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ローザタニア王国物語 〜A FAIRY TALE〜  作者: 月城 美伶
真夏の夜の悪夢 ~Le cauchemar de Vincent~

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第3章 真夏の夜の悪夢 ~Le cauchemar de Vincent~ 第二話

 「交霊会?なぁに、それ」


シャルロット様はエメラルドのように輝く瞳をパチパチと瞬きしながら、今日のメインディッシュのアクアパッツァをパクリッとお口に放り込み、対面に座っていらっしゃるウィリアム様が仰った不思議な言葉に首を傾げております。


「文字通り霊と交霊するんだよ。降霊会…とも言うな」

「交霊…?」


ウィリアム様はワインを一口飲まれて喉の渇きを潤わせてふぅ…と一息つかれました。まだ未だによく言葉の意味を理解しておられないシャルロット様はさらに首を傾げられます。その様子を見て、後ろに控えていたヴィンセントが呆れたような声でツッコミを入れました。


「幽霊と交信するんですよ。最近暇で暇でしょうがない一部の貴族やブルジョワ階級の間で流行っているんですって」

「えー!何それっ!面白そう!ねぇお兄様、やってみたいわ!」

「ダメですっ!」


すかさずヴィンセントのさらなる強いツッコミが入ります。爛々と輝いていたシャルロット様の瞳でしたが、パッと後ろを振り返って視線鋭くヴィンセントを睨みつけました。

「えっ何でよっ!?ヴィーのケチっ!」

「そんな胡散臭いものをお城の中でやられては迷惑です」

「いいじゃない別に!減るものじゃないんだから!…って、もしかしてヴィー…怖いんじゃないの?」

「は?」


いきなり訳の分からないことを言われたからでしょうか、ヴィンセントのいつもの澄ました涼しい顔が崩れ、シャルロット様に対して何か言いたげな顔付きで聞き返します。


「ヴィーったら本当は幽霊が怖いんじゃないの?だからダメって言ってるんでしょ!」

「私には怖いものなどありません。まぁ強いて言うなら才能溢れる自分が怖いくらいです。いいですか、姫様。幽霊なんぞ脳みそが作り出した『こんなのが居たら怖い』という幻覚、幻想です。実際に幽霊や妖精、天使や悪魔や神など伝説や物語にしか出てこないような非現実的なものが存在したらこの世は大パニックですよ」

「ヴィーは神様を信じていないの?」

「私は自分の目で来たものしか信じません」

「つまらない人生ね」

「それなりに面白いのでこれ以上は結構です」

「…とか何とか言っちゃっているけれど、もし実際に見て怖がっても一緒に寝てあげないんだから!」

「え、姫様寝相悪いから絶対一緒に寝たくないです」

「そっそれは小さい時の話じゃない!今はそんなことないわ!」

「おや?ばあやからこの間も朝起こしに行ったらベッドから落ちていたと聞きましたが?」

「あ…あの日はたまたまよっ!」

「たまたま…?たまたまって毎日続くものですか…?」

「な…なによっ!そんなこと言うならヴィーが土下座して頼んできたとしても絶対に一緒に寝てあげないんだからっ!!」

「私だって御免ですよ。どうせ一緒にベッドに入るならもっとこう…セクシーでグラマラスな女性が良いですね。そっちの方が色々と楽しめますから」

「んもうっ!!」

「まぁまぁ二人とも落ち着いて。だんだん話が訳分からなくなっていってるから」


どんどんとヒートアップしていくシャルロット様とヴィンセントの会話をずっと聞いていたウィリアム様が二人の間に割って入られました。まだ二人とも鼻息荒くしておりましたがウィリアム様に諌められてぐぬぬ…と唸るようにお互いを睨み合い、低レベルな会話を止めました。


「まぁ私も交霊会は反対かな」

「お兄様まで!どうして?」

「私も非現実的なことは興味ないしな。それに最近トラブルもよく起きているそうだし、厄介そうだ」

「そうなの?」

「あぁ。その『怖い』という思い込みを利用してインチキ霊媒師を語る者が何の効果も無い高い壷やお札、除霊と称してインチキ臭い儀式をして高額な報酬のやり取りがあったりと…まぁ詐欺まがいの事例が起きているんだよ」

