第4章 Jardin secret ~秘密の花園~ 第二十一話
「お兄様っ!」
「シャルロットっ!!」
ウィリアム様とヴィンセント、そして後を追ってきたワトソン署長が会談室を出てマリアに馬車を止めているお城の裏の方へと案内されようとしている時です。マリー皇后との孤児院の慰問を終えられたシャルロット様が青ざめたお顔で、駆け足でウィリアム様の胸に飛び込んできました。
「お兄様…っ!!今からグララスへ行かれるって…本当っ!?」
「あぁ…」
「お願い…私も一緒に連れて行って!!」
「シャル?」
ヴィンセントがワトソン署長に外す様に目線をチラッと送って促すと、すぐに反応されたワトソン署長は一礼をして足早に先にお城の裏につながる廊下を渡っていきました。シャルロット様は全く周りが見えていない様子の様で、ワトソン署長が居たことも気を利かして席を外されたことも気が付かずにウィリアム様の方を一心に見つめております。
「カルロ様が…グララスで起きている吸血鬼事件の犯人だって疑われているって…!そんなの絶対ありえないわっ!大切な友人が犯人として疑われているのに…こんなところでじっとしていられないわ…助けに行かないと…っ!!」
ウィリアム様の腕を縋るように掴んでシャルロット様は必死の様子でお願いをされております。しかしウィリアム様は一瞬戸惑って何も言えない様子を見せましたが、すぐにシャルロット様の手をそっと取り優しく微笑むとポンポンっと頭を撫でました。
「お前のその気持ちは私が預かって行こう」
「お兄様…!」
「シャル…お前を連れて言ってやりたい気持ちはもちろんある。だがしかし…カルロ伯爵が犯人ではないとしたら近くに犯人が居るかも知れない。そんな危ない所にお前を連れていけないよ」
「…お兄様…」
「大丈夫、まだカルロ伯爵が犯人だと決まったわけではない…ただ事情聴取されているだけだ。我々も事件解決の協力の為にグララスへ向かうだけだ」
「…本当?」
「あぁ。だからお前はここでしっかり私の代わりに公務を行ってくれ。そして私たちが帰ってきたら飛びきりの愛らしい笑顔で迎えてくれないか、シャル…」
「お兄様…」
「約束できるか?」
「分かったわ…。お兄様の代わりになるか分からないけれど…頑張るわ。お兄様も…お気をつけて行ってらして…」
「あぁ…」
「もしカルロ様が犯人じゃないのなら…そのお力添えになって差し上げて?」
「もちろんだ」
「お兄様…お願いよ…?」
ウィリアム様は優しくシャルロット様を見つめてその頬にそっと手をやり、微笑まれました。
不安そうにウィリアム様のお顔を見つめ返していたシャルロット様はその優しい微笑みに胸を打たれたのか、険しかったお顔が少しほぐれてきました。
シャルロット様は甘えるようにウィリアム様の胸にキュッとお顔を埋めました。ウィリアム様もそんなシャルロット様を優しくそして力強く抱きしめられます。
「あぁ…じゃあ行ってくるよ。シャル…。姫君からのご加護を私たちにくれないか?」
「…お気をつけて行ってきて…」
シャルロット様はウィリアム様の頬に優しく唇を付けられました。ウィリアム様はニコッと微笑まれ嬉しいよ、一言おっしゃられるとお返しにシャルロット様の頬にもキスを返されました。そしてシャルロット様はウィリアム様の後ろに控えていたヴィンセントの前にもゆっくりとした足取りでやって来ると、少し背伸びをして胸に手をつきヴィンセントの頬にもキスをされました。
「ヴィーも…気を付けて行ってきてね…」
「…ありがとうございます、姫様…」
ヴィンセントはスッと何事も無かったかのようにお辞儀をすると、そのままウィリアム様に目配せして行きましょうと促します。
「じゃあ…」
一言そう仰ってウィリアム様はマリアの案内でヴィンセントを伴って歩いて行かれました。
