第4章 Jardin secret ~秘密の花園~ 第二十三話
「当時私はこの辺りに広大な土地を所有する貴族でして…まぁよく羽振りよく社交界で遊んでいたのですが、きちんと貴族としての務めにも精を出して、教会や修道院への寄附などの慈善事業もそつなくこなしておりました」
「ついでに修道院の修道女にも手を出しすことにも精を出していたんですか?」
「あははははは…まぁそう睨まないでください、ヴィンセント殿。これには訳があったんですよ」
呆れたようにヴィンセントはカルロ伯爵を睨み、大きく溜息をつきました。そんなヴィンセントを見てカルロ伯爵はケラケラと笑いとばします。そしてまた一輪バラを手に取る顔の近くに持って行き、ワインを飲むかのようにその甘くて芳醇な香りを軽く吸い込みました。
「…その時グララスでは約半年前程から不可解な連続行方不明事件が多発しておりました。そして必ず私の領地の森の奥や川べりに行方不明となっていた者たちのご遺体が発見されたんです。私の領地で私と背格好の似た男が、殺された女性や子供と一緒に居たのを見たと言う出どこ不明な証言だけで警察はろくに調査もせずに私を疑っておりました」
「…疑う材料としては問題ないでしょう?」
「ですが私にはきちんとアリバイもありましたし、何よりも私がやったという明確な証拠がないですからね」
「そんなもの何とでもなりますよ」
ハッとヴィンセントは嘲笑するかのように笑い飛ばしました。カルロ伯爵そんなヴィンセントの様子を余裕の大人の態度で微笑みながら返します。少し肩透かしを食らったようなヴィンセントはそのまま伯爵を冷たい視線のままジッと見つめ続けました。
「えぇ、どちらにしても何とでもなるでしょう。…警察はさらにグララスの教会にも協力を仰ぎました。当時街外れの教会に1年ほど前に赴任してきた若い神父…ジャン神父―――…とても優秀で聡明、物腰も柔らかく真面目で人格者として街の人からの信頼も厚い男でした。そして何より私と背格好も顔もよく似ていて…まぁ顔もどこか似ていたみたいで、イケメンの神父として若い修道女達からも人気がありました」
「…ジャン神父…?」
「警察はジャン神父に協力を依頼し、犯人が自責の念に堪えられずに懺悔に来た場合は必ず通報に協力してくれ、といっていたようです。それにもし万が一…犯人が人間でない場合それに対抗できるのはおそらく神職である神父だけだと警察は思っていたんでしょうね」
「犯人が人間でない場合…」
ウィリアム様の眉間にさらに深く皺が刻まれ、訝しげに伯爵を見つめます。ヴィンセントは相変わらずにじみ出る怒りを一生懸命押さえて静かに冷たい視線で見ら見つけておりました。
「悪魔の仕業ではないか、という意見もありましたからね。きっと藁にも縋る思いだったことでしょう。どちらにしてもこのジャン神父を主導としてこの事件の解決しようと警察は考えていたようです」
「…」
「そしてまたしばらくして…今度は修道院から数名の修道女が行方不明となる事件が起きました。なにかと修道院にちょくちょく出入りしていた私はもちろん疑われました」
「修道女までが?」
「マチルダにテレーズ…それにルチア…。さすがに三名の修道女がいきなり姿を消し、修道院はパニックになりました。そしてその日の夜、修道女達を誑かしたりマチルダと男女の関係にあるのではないかと疑っていた人々に嗾けられてジャン神父は…ついに私の犯行の痕跡を探そうと私の屋敷に忍び込んできたんです」
「…」
「ですがもちろん私は犯人ではないので屋敷には何の痕跡も残っていない。それに…シスターマチルダは教会の総本山のアルカディアから派遣された吸血鬼ハンターだったんです。我々に男女の関係があるなど…決してないことだったんです」
「え?教会の総本山…だと…?」
「…実はグララスで吸血鬼事件が起こる前にもこのナルキッス国内を始め世界各国で同じような事件が何件か起こっていたんです。マチルダはその吸血鬼事件の犯人が「人間ではない何か」と考えた教会の総本山からの勅をうけて犯人を追っていて、このグララスにやって来たんです。私はこの辺りの領主でしたからもちろん教会の総本山とマチルダに協力していました。犯人は娼婦や男娼をも手に掛けると聞いていましたから…まぁ趣味と仕事を兼ね備えてはいましたけれど、聞き込みを兼ねてそのあたりで遊んでいるふりをして聞き込みをしたり、孤児院に寄附をしに行くと言って様子を見に行ったり…私なりにも調査をしていたんです。そして――…」