「ふーん…そうなのね」

「姫様とかカモにされそうですもんね。騙されやすいですから」

「んもう!ヴィーうるさい〜!」


今日もヴィンセントのツッコミがシャルロット様に突き刺さります。日頃の恨みがあるからでしょうか、容赦なく鋭く放たれております。しかしシャルロット様も負けてはおりません。ムッとしながらもシャルロット様は受け流す様にツッコミをスルーしていくのでした。


「しかし穏やかな話ではありませんからね。市長の話ではアントニー大臣は200万ルリカ払って魔除けの壺を買わされたみたいですし、コルベール伯爵は500万ルリカでお祓いをしてもらったとか。…馬鹿みたいな話です」

「えっ!」


シャルロット様は飲んでいたお水を吹き出しそうになるくらい驚かれ、大きな目をパチクリさせて発言元の呆れ返って眉間の皺が深く刻まれているヴィンセントを見つめます。ヴィンセントは聞こえよがしに大きな溜息をついてクドクドと文句を垂れました。


「全く…交霊会なんてしている暇があったら仕事をきちんとしてもらいたいものですね…。アントニー大臣は会議の時もたいてい寝ておりますし、資料も事前に読んだり勉強もしてこないし…毎回私に仕事押し付けるし…困ったもんです」

「ヴィー…苦労しているのね」

「えぇ。もし私がこの歳で禿たら皆の責任です」

「…」


食堂に居たウィリアム様、シャルロット様、執事長のセバスチャンやばあや、執事やメイドの皆は凍ったように動きが一瞬止まりました。冷たい空気が流れる中、ウィリアム様はフゥッと息を吐いて雰囲気を変えようと口を開かれました。


「…まぁとにかく交霊会に関してはかかわらない方が良いな。変なことをしないのが一番だ」

「頼みますよ、姫様」

「…はーい」


シャルロット様はちょっと残念そうな感じでしたが、背中に突き刺さるヴィンセントの視線を感じて肩をキュッと竦めると、お水を一口飲まれふぅ…と一息つかれて完食したアクアパッツァのお皿を下げられるのを見ておりました。そしてすぐにお給仕係のメイドがデザートの前のお口直しのレモンシャーベットとカモミールティーを運んできました。

まだまだウィリアム様とシャルロット様のディナータイムは続いております。今日のディナーで、シャルロット様は嫌いな茄子を使った料理がありましたが頑張って召し上がられたのでメイドはもちろん調理場のシェフたちも大変喜んでおりました。少しずつではありますがシャルロット様はしっかりとご飯も召し上がるようになってきており、シャルロット様の成長にお城の皆は喜んでおります。

最後のデザートのチョコレートムースケーキが運ばれてきました。甘いものが大好きなシャルロット様は目をキラキラと輝かせ、いそいそと召し上がられました。

その様子を対面に座られているウィリアム様は目を細めて微笑みながらご覧になっております。そしてシャルロット様の背後からはヴィンセントやセバスチャンやばあや、執事メイドの皆が見守るように控えておりました。


「今日も美味しかったわ」

「そうだな。皆今日もありがとう。さて…シャルロット、私はこれで失礼するよ。おやすみ」

「…おやすみなさい、お兄様」


ウィリアム様はスッと席を立たれてシャルロット様の頬にキスをされると、ヴィンセントを伴って食堂をあとにされました。

もう少し一緒に居たいと名残惜しそうなシャルロット様でしたが、スッと席を立たれると皆に挨拶した後、ばあやとメイドのセシルと共にお部屋の方へと戻って行かれました。


・・・・・・・・

 

 「シャルロット様お湯加減いかがですか?」

「ちょうどいいわ。ありがとうセシル」

「じゃあごゆっくり肩まで浸かってくださいね」

「はーい」


今宵は新月です。月明かりがなく星明りだけがキラキラと瞬くころ、お城のお風呂場で甘い香りがする泡がたくさんモコモコしている猫足の陶器製の大きな白い湯船にシャルロット様が浸かっておりました。

お風呂場付の侍女たちとメイドのセシルにクリーム状の泡で綺麗に全身を磨いてもらい、柔らかな金糸のような髪もハーブと蜂蜜が配合された極上のシャンプーで洗ってもらってトリートメントもばっちりのシャルロット様は少し上気して赤くなった頬でのんびりと湯船に浸かっておもちゃのアヒルで遊んでおりました。


