第4章 Jardin secret ~秘密の花園~ 第十二話
「さすが首都のオペラハウスね!豪華絢爛だわ…」
さて、少し時間が戻りまして薄い水色の空が徐々オレンジの空に色を変えていき少し紫色の空が見え始めた頃です。
グララスから馬車で2、3時間ほどのだいぶ離れたナルキッス王国の華やかな首都、ビストリツァでは眩いばかりに着飾った人々が白い大理石で作られた5階建ての大きなお城を模した立派なオペラハウスへと向かいながら挨拶や他愛もない談笑をしております。
馬車の中からシャルロット様はぼんやりとつき始めたオレンジ色の街燈に照らし出されるビストリツァの街並みを見ながらひとしきり感心しております。
「姫様、あまりキョロキョロなされないでください。外から見えますよ」
「分かっているわよ!でも夕焼けと白亜の街並みのコントラストがとても綺麗で…」
「仰っていることは分かりますがね。ちょっと恥ずかしいんでやめてください。窓から顔を出すならせめてお手振りにしてください。ほら、街の人たちが姫様に歓声を上げてますよ」
「分かってるってば!」
同乗しているヴィンセントに促されてシャルロット様は馬車の中からビストリツァの街の人々へ口元に高貴な笑みを携えて手を振ります。それを見た街の人たちは歓喜の声をあげてさらに激しく手を振ったり、シャルロット様やウィリアム様の名前を呼んでおりました。
「さぁもうすぐ着きますよ。準備は大丈夫ですか?」
「あ、待って…靴が…」
「…ちょっと失礼しますよ」
窮屈だったのかドレスの裾でこっそり脱いでいた靴を履きなおそうとシャルロット様が足元をゴソゴソとしてもたついていると、対面で座っているヴィンセントが呆れながら屈みこんでシャルロット様の足と脱いでいた靴を取りそっと履かせました。
「…ありがとう」
「いいえ。全く…相変わらず手のかかる方ですね貴女は」
「履かせてなんて頼んでないわ」
「…そうですか?履かせて欲しそうなお顔をされていましたけど?」
「そ…っそんなことないわ!ちゃんと一人で履けるものっ!!」
「ふーん…」
「まぁまぁ二人とも。馬車が着いたぞ。さぁ降りよう」
いつも通り言い合いのケンカになりそうな二人をなだめるとウィリアム様はマントをサッと翻して馬車を颯爽と降りました。そして次にシャルロット様の手を引いてタラップを降ろし、サッと腕を取らせてエスコートします。
正装である白い軍服姿の精悍なウィリアム様、そして深いロイヤルブルーのドレスにデコルテラインにレースと細かいパールの装飾をあしらわれたドレス姿の艶やかなシャルロット様が馬車から降り立ちました。その場にいた人々はお二人のうっとりするほど美しいお姿を見て溜息が出るほど見とれておりました。
「さぁ…入ろうか」
「えぇお兄様」
ドアボーイがゆっくりとオペラハウスのドアを開くと、大きなエントランスにはクリスタルを散りばめた大きなシャンデリアが天井に3つ並んで眩いほどの光を降り注ぎます。そして丁寧に磨き上げられた白い大理石の上にはふかふかの赤い絨毯が敷かれており、その上をお二人はゆっくりと歩いておりました。
「ウィリアムお兄様~!シャルロットちゃ~ん!」
「フランツ…っ!皇太子殿下!」
そこへ、オペラハウスの雰囲気とはまるで似合わない、ゴールドの刺繍とキラキラ光るビジューがふんだんに施されたド派手なジャケットに同じくこれでもかというほどにジャケットと同じくゴールドの刺繍とキラキラ光るビジューがふんだんに施されたかぼちゃパンツ、白いタイツにゴールドにこれまたキラキラ光り輝くビジューが貼られた靴を履いたフランツがスキップをしながら二人の前に現れました。
「今日も相変わらず綺麗だね!まるで女神の様に輝いているよっ!!」
「そんな…畏れ多いですわ。そう言う皇太子殿下こそ…今日も…派手に輝いていらっしゃいますわね」
「えへへ~!ゴールドって僕の美しさを引き立たせるよねっ!だからついゴールドの服を選んじゃうんだぁ~っ!!」