「ちょ…ちょっと待ってください…ちょっと意味が…理解が追い付かない…。つまり伯爵…貴方はその吸血鬼ハンターであるシスターマチルダと…仲間だったってことですか?」
「その通りです」
あまりにもことに話を理解できる範疇を超えたのか、ヴィンセントはカルロ伯爵の話を遮り一旦話を整理しようと狼狽えました。ウィリアム様も呆気に取られたという表情でカルロ伯爵の方を見つめますが、伯爵はフッと悲しそうに微笑み返します。
「そのことを…ジャン神父は知らなかったのか…?」
「敵を欺くにはまずは味方からと言ったところでしょうか…?」
カルロ伯爵は手に持っていたバラを再び大きく吸いこんで溜息のように息を吐き、少し生気をなくして萎れているバラを見つめておりました。そして再び困惑されているウィリアム様とヴィンセントの方を優しく見直します。
「…陛下は先日観劇がご一緒だったこの吸血鬼事件をモデルとしたオペラを覚えていらっしゃいますか?」
「あぁ…」
「『悪魔は聖人のフリをしてすぐ近くに居る』と劇中で言っていたでしょう?」
「…どういうことだ?」
「その言葉の通りです。事実は小説よりも奇なり、とはまさにこのことでした」
「え?…っまさか?!」
「えぇ、そのまさかです。…当時、世間を騒がせていた吸血鬼事件の犯人はジャン神父だったんですよ」
「馬鹿な…吸血鬼の正体が神父だなんて…そんなことあるはずが…」
「ジャン神父の正体は当時300年の時を生きた大物の吸血鬼でした。奴は昔から常に名前と姿を変えて人間のように何食わぬ顔で人を襲いながらのうのうと生活をしていました。いつの間にか奴は…神父と言う聖職者のフリが出来るほど巨大な力を持つようになっていた。教会の総本山はずっと水面下でその吸血鬼を追い続けて始末しようとしていたそうです」
「…そんな…信じがたいこと…」
「えぇ。信じられないでしょうけど実際に起きていたんですよ。…マチルダはジャン神父をあと一歩のところまで追いつめましたが逆に吸血鬼に襲われてしまい…私もジャン神父の罠に嵌って犯人に仕立て上げられそうになりました」
「…」
「けれど我々はあの時、命からがら何とか抵抗してジャン神父を塵と化して退治したはずなんです。ですが…なぜか奴は復活してまた200年前と同じことをしようとしている」
「…お二人ともまだ信じられないと言ったお顔をされておりますね」
「当たり前でしょう。私は自分の目で見て確かめたことしか信じられないんです」
未だに眉間に皺を思いっきり寄せてヴィンセントは冷たくカルロ伯爵を思いっきり睨みつけております。
ごくっと固唾を飲んで何かを決心されたのか、ウィリアム様は一歩伯爵に近づいて落ち着いたトーンの声で話しはじめました。
「伯爵…一つお聞きしたい。もしこの話が本当だったとして…貴方は元々は人間だったのですよね…?」
「もちろん。れっきとした人間でしたよ。あの事件が起きるまでは」
「ではどうして…貴方は吸血鬼に…?」
「これを…」
カルロ伯爵はシャツの襟元を緩めて首元を露わにし、そこにある赤黒い小さな模様のような痣をスッと前に出してお二人に見せました。
「これは…」
「これは私がジャン神父を殺す時に奴に抵抗されて噛まれた時に出来た痣です。純粋の吸血鬼の体液が一定以上の量身体に入り込むとその吸血鬼の眷属になる…。私は奴に吸血鬼にされてしまったんですよ」
「…なんと…」
「ジャン神父に扮した吸血鬼を退治した後…瀕死の重傷を負った私とマチルダは教会の総本山に匿ってもらい、この200年間教会の元で秘密裏に保護されて穏やかに生きてきました」
「…教会に匿ってもらっていたのか…!どうりで記録から消されているわけだ…」
「教会の総本山の機密事項の一つですからね。貴方方の力を持っても踏み入れられないところなんですよ」
「つまり伯爵…貴方は教会の総本山の者…」
