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ローザタニア王国物語 〜A FAIRY TALE〜  作者: 月城 美伶
jardin secret ~秘密の花園~

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第4章 Jardin secret ~秘密の花園~ 第一話

 「助けて―――っ!!」


月明かりさえ掻き消すような霧深い森の奥。

白い石が積み重ねられた廃墟から一人の少女が飛び出して裸足で森の中を逃げ回る。

何かに怯えて時折後ろを振り返りながら、髪を振り乱して涙ながらにその少女は走り続けた。

だけどここは暗闇の中。

少女は木の根に足を取られて転んでしまった。


「あ…っ!」


早く逃げないと…と少女は必死に立ち上がるけれど、恐怖で足が縺れて上手く歩けない。

そうこうしているうちに荒い獣の様な呼吸で迫りくる黒い「何か」が少女のすぐ傍にやって来た。

恐怖で悲鳴さえもあげられずに震える少女。

そしてその「何か」は涎を垂らしながらニヤッと笑い、ゆっくりと少女に近づいて行った。

静かの森の中にこだまする少女の悲鳴。

でもここは霧深い森の奥。

誰も助けになど来てくれない。

しばらく経ってその「何か」は恐怖で動くことも出来ずに震えている少女を抱いて霧の中へと消えて行ってしまった―――…。


月明かりさえ掻き消してしまう霧深い夜のこと。

一人の少女が闇の中に消え去ってしまった―――…


全ての悪夢の始まりはここから始まったのでした…。

 深い霧をかき分けて歩き続けた先には何があるのだろうか。

微かな光さえも見えないこの世界のどこかであなたは私の帰りを待っていてくれるのだろうか。

もしもう一度再び君に巡り会えたのならば強く強く抱きしめてキスをしよう。

そしてずっと手を繋いで歩いて行こう、この命尽きるまで―――…


・・・・・・・・


 さて、フランツ王子のご訪問から約1ヶ月後の日のことです。

ご招待いただきましたナルキッス大国のジョージ陛下主催のパーティーにご出席されるため、ウィリアム様とシャルロット様は馬車に乗って遠路はるばるグララスの古城へと向かわれておりました。

ナルキッスの華やかな都会を通り抜け、目の前には緑豊かな山々や畑や牧場といった農村の風景が広がります。

小高い丘には人気のない古い教会や修道院がひっそりと建ち並び、ゆっくりとした古めかしい時間が流れているようなそんな中を馬車は駆けて行きます。


「意外と遠いのよねぇ…グララスって」

「ナルキッスの割と辺境の方だからなぁ。でもまぁお前はお城を出られていい気分転換になっていいんじゃないか?」

「うーん…そうだけどね。でもずっと座ってばっかりでもう疲れたわ」

「まぁたまにはいいじゃないか」

「そうですよ、たまにはずーっと大人しく座っといてください」

「…なんでヴィーも一緒に乗っているのかも謎だわ」

「陛下の仕事が溜まっているんだから仕方ないでしょう」


四人乗りで割と大きめの、あまり派手なではありませんが品よく繊細な装飾がほどこされているローザタニア王国の馬車にはウィリアム様とシャルロット様ご兄妹、そしてヴィンセントの三人がご一緒に乗車されておりました。

ウィリアム様とシャルロット様が向き合うようになっており、そしてそのウィリアム様のお隣で何やらお二人で打ち合わせをされたり、書類を見合いっこしたり…とグララスへ向かう道中だというのに、ウィリアム様とヴィンセントはお城の中と同様お仕事をされております。


「別に今お仕事しなくったっていいじゃない」

「時間が勿体ないでしょう」

「お城を離れている時くらいお兄様もゆっくりしなきゃダメよ」

「…陛下を忙しくさせているほとんどの原因の姫様に言われてしまったらおしまいです」

「どういう意味よ」

「その言葉の通りです」

「まぁまぁ二人とも。グララスまでもう少しだが少し休憩しようか。おーい、ケヴィン、少し休むよう皆に伝えてくれないか?」


シャルロット様とヴィンセントの小競り合いがヒートアップしそうでしたが、ウィリアム様は笑いながら諌められて馬車の窓を開け、少し前を馬に乗って並走していた護衛で一緒に来ているケヴィンに話しかけました。


