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まだ、続いていく  作者: たべられて候
第一部
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第一部 第十二章「小さな成長」

朝は歩き、昼からは修行する。そんな日課が、いつの間にか、二人の間に自然と根付いていた。


「今日も、頑張るぞ」


セフィは毎朝、目を覚ますと、まずそう自分に言い聞かせるのが習慣になっていた。両親を失った直後は、ただ生き延びることに必死だった日々が、少しずつ、確かな目標を持った日々へと変わりつつあった。


「今日は、何から始める?」


リアナが尋ねると、セフィは少し考えてから答えた。


「感応から。それで、対話。それから、同調も、少し試したい」


「欲張りね。でも、その意気よ」


朝食を済ませると、二人はまず、その日歩くべき距離を確かめ合う。地図らしい地図もなかったが、リアナの「なんとなく」という感覚が、これまでのところ、二人を正しい方向へと導いてくれていた。


「今日は、あの山を回り込むように進みましょう」


「うん、分かった」


歩きながらも、セフィは道端の草花や、木々の間を飛ぶ鳥に、以前とは違う目を向けるようになっていた。何気ない景色の一つ一つが、修行を通して得た知識と結びつき、以前よりも豊かに、意味を持って見えるようになっていたのだ。


昼になると、二人は決まって、その日の野営地の近くで、静かな場所を見つけて座り込んだ。目を閉じ、深呼吸を繰り返し、心を静める――その一連の動作は、もう身についたもののように、自然な流れになっていた。


*


蝉時雨が、絶え間なく降り注ぐ昼下がりだった。木陰に差し込む光は強く、じっとりとした熱気が、肌にまとわりついてくる。ある日、セフィは、これまでにない粘り強さを見せた。


いつもなら、一刻ほどで音を上げていた感応の修行を、その日は延々と続けていた。


「セフィ、少し休んだら?」


リアナが心配して声をかけても、セフィは首を振った。


「もう少し。今日は、なんとなく、いけそうな気がするの」


額に汗を滲ませながら、セフィは根気強く、意識を研ぎ澄まし続けた。周囲の音が一つ、また一つと遠ざかり、代わりに、微かな気配の輪郭が、少しずつはっきりとしてくる。


「一つ……二つ……」


セフィは声に出さず、心の中で数えていた。今までは、一つの気配を捉えるだけで精一杯だったのに、今日はなぜか、次々と別の存在を感じ取れる。


「あ……三つ、感じる」


今までは、一つの気配を捉えるのがやっとだった。それが今、同時に三つの異なる気配を、セフィは感じ取っていた。それぞれが、違う温度、違う重さを持っている。一つは穏やかで、一つは寂しげで、もう一つは、どこか懐かしいような気配だった。


「本当? すごいじゃない!」


リアナが驚きの声を上げると、セフィは疲れた様子ながらも、誇らしげに笑った。


「疲れたけど……できた」


「よく頑張ったわね」


リアナはセフィの頭を優しく撫でた。汗ばんだ髪が、額に張り付いている。


「セフィ、本当に、日に日に強くなっていくのね」


「リアナお姉ちゃんが、ちゃんと教えてくれるから」


「ううん、あなた自身の努力よ。わたしは、ただ隣で見ているだけ」


そう言いながらも、リアナの目には、隠しきれない誇らしさが浮かんでいた。まるで、自分の妹の成長を見守る、そんな温かな眼差しだった。


「三つのうち、どれかと話してみる?」


リアナが尋ねると、セフィは少し考えて、首を振った。


「今日は、もう疲れた。また今度にする」


「そうね、無理は禁物よ」


セフィはその場に座り込み、大きく息をついた。三つもの気配を同時に感じ取れたことは、確かな進歩だったが、それだけ集中力も体力も使ったらしい。


*


夕暮れ時、赤みを帯びた光が、野営地の焚き火の煙に、淡い筋を作っていた。木の爆ぜる音に混じって、虫の声が、少しずつ増えていく。別の日には、対話の修行で、思わぬ発見があった。


「今日話した人、面白かった」


夕食の準備をしながら、セフィが弾んだ声で言った。


「どんな人だったの?」


「旅の楽師さんだって。歌を歌ってくれた」


「歌?」


「うん、聞こえた気がする。すごく綺麗な、悲しい歌だった」


セフィは、覚えたばかりの旋律を、小さく口ずさんでみせた。たどたどしいながらも、確かにどこか郷愁を誘う、美しい調べだった。


「まあ、素敵ね。今度、もっと聞かせてもらいましょうか」


「うん、そうする」


「その楽師さん、どうしてここに眠っているのかしら」


リアナが尋ねると、セフィは少し考えてから答えた。


「旅の途中で、病気になっちゃったんだって。でも、最後まで、歌うことをやめなかったみたい」


「そう……立派な人だったのね」


「うん。悲しい歌だったけど、なんか、温かい気持ちにもなれた」


日々の修行の中で、セフィが出会う死者たちは、様々な人生の断片を、少しずつ分けてくれた。悲しい記憶ばかりでなく、時には、こうした温かな、あるいは美しい記憶に触れることもあった。


*


修行の合間、セフィはふと、自分の変化に気づくことがあった。


「なんか、前より、色んなことが怖くなくなった気がする」


夕暮れの空を見上げながら、セフィがぽつりと呟いた。


「どういうこと?」


「最初は、隅っこに誰かいるのが、ただ怖かった。でも今は、その人が、何を伝えたいのか、知りたいって思える」


リアナは、優しく微笑んだ。


「それは、大きな変化ね」


「うん。リアナお姉ちゃんと一緒だから、そう思えるようになったんだと思う」


セフィの言葉に、リアナは一瞬、切なそうな表情を見せたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。


「これからも、一緒に、色んなことを乗り越えていきましょう」


「うん!」


その日の夕食は、いつもより豪華だった。同調で得た知識のおかげで、食材の選び方も、調理の工夫も、随分と洗練されてきている。焚き火を囲みながら、二人は今日一日の成果を、笑いながら語り合った。


「今日も、色んなことがあったね」


「本当に。あなたの成長を見ていると、こちらまで嬉しくなるわ」


「リアナお姉ちゃんは、変わらないね」


セフィがふとそう言うと、リアナは首を傾げた。


「そう? わたしも、少しは成長してるつもりだけど」


「ううん、そうじゃなくて。ずっと優しいままだなって」


その言葉に、リアナは一瞬、驚いたような顔をした。それから、柔らかく微笑んだ。


「それは、褒め言葉として受け取っておくわね」


食事を終えた後、セフィは焚き火の傍らで、今日感じ取った三つの気配について、もう一度思い返してみた。それぞれ違う温度、違う重さを持った存在――それらを同時に感じ取れたことは、確かな進歩の証だった。


「明日は、もっと色んなことに、挑戦してみたい」


「ええ、少しずつね。あなたのペースで、進んでいきましょう」


「うん」


小さな成長の積み重ねが、確かにセフィを、前へ前へと押し進めていた。それは、両親を失った悲しみを消し去るものではなかったけれど、その悲しみと共に生きていくための、確かな力になりつつあった。


星空の下、セフィはリアナの隣で、静かに目を閉じた。明日への期待を胸に抱きながら、今日という一日を、確かな手応えと共に締めくくった。


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