遠くなっていく後姿を見えなくなるまでシャルロット様は心配そうなお顔でずっと見つめておりました。
「シャルロット様…そろそろランチ会談のお時間です…」
「…分かったわ」
少し離れたところで控えていたセシルはススス…とシャルロット様の近くに寄ってきて小さい声でシャルロット様にお伝えすると、シャルロット様は一度目を瞑り、ふぅ…と一息大きく深呼吸をされると頷かれて直ぐに踵を返されました。少しキリっとした表情でシャルロット様はセシルを伴ってランチ会談が行われるお城の本館の方へと戻って行かれたのでした。
・・・・・・・・
「…ホント相変わらず甘いですよねぇ」
「そうか?」
「胸焼けするくらい甘々の超撃甘ですよ」
少しスピードの速い馬車に揺られながら、真っ直ぐに前を見据えて座っていらっしゃるウィリアム様の前で思いっきり脚を組んでさらに腕まで組んだ様子でヴィンセントは呆れたようにふぅ…と大きな息を鼻から吐きだしました。
「ん?あんな捨てられた子犬みたいな顔見せられたら仕方ないだろう?」
「…ったく貴方方兄妹は仕方ないですね」
「押してダメなら引いてみろ、だよ。お前はいつもグイグイ押すから引くことを知らないシャルと衝突するんだよ」
「…お互い似たもの同志なんでね」
「分かっているクセに、お前はシャルのことになるとクールじゃなくなるよな」
「…姫様には私のペースを崩されっぱなしで困ったもんです」
「まぁお前にはいつも世話になっているよ」
「…ったく。何度も申しあげますが私は国王補佐長官兼執務官長で貴方方ご兄妹の世話係ではありませんので…」
「まぁ似たようなもんだろ?」
「…」
いつものようにジロッと冷たい視線をウィリアム様に投げかけるとヴィンセントは再び溜息をついて窓の外に視線をやりました。
ダークブラウンのシックなローザタニアの馬車はお城の裏口からこっそりと出て、窓の外の風景は深くて広大な森を通り抜けております。深い緑色をした木々が流れていくのをぼんやりと見つめていたヴィンセントはボソッと独り言のように話しはじめました。
「…グララスにあるカルロ伯爵の屋敷の森もなかなかの広さでしたね」
「そうだな。そう言えばあの男と初めて会った時にうっかりシャルがあの森に迷い込んでしまったな」
「迷路みたいな森だとおっしゃっておりましたね」
「あぁ。入ったら右も左も分からなくなるくらいの感覚に襲われたよ。…犯人は何故そんな森の中に遺体を隠さなかったのだろうか。そちらの方が見つかりにくいと思うんだがな」
「さぁ…犯人の考えなんて分かりませんよ。ですがわざわざそんなところに遺体を置くということは隠そうとする気持ちはなかったのかカルロ伯爵に罪をなすりつけようとしているのか…ですかね」
「…犯人はカルロ伯爵ではないと…?」
「それは分かりません。今のはあくまで推測です」
「まぁ犯人を暴くのは警察の仕事であって我々の役目ではないな…」
「えぇ。…陛下、こちらをご覧ください」
「なんだ?」
ヴィンセントはスッとウィリアム様の前にどこからか取り出した数枚のまとめられた資料を差しだしました。
「なんだ?これは」
「セバスチャンにお願いして調べてもらったカルロ伯爵に関する資料です」
「…セバスチャンに?」
「えぇ」
貰った資料をぱらぱらとめくっていると、ウィリアム様の手が止まり顔が強張り出しました。そして資料をさらに読み込みだします。
「モンテフェルロト家は…200年前に当時の当主が行方不明になり断絶している…?これはいったい…どういうことだ?」
「…2000以上ある現在のナルキッスの貴族の名簿を虱潰しに調べたそうですがその中にはモンテフェルロト家は含まれておりませんでした。そこで過去の名簿を遡ってみましたところ…200年前にそのような記述があったとのことです」