「ねぇセシル~、セシルは幽霊って信じる?」


洗い場の泡をざっと流し終えて次は寝巻きの準備をしようとしてお風呂場から出て行こうとしていたセシルは、話しかけてきたシャルロット様の方を振り返って少し考えるとケラケラ笑いながら答えました。


「えっ幽霊ですか?私は幽霊は信じないですね~」

「皆結構現実的なのね」

「姫様が夢子ちゃんなんですよ」


グサッとセシルもシャルロット様に辛辣な言葉を突き刺します。グッと凹んだシャルロット様は湯船に突っ伏すとブクブクお口で泡を作り何か言いたげな顔でセシルを見つめております。


「まぁそりゃあ妖精とか天使とか…こうファンタジーな生き物が実際居たら面白いなぁとは思いますけど」

「でしょ?幽霊も同じじゃないの?」

「まぁそうでしょうけど…。この世界が出来たのも神様が造られたからって学校では習いますけどねぇ。でもねぇ…」

「セシルは皆神様信じていないの?」

「う~ん…私はどちらとも言えないですねぇ」

「皆都合のいい時は神頼みするのに…?」

「ねー!不思議ですよねぇ。まぁ最近は科学が発展してきているので…この世界の創造も解明されてきているんじゃないですか?」

「面白くないわ」

「ファンタジーよりもリアルですよ、この世の中は」

「…つまんないの」

「あんまりブツブツ仰っていると、またヴィンセント様に怒られますよ」

「…小姑だわ」

「それだけ姫様が大切なんですよ」

「そうかしら?顔合せるたびにネチネチ煩いわ。それに私の大切なお兄様を独り占めして…っ!私だってお兄様ともっと一緒に居たいわ!一緒にお風呂にだって入りたいっ!!」

「さすがに陛下とお風呂に一緒に入られるのはちょっと…。まぁ陛下とヴィンセント様が常に一緒に居らっしゃるのはお仕事上での最大のパートナーですから仕方ありませんよ。我慢です、姫様」

「…今日だって早くディナーを上られたわ。そしてヴィーと一緒に出て行っちゃったじゃない。もう少しお兄様と一緒に居たかったわ」

「姫様…」

「また明日も朝から二人で会議とか打ち合わせだとかでずっと一緒に居るんでしょ!ずるいわっ!!」

「…姫様結婚したらめんどくさそうなタイプですよね」

「んもぅ!セシル、私本気で悩んでいるのにっ!!」


シャルロット様がパシャっとお湯を叩くと少しだけお湯が飛び、セシルの方へと飛んで行きました。パッとお湯を交わすと、セシルはしょうがないなぁと言わんばかりにため息をつき湯船に近づいて縁に座ってシャルロット様の近くにやって来ました。


「すみませんってば。まぁ姫様のブラコンは今に始まった事ではないですけど…最近かなり重症ですね」

「…ワガママなのは分かっているわよぉ…でも…お兄様が大好きだもの…もっと一緒に居たいわ」

「ホント姫様ってば寂しがり屋ですね」

「…幽霊でもいいから誰かずっとそばにいて欲しいわ」

「私たちが居るじゃないですか!」

「でもセシルだってケヴィンっていう彼氏居るし、ばあやだって家族があるじゃない!皆にとって一番の存在は私じゃないわ」

「姫様…」

「…」

「スゲーめんどくさいですね」

「んもぅ!セシルの意地悪っ!!」

「はいはいはい…のぼせないうちに上がりましょうか。はい、トリートメント流すからこっち来てください」

「皆の口撃には私一生勝てなさそうだわ」

「大丈夫ですよ、そのうち絶対姫様の方が強くなりますから。あれだけヴィンセント様に鍛えられているんですもの」


サラッとシャルロット様のボヤキを受け流してセシルは湯船からシャルロット様の手を取って出し、新しいお湯をかけてトリートメントと身体中に付いている泡をさっと流しました。

そしてテキパキと身体を拭き手際よく甘い香りのする保湿クリームを全身に塗りたくってピンクの可愛らしい寝間着に着替えさせました。


「さぁお部屋に戻りましょうか」

「はーい」


先程までは世界が終わるかのごとく落ち込んでいらっしゃいましたが、身体がぽかぽか温まってホッコリしたシャルロット様を伴って、セシルはお風呂場から出てお部屋へ戻ろうと歩き出しました。