「えぇ。この200年間教会の領地を転々としてのんびりと暮らしておりました。ですが約半年前程からでしょうか―――…ある時、やけにこの痣が疼き出したんです。この200年間、この痣は疼くことも無かったのにある時を境にこの痣が熱を持ち痛くなるほど疼き始めたんです。その時私は奴が生き返ったと確信しました。教皇様に許可をいただき、今度こそ奴を完全に亡き者にするために奴を探し出す旅に出ました。そしてどうやらこのグララスの街に居ると突き止めてやって来たんです」
「…今その吸血鬼がグララスに居ると…?」
「えぇ。…あの街にはどんなに隠しても滲み出て来る血生臭い奴の匂いが充満しています。ですが上手いこと隠しているのか…なかなか実態がつかめない…。だからこんなにも被害が出てしまった…。早いところ奴を亡き者にせねばこれからもっと被害者が出てくることでしょう」
呆気に取られ過ぎて呆然とした表情でウィリアム様はカルロ伯爵のお顔を見つめております。開いたシャツのボタンを白くて長い指でスルスルと留めて服を整えながら、伯爵はクスッとウィリアム様に微笑みました。
「…貴方は…吸血鬼にされてしまった被害者とは言え、吸血鬼だ。人の血を飲むことだってあるだろう…。だから無意識のうちに人を襲っていることだってあるのでは?」
「まだ疑っていらっしゃるんですね。まぁ…無理もない話です。…不幸中の幸いとでも言うのでしょうか、私の身体の中には奴の体液量はそこまで注入されておらず…私は完全に吸血鬼にはなりえていないみたいなんです。なので実は人の血が飲みたいと思ったことはなくてこの特別なバラの香りと…時々人間からエネルギーを吸う程度で生きていけるみたいです」
「エネルギーを吸う…」
「えぇ…まぁキスしている時とか…少しばかり盛り上がった時に首筋あたりから少しばかりいただく程度でなんとかなります」
「姫様にキスとかしてないでしょうね…。一応あれでも一国のプリンセスなので…何かあった場合大問題になりますよ」
「安心してくださいヴィンセント殿。何度かシャルロット様の騎士である貴方に邪魔されてそのチャンスを失い、シャルロット様の瑞々しくて愛らしいあの唇には一切触れておりません」
「神の名にかけても?」
「吸血鬼の分際で申し上げるのも何ですが…神の名にかけてシャルロット様には一切手出しをしておりません。それに泣いて傷ついているレディの弱みに付け込むようなことはしたくないんです。フェアじゃないでしょう?」
「…」
未だにずっと神妙なお顔のウィリアム様とヴィンセントに対して伯爵は爽やかにウインクを放ちました。
お二人ともそのウインクが見えているのか、飛んできたものを避けるような態度を取ると伯爵はあははと乾いた笑いを放ち真面目なお二人の様子を微笑ましく見ている状況の様でした。
「シャルロット様はとても愛らしくて魅力的な方で興味がないと言えば嘘になりますが、私には200年前から心に決めた人が居りますから大丈夫ですよ」
「でも…マリアは貴様と熱い一夜を過ごしたと…それにイリス嬢とも一晩ベッドを共にしたと…」
「あぁ、あれは彼女たちに見せた夢です」
「夢?」
「えぇ。エネルギーを少しいただいた時に、痛みを和らげるためなんでしょうか…その人が今思っている夢を見させてあげることが出来るみたいなんです」
「どういうことだ?」
「まぁ二人ともキスはしたんですけどね、その時に私が超巨大なエネルギーをいただいた見返りに彼女達の願望を夢の中で実現させてあげたんです」
「…それが熱い一夜…」
「みたいですね。まぁ彼女達のキスはとても情熱的でなかなかのモノでした。200年前だったらきっとそのまま彼女達と本当に熱い一夜を過ごしたでしょうねぇ」
「…そうですか…。まぁその件に関しては誰とが誰と熱い一夜を過ごそうが我々には関係ないのでどうでもいいことです。それで…貴方はこんな話を我々に聞かせていったいどういうつもりなんですか?」
「先程も申しあげましたが、シャルロット様をお守りするためです」
「…どういうことだ?」
「こちらをご覧ください」
伯爵はポケットから鷲の模様が刻まれている金細工の懐中時計を取り出し、蓋を開けてウィリアム様とヴィンセントの前に差し出しました。そこには肩にかかるほどの輝く栗毛色の髪を揺らして丸いヘーゼルナッツの瞳でこちらに愛らしく微笑みかける一枚の女性の肖像画が焼き付けてありました。