「ではあの男は…モンテフェルロト家の名前を名乗っている成りすましか?」
「その可能性もございます。陛下、その行方不明となった当時のモンテフェルロト家の当主の名前はカルロ・ジャン・モンテフェルロトとあります」
「同じ名前…?」
「えぇ…。もう少し詳しく調べてみようと思ったんですが…当時の資料をどれだけ探してもこれ以上詳しく書いてある資料が無くて…今分かっているのはここまでだそうです」
「以前200年前にグララスで行方不明になった吸血鬼事件に関わりがあるかも知れない貴族とはもしかして…カルロ伯爵の事か?」
「分かりません。ですがこの資料と照らし合わせると…そうである可能性が高いのではないかと」
「…何だか一気にきな臭くなって来たな。しかしマリアはあの男がナルキッスの貴族の証である水仙の模様入りの懐中時計を見せてもらったと言っていたぞ?」
「そんなものなんとでも偽造できますし、蚤の市などで入手したかも知れません」
「…そう言う可能性もありえるな」
「あの男が何者なのか、そしてこの事件の犯人なのか…」
「しかし我々と話がしたいとは…あの男は何を求めているのだろうか」
「さぁ…さっぱり分かりません。まるで霞のように読めない男です」
「そうだな…。ん?これは…吸血鬼事件の資料か?」
ウィリアム様が資料をさらに捲り続けていくと、数枚に及ぶまた別の資料が出てきました。それを読んでいるウィリアム様の表情がだんだんと曇りつつあります。
「…200年前の吸血鬼事件もたくさんの犠牲者が出たんだな。警察が把握しているだけで、1年で10人ほど…か」
「他にも行方不明となった方もおりますしね。そのとある伯爵が行方不明となった事件では、当時の教会の神父も行方不明となっております」
「修道院のシスターもその前に被害に遭っているな…分かっているだけで三名…か」
「被害は主に若い女性、その次に身寄りのない子供…か。皆首から血を抜き取られたことによる出血死とショック死か…なんとも惨たらしい」
「今回の事件も全く同じ手口ですね」
「模倣犯の仕業…なのか?」
「分かりません…。陛下、我々にできることは重要参考人であるカルロ伯爵の話を聞くという捜査の協力のみです」
「あぁ…いったい彼は私たちに何を望んでいるんだろうか…。彼の真意が全く分からないな」
お二人を乗せた馬車は、森を通り抜けて華やかな城下街も素早く通り抜け、街の外へ向かう門を通り抜けました。後ろの方から聞こえていた市街の賑わう声がだんだんと遠くなっていきます。
2台ほど行商の馬車と小さい馬車とすれ違っただけで、馬車はまたしても緑広がる広大な人通りの無い静かな森の傍を駆け抜けて、グララスへと急いで向かって行くのでした―――…。
・・・・・・・・
森を走りぬけること約1時間、ウィリアム様とヴィンセントを乗せた馬車はグララスの町へと到着いたしました。先に向かっていたワトソン署長の乗っていた馬車に先導され、お二人は街の中心からだいぶ人里離れたところにあるカルロ伯爵の屋敷に到着しました。
屋敷の周りに植えられているたくさんのバラの香りが辺りを漂い、その香りを嗅いだヴィンセントは顔をしかめてその甘ったるい香りに嫌悪感を示しておりました。
まだ雨が降りしきる中、薄らとどこからともなく霧が出始めてどこか異様な雰囲気に辺りは包まれております。
「ウィリアム陛下、遠い所を御足労いただき誠にありがとうございます」
「いや、大したことはない。さぁ、行こうか」
「は…」
ウィリアム様が馬車から降りられると、警備をしていたグララスの警察官たちが入口の車止めに一列に並んでお出迎えのご挨拶を揃えました。その間をウィリアム様とヴィンセントは通り抜け、ワトソン署長に案内されてカルロ伯爵の屋敷の中へと入って行きます。