悪趣味、ポソッと後ろに控えていたヴィンセントが呟きましたが、多くの人が行き交うエントランスではその声も雑踏に消えてしまいます。しかしウィリアム様のみ聞こえていらっしゃったのか、ヴィンセントっ!とたしなめます。
「フォッフォッフォッ…やぁやぁ、今日も遠路はるばるよく来てくれたねぇ」
「ジョージ国王陛下、マリー皇后陛下!この度は我々兄妹をお招きいただきましてありがとうございます」
「うん、今日は存分に楽しもうじゃないか」
フランツの後を追って同じく全身金ぴかでコーディネイトされた装いのジョージ国王陛下とマリー皇后陛下が現れました。スッとウィリアム様とシャルロット様は文字通りきんきらに輝くお辞儀をしてご挨拶をされました。
「もう間もなく開演だねぇ。さぁ我々もそろそろ着席しようか」
「はい」
「二人は…隣のボックスだったね。じゃあまた後で」
「はい、陛下」
ジョージ陛下とマリー皇后は腕を組んでスッと劇場の中へと入って行きました。名残惜しそうに手をブンブン振り、フランツ王子もマリアに引きづられて行きました。その場でスッとお辞儀をしてジョージ陛下たちを先に見送るとウィリアム様はついぽそっと隣に居るシャルロット様に呟かれました。
「…相変わらず派手だな」
「えぇ…そうね…」
「リアルに趣味悪いですよね」
「ヴィンセント、ここナルキッス王国だからな。口には気を付けろよ」
「…失礼いたしました。さぁお二人も中へ入りましょう」
開演5分前のベルが鳴り、人々に着席を促しだします。ウィリアム様はスッと腕をシャルロット様に差しだし、お二人はまた赤い絨毯の上をゆっくりと歩き出し劇場の中へと入って行かれました。
・・・・・・・・
「今日の演目は…『失楽園』なのね。素直になれない若い男女の仲を悪魔がちょっかい出して…そして破滅の道へと導く物語ね」
「セザール・カーターの新作だな。作曲家はトミー・ジョーン…叔父上だな」
まだ会場がざわつく開演前にウィリアム様とシャルロット様はオペラ座の2階にあるVIP専用のロイヤルボックスの席に通され着席されました。シャルロット様は手元にあるプログラムを手に取り、パラパラと捲られてウィリアム様と一緒に今日の演目を確認しております。
「あら、そのペンネーム知らないわ。そう言えばドミニク叔父様お元気かしら?」
「怪我もだいぶ良くなってきた、とボリスから連絡があったよ」
「そう…ならよかったわ」
「また近いうちにお見舞いがてらお顔でも見に行こう」
「そうね。あ、オーケストラのウォーミングアップが終わったわ」
「そろそろだな」
シャルロット様からウィリアム様はプログラムを預かり代わりにオペラグラスを手渡します。オーケストラの練習が終わり静かになって来た会場からは人々の話し声も段々と小さくなっていき明かりも落とされ始めました。
シャルロット様がオペラグラスを手に取りフッと客席に目をやると1階上手側のボックス席にちょうど座ろうとしているカルロ伯爵の姿が目に入りました。
伯爵は視線を感じたのか辺りをキョロキョロと見渡し、ふと視線を上にやってVIP席の方を見つめました。そしてこちらを見ていたシャルロット様を見つけるとニコッと微笑まれます。ちょうどその瞬間、会場の灯りが全て落とされて辺りは真っ暗になり舞台を照らす灯りのみが付いている程度の薄暗さになり、シャルロット様はもうそれ以上カルロ伯爵のお顔を見ることは出来ませんでした。
そして開演を告げるベルが大きく鳴り響き、幕が上がりオペラが始まりました。
オペラグラス越しに伯爵に優しく微笑まれて少しドキッとしたシャルロット様は歌い出しのアリアと共にドキドキと高鳴っていく胸にしばらく手を当ていたのでした。
・・・・・・・・
「シャルロット様!」
3時間に及ぶオペラが終わり人々が会場をあとにし始め、一行が貴賓室へと移動されている時にシャルロット様は名前を呼ばれて呼び止められて振り返りました。そこにはたくさんのビジューの細かな黒地の燕尾服にマントを手に持った姿のカルロ伯爵がにこやかに手を上げて寄ってこられました。
「カルロ様!」
「伯爵も来られていたのですね」