「この女性は…?」
「なんですか?この女性と姫様になんの関係が…」
「私の元婚約者のルチアです。とても愛らしいでしょう?」
「元婚約者…」
「えぇ。彼女はとても気高く美しく、そして優しく真面目で少し頑固で…くるくると表情が変わる様がとても愛らしくて…。とても素敵な女性でした」
「…ルチアって…ちょっと待ってください、まさかルチアと言うのは先ほど貴方が話していた行方不明になったシスターの―――…」
「その通りです」
「…元婚約者で修道女…?」
「えぇ、私の元婚約者のシスタールチア。彼女は子爵家の令嬢でしたが…ご両親が早くに他界し、後ろ盾もなかったので修道女になろうと教会で勉強していたんです」
「貴方と婚約していたのに?」
「…潔癖な彼女は女性関係の激しい私の事が許せなかったんですよ。何度も何度も結婚しようとプロポーズしましたが彼女は首を縦に振らなかった。そして私から逃げるために修道女になる道を選んだのでしょう」
「…」
「未練がましい私は…許されるのなら彼女の傍で彼女が居るその修道院を守ろうと多額の寄附をしたり、領主とかこつけてよく修道院に通って彼女に会いに行きました。彼女をこの腕で抱けなくても…元気そうな顔を見ているだけで私は幸せだった」
「…どうしてそれを彼女がまだ俗世に居る間にしてやれなかったのですか?」
「まぁ男の性と一言で言ってもいいんでしょうけどね。でも…私にはルチアが愛おしすぎて…ガラス細工のように繊細な彼女の存在に触れるのが怖かったんです。真っ白な彼女を私が他の色に塗ってもいいのか…彼女を変えてしまうのが怖かったんですよ」
「…」
「そう言うところが似ていると思いませんか?ヴィンセント殿」
「は?」
カルロ様はヴィンセントに目掛けてウインクされると、ヴィンセントは片方の眉を思いっきり上げて「え?」と言った表情でカルロ伯爵を見返しました。フフフ…とカルロ伯爵はまた微笑み返し、手に持っている懐中時計の肖像画のルチアを愛おしそうに見つめております。
「ルチアはとても純粋で無垢で真っ白で…何も汚れていない彼女の誇り高き魂は吸血鬼にとっては極上の獲物だったのでしょう。ジャン神父の姿をしていた吸血鬼はそんなルチアを喰らうだけではなく自分の花嫁にしようとしていました」
「…」
「まさか彼女は殺されたのか…?」
「…幸い、あの時行方不明になった三名の修道女の命は助かりました。テレーズは少しの怪我程度で済みましたが、マチルダは怪我の後遺症から喋ることが不可能になり…ルチアは…事件のショックが大きかったのでしょう、保護された別の修道院で1年後に亡くなったと聞いています。どちらにしても私はルチアを守れなかった…」
「…それと姫様に何の関係が―――…」
「純粋無垢で穢れていない魂は吸血鬼にとって極上の獲物…。つまりルチアとどこか似ているシャルロット様も極上の獲物なんです」
「え…?」
「吸血鬼は何が何でも手に入れたいハズです。だから危険が及ぶ前に…何としても安全な教会の総本山で匿わなければならない」
「…」
「一応私にできる簡単な護符は付けているんですがね…時折ここにいらっしゃる騎士殿が優秀すぎて苦労しました」
「…もしかして」
「えぇ、おかげで首筋に何度も何度も付け直させてもらいましたよ。まぁ…何度もシャルロット様のあの甘くて愛らしい香りを近くで堪能できたのはよかったですが」
「…あれは…ただのちょっかい掛けていただけではなかったのですか…?」
「もちろん一人の人間としてシャルロット様はとてもチャーミングで素敵な女性です。ですが…本当よく似ていて…シャルロット様に初めてお会いしたその瞬間、失礼ながらシャルロット様にルチアの面影がちらついてしまった。お顔も髪や瞳の色や声も全然似ていないのにどこか似ている…。頑固なところとか芯が強いところとか…少し想像力が豊かなところとか…。そして何よりも美しく気高いその魂…」
「伯爵殿…」
「はじめてシャルロット様とお会いした日の晩に開催されたパーティーで再びお会いした時…もうすでにシャルロット様にはかすかに吸血鬼の匂いがした―――…。どこかでシャルロット様は吸血鬼と出会ってしまって、すでにもうその時には吸血鬼はシャルロット様を獲物として狙っていたんです」