古めかしい薄暗い廊下を通り抜け、どんどんと屋敷の奥へと案内されて進んでいきます。一番奥にある繊細な模様が施された扉の前でワトソン署長は足を止めると、少し緊張しているのか冷や汗をかきながらウィリアム様の方に振り返りました。
「陛下…こちらの部屋にカルロ伯爵がおります」
ワトソン署長はコンコンコン…と素早くドアをノックし、素早く扉を開きました。するとその中にはふかふかの絨毯が一面に敷かれ、さらに豪華な装飾の施された金細工に縁どられた大きな窓や、真っ赤なバラが飾ってある大きな暖炉、そして部屋の真ん中には深い緑のビロード調の生地のクッションが引かれたソファーとそれに合わせた深めの色合いの木目調のティーテーブルが置かれ、古めかしい廊下とは打って変って豪華な作りの応接間が広がっておりました。
そして奥には、窓に手をつき外を眺めているカルロ伯爵がおり、お三方が部屋に入ってくるのに気付かれるとにっこりと微笑んで迎え入れました。
「これはこれはウィリアム陛下…遠路はるばるご足労いただき誠にありがとうございます」
「陛下を呼び出すなんて…良い御身分ですね、カルロ伯爵…」
「ヴィンセント殿もお越しいただきましてありがとうございます。どうしてもお二人にお会いしたかったんです」
「…出来れば美女に耳元で囁かれたい言葉ですね」
「あはははは…まぁそう仰らずに。さて署長殿、少し席を外していただけませんか?」
乾いた笑いでカルロ伯爵はヴィンセントの一言を一蹴すると、後ろに控えていたワトソン署長をチラッと見てまたまたニッコリと微笑みながら優しい口調で話しかけました。
「…伯爵殿それは致しかねますが―――…」
「…署長殿、少し…」
ワトソン署長がカルロ伯爵の言葉に反発して出てこようとしましたが、ウィリアム様はスッと手を出してそれを遮ってワトソン署長に席を外す様に促します。
さすがにワトソン署長もウィリアム様には逆らえるはずもないので、仕方ありませんなぁっ!と捨て台詞を吐き苦虫を潰したような顔をして部屋を出て行かれました。
ワトソン署長の足音が遠くなって完全に聞こえなくなったのを確認すると、カルロ伯爵は再びウィリアム様とヴィンセントの方に妖しい笑みを口元に浮かべて向き直りました。
「さてカルロ伯爵…。我々がここに来ることが事情聴取に応じる条件…でしたよね?」
「正確にはお話をすること…ですかね、ヴィンセント殿」
「…どちらでもいいですよそんなの。何の話があるというのですか?まぁちょっと私も伯爵、貴方にお聞きしたいこともあったのでちょうど良い機会ですが」
眉間に深い皺を寄せて睨みつけるかのようにヴィンセントは伯爵に敵意を隠さずに矢継ぎ早に申し立てます。伯爵はフフフ…と少し笑うと暖炉の上に飾ってある赤いバラを一輪花瓶から抜き取り、顔の近くに持ってくるとその甘い香りをスゥ…っと大きく息を吸いながら嗅ぎました。ふぅ…っと大きく息を吐いて満足げなお顔をされると、少し赤く高揚した頬でウィリアム様を見つめ妖しく微笑みます。
「おやそうですか…。気が合いますね」
「合いたくないですね」
「あははは…まぁそう睨まないでください。せっかくのいい男が台無しですよ」
「…御託はいらないんですよ。さっさと本題に入ってもらえませんか?我々は早くローザタニアに帰りたいんですよ」
「…えぇ、それがいい。危ないことに巻き込まれる前に早くご帰還いただくのが一番です」
「仰っていることとされていることが矛盾されておりますよ、伯爵殿」
「そうですね。でも…貴方方とは少しちゃんとお話ししておきたかったんです」
「…じゃあさっさと本題に入ってください」
「その前に…せっかくですしお茶でもいかがですか?」
伯爵がそう言い終わるやいなや、お茶のセットがされたワゴンを引いてきた栗毛色の少年がいつの間にか部屋の中に入ってきておりました。そして慣れていないのか緊張しているのか、おぼつかない手つきでお茶をセッティングしております。