「陛下!えぇ…作曲家トミー・ジョーンの楽曲のファンですので彼の作曲したオペラはよく観に行くんです」
「そうですか」
「えぇ…まさか陛下とシャルロット様も来られていたとは思ってもおりませんでした」
「先日急にジョージ国王陛下に誘われたんですよ」
「おや!そうだったんですね。…もうローザタニアにお帰りですか?」
「いえ。2、3日程こちらに滞在しております」
「そう…ですか」
「あ…ちょっと失礼します」
ウィリアム様とカルロ伯爵が和やかに話しこんでおりましたところ、ウィリアム様はジョージ陛下に呼ばれて話を中断して申し訳なさそうにまだ人々が行き交いザワザワとした雰囲気の間を縫って歩いて行きその場を中座いたしました。
すっとウィリアム様にお辞儀をしたあと、シャルロット様の方に向き直りお二人はしばらく言葉もなく見つめ合っておりましたがふとカルロ伯爵はにっこりと微笑んで少しシャルロット様に近づきました。
「…今日は何だか先日のパーティーの時とはまた違った雰囲気で…レディーの雰囲気で魅力的ですね。まるで美の女神の様だ…」
「まぁ…褒めていただいても何もないわよ?」
「真実を述べたまでです。シャルロット様の清楚な美しさをその深いロイヤルブルーのドレスが引き立てていて…とてもお似合いです」
「ありがとうカルロ様。カルロ様も今日はとてもシックで素敵よ」
「お褒めに預かり光栄です」
二人はにこやかにほほ笑み合いながら、とりとめのない会話をされておりました。しかしふと言葉が途切れた瞬間、ふとシャルロット様はカルロ伯爵の顔を少し見つめられておりましたがまたフワッと微笑みカルロ伯爵に話しかけました。
「先日は綺麗なお花をありがとう。とても嬉しかったわ」
「こちらこそ…ご丁寧にお礼のお手紙を頂戴して恐縮です」
「まだあのお花とても立派に咲いてくれているのよ。おかげで私のお部屋中あの甘いバラの香りが広がっていてとてもいい香りがするの」
「お気に召していただいて何よりです。きっとシャルロット様に似合いの香りだと思い僭越ながらお送りさせていただきました」
「あのお花を見ているとカルロ様のこと考えちゃうの。お元気でいらっしゃるのかしらとか、今何していらっしゃるのかしらとか」
「離れていても私の事を思ってくださっているなんて…何たる幸せでしょう!」
「まぁ…!」
「これ以上の悦びはきっとないでしょう…」
「…っ!」
カルロ伯爵はシャルロット様の手を取り愛おしそうにそっと優しく口づけをされると、シャルロット様はお顔を真っ赤にされて何も言えなくなってしまいました。その様子をご覧になって、カルロ伯爵は少し驚かれてシャルロット様のお顔を覗きこまれました。
「おや…?どうされましたか?」
「あ…ごめんなさい…っ!何だか急に…胸がドキドキしちゃったの…っ!やだ…何だか顔が熱いわ…」
「…もしかしてシャルロット様…」
「ご…ごめんなさいっ!上手い返しも出来なくてっ!こんなんじゃ私ダメよね…ッ!!」
「いえ…お気になさらず…。少し外の風に当りに行きませんか?そうすればきっとそのお顔の火照りも治まるかと」
「えぇそうね…少し外の空気を吸いたいわ」
カルロ伯爵はまだまだお顔を真っ赤にしているシャルロット様の手を引いて、ザワザワと人がごった返す劇場の中を縫うようにスッとテラスの方へとエスコートされていきました。
・・・・・・・・
「ご気分はいかがですか?」
カルロ伯爵に先導されてシャルロット様は人気のないテラスへと連れて来られ、ふかふかのソファーにお二人並んで座っておりました。
「えぇ…だいぶマシになって来たわ」
「それはよかった…」
「ご迷惑をおかけして…ごめんなさい」
「迷惑だなんて思っておりませんよ。むしろ貴女と静かな場所でこうやって二人っきりでいられて嬉しいです」
「…!」
また再びシャルロット様のお顔が真っ赤になりって言葉が詰まってしまいました。ポツンポツンと離れて置かれている街燈のほのかな明かりのみの薄暗いテラスではありましたがそんな状態になってしまっているシャルロット様を間近でカルロ伯爵はご覧になって、小さくフッと笑われました。