「承知いたしました!おーい、マルクス、アンドレ、エレン!皆!!少し休憩に入ろう!!少し先に見えるあの湖の辺りで停まろう!!」


威勢のいい大きな声でケヴィンは馬車の運転手や他の護衛の兵士たちに命令を放ちます。

護衛の兵士たちやウィリアム様たちの乗られている馬車、そしてセシルやばあやと言った従者の馬車はここから目視できる距離にある大きな湖まで走り続け、そしてゆっくりと速度を落としていき湖の畔でストップされ休憩に入られました。


「馬たちも城からずっと走り続けているから疲れているだろう。まだ時間はあるし、少し休憩してグララスに向かおうか」


馬車からゆっくりと下車され、ウィリアム様は外の新鮮な空気を思いっきり吸い込むかのように伸びをしながらケヴィンに呼びかけました。


「そうですね…予定より早く進んでおりますし、ここで少しゆっくりされても問題なさそうですね。陛下もお疲れでしょうからリフレッシュなさってください」

「ありがとう。お前たちも警護で気が張っているだろう。充分休憩しなさい」

「はっ」


ケヴィンが一礼をして、仲間の兵士たちに声掛けのために早足で素早くその場を離れていきました。その様子を優しくウィリアム様は見送られたのち、馬車の方をご覧になってまだ中にいらっしゃるシャルロット様にお声掛けをしました。


「シャル、お前も出て気分転換に外の空気を吸ってみてはどうだ?」


お声を掛けられたシャルロット様は元気よく馬車のタラップをピョンッと飛びおり、ウィリアム様と同じくお外の空気を思いっきり吸い込むかのように伸びをされて座りっぱなしだったお身体を解しております。


「んーっ!…なんだか座り疲れちゃった。やっぱりずーっと座っているのってしんどいわよねぇ。さっきから牛と羊や代わり映えのない山の風景とか、朽ち果てた教会とかしか観てないから疲れちゃったわ!」


もう一回思い切り伸びをされて深呼吸をし、胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込んで、辺りの景気の方に視線をおとされました。


「なかなか自然豊かでいい景色ね。まるでこの湖、深いサファイヤの粉を溶かしたみたい」


遠くに見える山々から森が繋がっており、その手前で開けた形でこの大きな湖が広がっております。深さも相当あるのでしょうか、湖はとても濃い青色をしており底が見える気配がない程です。


「それにしても…少し肌寒いわ。ねぇばあや、上着なかったかしら」


少し標高が高いからでしょうか、辺りの空気はひんやりとしております。

シャルロット様はブルッと身震いされ、腕を擦りながらばあやの乗っている後方の馬車の方へと向かわれました。


「確かに少し冷えますねぇ!今お上着出しますので少しお待ちくださいな!」


馬車の荷台からシャルロット様のお荷物が入っているトランクをそそくさとばあやは引っ張り出そうとトランクを開けて所狭しとたくさん詰め込まれているお洋服を眺めて上着を探し出そうとしております。


「さて…姫様の上着…何を持ってきましたかねぇ。あ、こんな所に黒い毛皮が…」


ばあやがトランクの右上の方に詰められている、黒い毛皮に触れようとしたときです。


「ギャーッ!!!!!」


ばあやの大きな悲鳴が静かな湖畔辺り一面に響き渡りました。

シャルロット様はビックリ驚かれて、ばあやの方へと駆け足で近寄りました。


「何?ばあやどうしたのっ?」

「…け…毛皮が…動き出したのです―――ッ!!!」


ガタガタと震え、目をつぶってばあやは腰が抜けたのかしゃがみこんだまま動けなくなってしまいました。


「あ…」


シャルロット様がトランクを覗き込むと、そこに詰められていた黒い毛皮がシャルロット様の足元へと転がるように飛び込んできました。


「なんだ…ばあや驚かさないでよ。毛皮じゃないわ」

「へ?」


近寄ってきたセシルに支えられてばあやはゆっくりと立ち上がり、眼鏡をクイッと上げながらシャルロット様の近くにある毛皮をしげしげと眺めました。


「…なんと!これはッ!!」

「そう、最近お城を騒がせていた黒猫ちゃんよ」


シャルロット様は足元にある毛皮…もとい黒猫をばあやの方へと見せつけるようにヒョイっと抱き上げました。ばあやは安心したのか、ホッと胸を撫でおろしましたが、腰が抜けてしまったためにセシルに付き添われながら近くの木の下へとゆっくりと移動し、痛い痛いと泣き言を言いながら腰を下ろしました。