「…甘い香りがする…」
フワッと湯気と共にお茶の香りが部屋に広がりました。ウィリアム様は鼻腔をくすぐる紅茶の、今まで嗅いだことの無い甘い香りに気が付かれたのかふと独り言のようにポソッと呟かれると、カルロ伯爵は嬉しそうにウィリアム様ににこやかに微笑まれました。
「おや陛下、気付いていただいて何よりです。こちらは私のオリジナルブレンドティーで、朝摘みのダージリンにこの庭のバラの花をブレンドしているんです」
「バラの…」
「えぇ…こちらのSainte Vierge…またの名をSanglant Roseと言うバラです」
伯爵は手に持っているバラを二人に見せるように差し出しました。ヴィンセントはジッとバラの花を見つめておりましたが、そのままスーッと視線を上に持って行きカルロ伯爵のお顔を鋭い目つきのまま見つめております。
「…この香りは伯爵殿、貴方の香水の香りと似ておりますね」
「えぇ、私の香水にもこの花の成分を混ぜております。爽やかなのにどこか重厚で官能的で…とても良い香りでしょう?」
「えぇ、実に官能的な香りですね。そりゃあこのバラの香りには少し麻薬の成分に似た催淫効果がある…と言うデータが出ておりますからねぇ」
「おや…ご存知でしたか」
「以前ウチの姫様がここの森に迷い込んだ際、頭にくっ付けていた葉っぱと貴方の手に持っているそのバラの葉っぱ、同じですよね。珍しい形をしているからちょっと調べてもらったんですけどね。なるほど、この香りでたくさんの女性を誑かしてきたんですか?」
「香りはあくまでもオプションにしかすぎません。女性を口説くには…美貌、知性と教養、そして品と…まずは己を磨くことが一番でしょう?」
「…まぁそうですね。ですが…ウチの雛鳥にはまだ刺激が強すぎると思うのでこれ以上近づかないでいただけますかね」
「…おや」
「姫様の首筋のキスマーク…付けたの貴方でしょ、伯爵」
「!」
「私がお付けしたという明確な証拠は?…昨晩シャルロット様に愛をぶつけたのは貴方ではありませんか?ヴィンセント殿」
「!?」
カルロ伯爵とヴィンセントのいきなりの発言にウィリアム様は声も出ないような悲鳴をあげて目を真ん丸にして驚かれ、まずはカルロ伯爵のお顔を、そしてその次はヴィンセントの顔を交互に見ております。しかしそんなウィリアム様を無視して、カルロ伯爵とヴィンセントは静かな火花を散らすかのように見つめ合っております。
「生憎、私は女性にキスマークを付けて喜ぶような幼稚な趣味はないんです」
「あはは…そうでしたか」
「えぇ。まぁ姫様必死で隠そうとされててなんか面白かったですけどね。珍しく太目のチョーカーなんてされているし。それに…指輪なんかも渡しているなんて気が早いですね」
「もうご存知でしたか」
「姫様の変化の気付くのが私の仕事です」
「立派な臣下ですね」
「…姫様の教育係ではないんですけどね、何故か皆私に姫様のこと聞いて来たり言ってきたりするから仕方なしですよ」
「あんなにもシャルロット様のことを一番に気に掛けていらっしゃるんですから当然でしょう」
「めんどくさい仕事ですよ本当に」
「でも嫌いじゃないのでしょう?」
「…まぁ嫌いじゃないけれどそんなこと貴方には関係ないです」
「あははは…やはり手厳しい方だ」
「…って話がだいぶ逸れました。伯爵殿、貴方の目的はいったい何ですか?もし貴方が危険な人物だと分かったらこれ以上ウチの姫様に近づくのを止めていただかなくてはならない」
「…単刀直入に申し上げますと、私はシャルロット様が欲しい」
「…っ!」
ウィリアム様とヴィンセントは息を飲んで凄むような形でカルロ伯爵を見つめます。少し狼狽しているお二人の様子を見て、カルロ伯爵はフフフ…と微笑まれ手に持っていたバラの香りを再び嗅ぎはじめました。
