人思い浮かべた。里にいた頃とは違う、新しい繋がりが、少しずつ、セフィの周りに広がり始めていた。