「なぁに?お前最近姿を見せないって思っていたら、こんなところに隠れて付いてきちゃったのね?」


シャルロット様は改めて猫をご自身の方へ向け、いたずらっ子のように猫の顔を見つめます。


「にゃーん」


真っ黒の毛皮に、まるでサファイヤのように光る大きな青い瞳をクリクリとさせて猫はシャルロット様の問いかけにお返事をされました。可愛い…と呟きながらシャルロット様が猫の顎の下を撫ではじめると、ゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らしてうっとりとした表情を見せてくれております。


「ねぇお兄様、この子飼ってもいい?」

「ん?まぁ…ここで放すわけにはいかないしなぁ。…ちゃんと面倒を見られるのなら飼ってもいいぞ」

「もちろん、約束するわ!」

「ばあややセシルに投げ出すなよ」


少し背を屈めてシャルロット様のお顔を覗き込み、ウィリアム様も猫の頭を撫でられました。

猫はお城での態度とは全く異なり逃げまわるそぶりを一切見せずに大人しく撫でられております。


「嬉しい…これからよろしくね」


シャルロット様はご自身のお顔に猫のお顔をくっ付けてとても嬉しそうに微笑まれました。

猫も心なしか嬉しそうに眼を細めております。お城に居る時の態度とは打って変って、大人しくシャルロット様の腕に抱かれております。


「そうだわ、名前は何にしようかしら…」

「そうだなぁ…ノアールなんてどうだ?」

「エスパルニア語で黒ね」

「おぉ!勉強しているじゃないか」

「それくらい分かるわ。もぅ馬鹿にしないで!」

「ははは…ごめんごめん。どうだろう、ノアール、略してノア」

「ねぇ、お前の名前はノアでいい?」

「にゃーん」


猫…もといノアは目を細めて、シャルロット様のお顔をペロッと舐められました。

そんなノアを愛おしく感じたのでしょうか、シャルロット様は嬉しそうにノアを抱きしめられました。


「私ちょっとその辺を散策してくるわ。セシル、一緒に行きましょう」


湖の畔でノアと少し遊んだあと、シャルロット様は元気いっぱい今にも進みださんばかりにワクワクとした雰囲気でウィリアム様に告げられました。


「あまり遠くに行くなよ」

「えぇ、すぐに帰ってくるわ」


ウィリアム様に軽く一礼をしてシャルロット様とセシルはその場をあとにして湖の近くをを何かお話をされながら少し歩かれた後、森の中へと入っていかれました。


「あ、森の中に入って行った!」


休憩しつつも二人を見つめながら見張りをしていたケヴィンが慌てて声を上げて二人を追うように走り出しました。


「あっちの方へ行くとはっ!あそこまでは見回りしていないのに!」

「連れ戻そうか…私も行こう!」


ウィリアム様もケヴィンに続いてマントを翻しながら走り出しシャルロット様とセシルの後を追うように森へと向かわれました。


「…大丈夫でしょうか?」

「あれだけ向かっていたら大丈夫でしょう。ケヴィンより強いと噂のセシルもいますし」


相変わらず心配そうにオロオロとしているばあやを尻目に、ヴィンセントは木陰に腰を下ろしてバスケットの中からお茶のセットを取出し、てきぱきと準備をしております。

ノアはそんなヴィンセントの近くに座り、大きく欠伸をした後シャルロット様の歩いて行かれた森の方をふと見つめておりましたが、ゴロンと頭を下に置いてくつろがれております。


「…少し風が出てきたな」


火を付けようとしたマッチがふと風に消されました。少し空を見上げて雲の流れを見つめながらヴィンセントは小さくつぶやきました。

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