「シャルロット様の無垢な美しさ…そして穢れなき気高い魂…。そんなシャルロット様を…傍に置いて一番近くでお守りしたい…」
「…伯爵、貴方はいったい何を…」
「シャルロット様のような気高く高貴なエネルギーは…きっと吸血鬼にとって極上の獲物となるでしょう。何としてでもお守りしなければならない」
「…吸血鬼は貴方じゃないのか、伯爵殿…」
伯爵はふぅ…と一つ息を吐くと、ジッとお二人を金色に光るアッシュグレーの瞳で見つめ返します。
ヴィンセントは冷静に努めようとしておりましたが苛立っているのか鋭い刃物のような瞳でカルロ伯爵を睨みつけ、そしていつでも攻撃できるように剣の鞘に手を当てて間合いを確かめます。ウィリアム様も同じくいつでも動けるように少し腰を落として身構えだしました。
伯爵はお二人を微笑みながらじっと見つめております。その態度にイラっと来たのか痺れを切らしたヴィンセントが何か言いだそうとしたところ、ウィリアム様は腕を出してヴィンセントを遮り少し前に出てカルロ伯爵と対峙しました。
「…カルロ伯爵…貴方はいったい何者なんだ…?」
「…」
「『カルロ・ジャン・モンテフェルロト』…200年前にグララスに実在した、行方不明となった伯爵と同じ名前を名乗る貴方は…一体誰なんだ?」
「おや…」
「200年前にも起こった謎の吸血鬼事件…そして今もグララスで起こっている吸血鬼事件…。当時犯人として疑われ行方不明になった伯爵の名を語る人物がいる…。偶然とは思えない」
「もうそこまで調べていらっしゃるんですね」
「貴方はいったい誰なんだ…?吸血鬼なのか…?それとも人間で…『カルロ・ジャン・モンテフェルロト』の名を語る詐欺師…殺人犯…?」
ジッとお二人を見ているカルロ伯爵はフフフ…と口元に笑みを浮かべだして微笑むと手に持っているバラをまた自分の口元に近づけて今度は大きく息を吸い込みました。するとキラキラとした光がバラの花から飛び出してきて伯爵の口元に集まったかと思うと、先ほどまで赤々と咲き誇っていたバラがみるみると萎れて枯れて行き、どす黒い色へと変化していきました。
「…っ!」
「これは…いったい…」
「貴方方のご想像通りですよ」
「…」
「今私は…このバラの花のエネルギーをいただいたんです。吸血鬼はバラの花の香りを嗅いでエネルギーを補給できるんですよ」
「…吸…血鬼…」
カルロ伯爵は枯れて黒くなってしまったバラをグシャッと手で潰しました。そしてアッシュグレーだった瞳がゆっくりと金色に光りだすと真っ直ぐにウィリアム様とヴィンセントに向けて妖しくにっこりと微笑みました。
「私の名前はカルロ・ジャン・モンテフェルロト。200年前グララスの地で起きた吸血鬼事件の犯人として疑われた後行方不明となった伯爵こそがこの私です―――…」
「やはり貴方は…200年前行方不明になったカルロ・ジャン・モンテフェルロト伯爵本人…」
「えぇ…」
「そして…吸血鬼…」
想定してであろう答えであったとしてもやはり驚いて少し後退りしたウィリアム様をご覧になって、カルロ伯爵はハハハ…と乾いた笑いとともに一歩一歩お二人の方へとゆっくりと近づいてきました。
「どうされましたか?思っていた通りの答えだったのではないのですか、陛下…」
「…」
「少しだけ昔の話をしましょうか…」
「は?」
「少しだけ聞いてはいただけませんか?そう長くはなりませんので」
「…いいだろう」
「ありがとうございます。…ではそうですね…今から遡ること200年前のことになります―――…。当時も今と変わらずグララスはとても鄙びた長閑な地域で…大きな事件も無く平和な街でした。ですがある事件を境にその平和は崩れ去ってしまったんです―――…」