オレンジの照明がユラユラと揺れる薄暗い廊下には人気がなく、二人の足音だけが響きます。


「ねぇセシル~、冷たいお水が飲みたいわ」

「はいはい。お部屋に戻ったらお入れしますよ」

「あ、レモンも入れて欲しいわ」

「レモンは調理場から貰ってこないとないですねぇ。ちょっと貰ってきますから姫様先にお部屋帰っておいてください」

「あ、じゃあ私も一緒に調理場に行くわ」

「…つまみ食いしたら駄目ですよ」


ダラダラとゆるーくお話をしていた二人はくるっと向きを変えてお城の端の方にある調理場を目指して歩き出しました。

ローザタニアのお城はとても広く、誰かとすれ違ったりすることも無く二人は静かで薄暗い廊下をたまにくだらないお喋りをしたりして歩き続けました。実は歳が意外と近い二人の楽しげな声が廊下に響いております。

外では大きな木々が揺さぶられるほどの少し強い風が吹いてきて、廊下の窓をガタガタと揺らし始めました。


「風が出てきましたね」

「そうね。そう言えば私部屋の窓閉めていたかしら?」

「確か閉めておられたかと思いますよ」

「じゃあ大丈夫ね。意外と私の部屋って、窓開けっ放しだと葉っぱとか入ってきちゃうのよね。結構な高さなのに」

「そうですね~、風に飛ばされてきますもんねぇ」


セシルがシャルロット様と取りとめのないお喋りをしながら横を向いて先に廊下の角を曲がってふとその先を見つめた時、いきなり足を止めて立ち止まりました。


「きゃっ!」


セシルの背中に後ろを歩いていたシャルロット様がぶつかりました。


「んもぅ!いきなり止まらないでよセシル!」

「…姫様…」

「?どうしたの、セシル?」


少し声のトーンを落として、セシルはスッと手を出してシャルロット様の動きを止めます。シャルロット様はそんなセシルの様子に少し戸惑っておりました。


「…今…あちらに人影のようなものがありました」

「え?」

「…この時分、この書庫付近に誰かいるなんて事ありませんよね?」

「気のせいじゃないの?」

「そうでしょうか…?」

「そうよ。ほら、幽霊の話をしていたから何か居るように見えたんじゃないの?」

「…」

「そんなことより早く行きましょう。私喉乾いちゃったわ」

「…そう…ですね」


よほど喉が渇いていらっしゃるのでしょうか、シャルロット様はセシルに早く調理場に行こうと促します。セシルはジッと先程人影のようなものがあった廊下の先を見つめております。

シャルロット様に背中を押されてセシルは重たい足取りで歩き始めました。そして先程の廊下の先に着きましたが、そこには特に何もなかったのでシャルロット様にホラ~と言われて呆れられました。

しかしセシルは書庫の扉が少しだけ開いているのを見逃しませんでした。


「…開いている」

「え?」

「…っ!!」


セシルが物音を感じてパッと後ろを振り返りました。先程まで自分たちが居た辺りで何かが動いたのをセシルは見逃しませんでした。


「姫様…絶対にここを動かないでくださいね」


セシルはシャルロット様を待機させて忍び足で近寄ると、やはりそこには何もありませんでした。


「…何か居たような気がしたのに…」

「きゃっ!」

「シャルロット様っ!?」

「セシル…あれ…」


セシルが驚いた表情のシャルロット様の指さす方に振り返りますと、そこには窓の外を飛び跳ねて走っていく黒い物体の姿がありました。

気がつくと廊下には黒い影がたくさん現れ、二人の前で素早く動き回ります。影の一つ大きく、まるで人影のような大きさになるとシャルロット様に近づいて触れそうになった瞬間、セシルはパッとシャルロット様を突き放しました。


「姫様、逃げましょうっ!!」


セシルは素早く影を避けるように走って、突き飛ばしたシャルロット様を急いで起こすとその手を取って一目散に来た道を戻って走り出しました。

廊下ではまだユラユラと影が揺れておりましたが、しばらくするとだんだんと小さくなっていきフッと消えてしまいました。

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