「失礼…。いや…本当に貴女は…純真無垢でとても可愛らしい方ですね」
「え…っ!何っ!?」
「なんでもありません…。それよりも先程陛下も仰っておりましたが2、3日程ナルキッスに滞在されるのですね」
「え…えぇそうなの。本当のメインは明後日のフランツの誕生パーティー出席のためなんだけれど…せっかくナルキッスに来るのだからって、今日からこちらにお招きいただいたの」
「そうですか。…ちゃんと寝ずにオペラ鑑賞されていたんですね」
「やだ!子ども扱いしないで!ちゃーんと起きて全部見ていたわ!」
「これはこれは失礼いたしました」
「素直になれない若い男女の仲を悪魔がちょっかい出して…そして破滅の道へと導く物語…何だかとてもやりきれない物語でちょっと切なかったわ」
「『失楽園』―――…この物語は200年前に実際にナルキッスで起きた若い男女の心中事件を脚色して描かれているそうですね」
「まぁ…そうなの?」
「なんでもグララスを中心に起こった連続吸血鬼殺人事件の一組のカップルをモチーフに描いたとか。私も先祖にグララス出身の者がおりますので多少なりとはこの話を存じ上げておりましたが、まさかオペラ作品になるとは思いもよりませんでしたよ」
「あまりいい話ではないものね」
「えぇ…。ですがせっかくグララスに来た縁もありますしきちんと知っておかねばと思い…トミー・ジョーンの楽曲のファンでもあるので興味を持って来てみたら…美しい女神のように光り輝く貴女が居た」
「…っ!」
カルロ伯爵はそっとシャルロット様の手を取り優しく重ね合わせました。シャルロット様はまた少し驚かれて頬を赤く染めております。
「『あぁ…愛しのビヨンデッタ…。君の美しくも気高きその魂はまるで媚薬の様に私を狂わせる。その美しさを独り占めできぬものか…』」
「やだカルロ様…。それ悪魔のセリフじゃない!」
「確かに憎っくき悪魔のセリフですが…愛しい人にそう思う心は皆誰だって持っていると思います」
「え…?」
「…シャルロット様」
カルロ伯爵は重ね合わせている手を取りそっと口づけをしました。シャルロット様は大きく目を見開き、カルロ伯爵を見つめたまま身動きが出来ませんでした。
「カルロ…様…?」
「エメラルドが星屑を散りばめたかのように輝くその美しい瞳に吸い込まれそうだ…」
キラキラと瞬く星明りの下、星に負けないくらいに輝いているシャルロット様の大きな瞳を真っ直ぐにカルロ伯爵は受け止めてフッと微笑み、そっと優しくシャルロット様の頬に手を触れます。
「…シャルロット様…」
少しの沈黙のあとシャルロット様の唇にスッと指を這わせてその輪郭をなぞり、カルロ伯爵は少し金色がかった灰色の瞳を愛おしそうに細めてシャルロット様を見つめるとゆっくりとお顔を近づけてきました。
そして二人の唇が触れそうになったその時―――…二人の顔の間にシュッと手が上から挟み込まれました。
「っ!!」
「きゃっ!」
「はーい、そこまでにしておきましょうか」
唇がその手にぶつかり二人とも驚いていると、頭上から少し怒りを帯びた聞き覚えのある声が聞こえてきました。
「ヴィーっ!」
「全く…いつの間にか居なくなったかと思えば…。皆さんお待ちですよ。早く帰りましょう」
はぁーっ大きな溜息をつきながらヴィンセントは二人の唇が触れたてを念入りにハンカチで拭いております。
「保護者がお越しになりましたね」
「いい雰囲気だったところをお邪魔して大変申し訳ないんですがねぇ。これから公務のディナーなんですよ。しかも私らゲストなんでね。これ以上お待たせできないんですよ」
「そうでしたか…それは失礼いたしました」
「しかも待たせた理由が男と二人っきりでいたなんて知られたら大問題ですよ」
「あ…違うのヴィー!ちょっと私の気分が悪くなったから…それで外の空気を吸おうってことでカルロ様がテラスに連れてきてくださったのよ!」
ヴィンセントが少し語尾強めに刺々しくカルロ伯爵に言い放ち続けていると、シャルロット様はそんなカルロ伯爵を庇うようにヴィンセントに向かって言い返しました。