「何だって…?」
「その日も急いでシャルロット様の首筋に護符を施しました。そして吸血鬼が現れたら必ず始末してやろうと思っていました。しかし吸血鬼は上手いこと姿を隠してしまって始末することが出来なかった。…シャルロット様がローザタニアに帰られても、吸血鬼はおそらく狙ってくるだろうと思い、私の庭で咲いている花にも護符を施し、離れていても大丈夫なようにお守りしておりました。そしてお花をお送りしたお返しのお手紙でシャルロット様がまたナルキッスに来られると知りました。…急いでシャルロット様に付けられた吸血鬼の目印を消さなければならない、そう思い昨晩パーティーに招待客として忍び込み、シャルロット様に完全な護符を付ける予定でしたが―――…」
「常に私に邪魔されたと…?」
「そう睨まないでください。…別に普通に祈りで護符を付けても良かったんですが…色々怪しまれずに簡単に護符を付けるためには仕方なかったんですよ。まぁ…少し艶っぽくした方が盛り上がるでしょう?私もあのような美しい方の美しい首筋にキスをさせていただくなど…嬉しいことじゃないですか」
「…つまり貴方は姫様を守ろうとしてくれていたんですね?」
「えぇ…」
「…ったく。回りくどいですね伯爵殿」
「だってすぐに本当のことをお伝えしても信じてもらえないでしょう?」
「えぇ、今だって本当は半信半疑です」
「あはははは…手厳しい方だ」
「…カルロ殿、貴方が本当に教会の総本山の者ならばその証明があるはずだ」
「おや、陛下ご存知でしたか」
「…私も詳しくは知らないのだが、教会の総本山の者はその証を身体に刻んでいると先代王から聞いたことがある」
「…えぇその通りです」
カルロ伯爵は懐中時計の蓋を閉めるとお二人の前にしっかりとその模様を見せてました。あ…っとウィリアム様がお声を出すとカルロ伯爵は口角を上げて微笑み、再びシャツを脱いで胸元を露わにすると心臓の近くに押されている懐中時計の金細工と同じ教会の総本山の紋章である、鷲をモチーフにした紋章の焼印の痕をお二人に見せました。
「…っ」
「信じていただけましたか?」
「…あぁ」
「…陛下とヴィンセント殿をこちらにお呼びする際、教会の総本山の使いの者がシャルロット様を保護するため向かっております。シャルロット様にはしばらくの間…教会の総本山に匿ってもらいます」
しっかりと押されている焼印をご覧になって言葉に出来ないほど驚かれているお二人を見届けると、カルロ伯爵はにっこりと微笑みサッとシャツを再び着直しながらお二人に話し出しました。お二人はパッとお顔を上げてカルロ伯爵の顔を真っ直ぐに見つめます。
「教会の総本山に…?」
「えぇ。さすがに吸血鬼も聖地教会の総本山には近寄れないハズです。あの浄化された空気は穢れた吸血鬼には毒ですから…」
「…」
「もうすぐきっと無事に保護したと教会の総本山の使いの者より連絡が来るはずです。極力、人に知られずに隠密に動きたかったので…陛下にも事後報告になってしまったことをお許しください」
「…教会の総本山の教皇殿のご意志か」
「えぇ。全ては教皇様のご指示です…」
「そうか…」
にっこりと微笑みながらカルロ伯爵はそう答えると、ウィリアム様とヴィンセントにお茶を促しました。冷めてしまったので新しく入れ直してもらいましょうかと伯爵は言いましたが、ウィリアム様はスッとソファーに座り細やかな装飾が施されたティーカップを手に持つとスッと一口紅茶を口に含まれました。
「冷めても美味しいんだな」
「…えぇ。どんな時でも美味しく飲めるのが私のブレンドティーの特徴です」
ウィリアム様の隣にヴィンセントは無言でスッと腰掛け、同じく紅茶を一口飲みました。そして少し間を置いて、悪くない…と言うような顔をしてもう一口グイッと紅茶を飲み干しました。カルロ伯爵はそんな様子を温かく見守るように微笑まれました。
ふとウィリアム様が顔を上げて窓の外の方に視線を送りました。いつの間にか雨は止んでおり、薄らと霧が辺りを包み込むかのように覆っておりました。灰色の雲の下、鬱蒼とした天気のせいなのかどこか息苦しい空気にウィリアム様は眉を少しひそめて流れる雲を見つめているのでした。