「…へぇ…気分が悪い女性の介抱に口づけですか。ずいぶんと手慣れたご様子でしたねぇ。女性を口説く際の常套手段なんですね」
「何を仰りたいんですか?」
「伯爵…申し訳ないんですがまだ姫様にはそういうこと教えていないんですよ。ちょっとウチのお子ちゃまには刺激が強すぎるので…本気でないのならがやめてもらえません?」
「本気ではないと?」
「純真無垢な乙女を散らすのが目的のけしからん輩もおりますからね。ウチの姫様とか完全にカモでしょう」
「ちょっとヴィー…っ!!」
「貴方の様な脂ののった遊び慣れた独身貴族からしたらウチの純粋な姫様を誑かすのなんて朝飯前でしょうね。単純だしバカみたいに素直ですし。ちょっとからかっただけで本気にしてしまう…それくらい姫様は純粋なんです。それに付け込むような危ない男から姫様をお守りするのが私の役目なんですよ」
「…手厳しい騎士ですね。では退散させていただきましょう。シャルロット様…それではまた…」
「あ…カルロ様っ!」
カルロ伯爵は再びシャルロット様の手を取り別れの口づけされ、名残惜しそうに微笑むと踵をかえてテラスを去っていきました。シャルロット様はカルロ伯爵の名前を呼びましたが、伯爵は振り返ることなくスッと歩いて行かれます。
「さぁ姫様、戻りますよ」
「…何であんな…キツイ言い方するの?」
「は?」
「…どうしてあんな…カルロ様を責め立てるような言い方するのよ?」
「え?」
「酷いわ、ヴィー…。別に私たち…そう言うのじゃないし」
「いやいや…めっちゃキスされそうでしたじゃないですか。その後きっと姫様押し倒されていつの間にかヤラれちゃう展開ですよ?分かってます?」
「だから…そんな悪い人じゃないってば!って言うかそんな風に考えちゃうなんて…普段からヴィーがしているからそんな風に思っちゃうんじゃないのっ!?」
「…姫様?え…ちょっと…矛先違いません?」
「触んないでっ!」
ヴィンセントがシャルロット様の肩に触れようとした時、シャルロット様は思いっきり身を翻してその手を避けました。ヴィンセントの避けられた手は手持無沙汰に宙に浮いておりましたが、すぐにスッとその手を引き何か言いたげでしたがぐっと口を噤んで冷めた瞳でシャルロット様を見つめ返します。
「…」
「ヴィーなんて嫌いよ!」
カルロ伯爵に口づけされた手をぎゅっと握りしめ、シャルロット様は少し涙声のような感じの声でヴィンセントをキッと睨みます。ヴィンセントはシャルロット様から瞳を逸らして呆れたように一つ溜息をつきだしました。
「…嫌いで結構ですよ」
「もぅ…っ!ヴィーとは金輪際口なんかきかないんだからっ!!」
「はいはい…口きかなくて結構ですからとりあえず戻りますよ」
「すぐ行くから…先に行ってて」
「…あっちで待ってます。今はノーカンですからね」
スッとシャルロット様の瞳に微かに滲んでいた涙を指で拭うとヴィンセントはテラスから出て建物の中へと入って行きました。シャルロット様は下を向いて黙ったままその場で立ち尽くしております。
「…ヴィーなんか嫌いよ…」
シャルロット様はもう一度そう呟き、涙を我慢するかのように空を見上げました。星の瞬きが微かに潤み、ぼやっとした夜空が広がります。グッと強く瞳を閉じて大きく息を吐くとシャルロット様は気持ちを切り替えて建物の中に入ろうとしました。
「何…?カルロ様の落し物かしら…」
するとソファーの上に何かが落ちているのに気が付きシャルロット様はそれをそっと拾いあげました。
そこに落ちていたものは、何かの紋章でしょうか、鷲の模様の細工が施されたが施された鈍い金色の懐中時計で、微かにカルロ伯爵の香水の香りが残っておりました。
「…紋章入りの懐中時計…。きっと…大事なものに違いないわよね…」
シャルロット様はキュッとロケットを握りしめて再び夜空を見上げました。ぼんやりとした灯りの広がる街の街燈と、夜空に煌めくたくさんの星々。そして猫の爪のようにうっすらと細い下弦の月がわずかに見える夜の出来事でした―――…。




