第3章 真夏の夜の悪夢 ~Le cauchemar de Vincent~ 第一話
さてさてここはいつも平和で穏やかなローザタニア王国。
ですが最近…貴族たちの間では何やらよからぬコトが流行っているようで…?
ドタバタコメディーのちょっとした小話。
夏の夜にどうぞ…。
静かなローザタニアの星空にゆうるりとゆうるりと揺蕩う赤い光―――…
ぼんやりと妖しい光を灯しながらビロードのような夜の闇の中で揺れております。
そして何かに反応したのか、いきなり急降下をして夜の闇を駆け抜けます。
光の目の前には、一件の豪邸がありました。その光は屋敷の周りをグルグルとまるで何かを調べるかのように何度も回って移動しております。
そしてゆっくりと屋根を通り抜けて屋敷の中へと入って行きました。
しばらくするとその屋敷の中からは絹を裂くような数名の泣き叫ぶような悲鳴が聞こえてきたのでした―――…。
・・・・・・・・
「あれ…おかしいな…無いぞ??」
ある晴れた日のことです。
ローザタニア王国の政務秘書官の一人、バルトがお城の書庫で膨大にある書類の整理をしておりましたところ、バルトはとある棚の前で大きなくりくりとした栗色の瞳をパチクリさせながら一人唸っておりました。
「どうした?」
同じく一緒に整理をしていた同僚のグレブが棚の反対側からひょこっと顔を出して様子を伺っております。
「あ…いや…ユリラシア大陸との過去に結んだ協定の資料のファイルが無くなっているんだよ。おかしいなぁ…先週見た時はあったはずなのに」
「違う棚にあるんじゃないのか?」
「いや、ファイルの色で分けているから俺は絶対この棚以外に入れることなんてしないし…おかしいなぁ」
バルトが少し焦ったように棚をキョロキョロと見回しております。
どれどれ…とグレブもバルトの方にやってきて同じく一緒に棚をぐるっと見回しております。
「あ、あったぞ、バルト!こっちの棚のこれじゃないか?」
「あ、それだ!」
グレブは隣の棚から一冊のファイルを取出してバルトに手渡しました。バルトはファイルのタイトルと中身をパラパラと捲って確認すると、ファイルをギュッと抱きしめて感激しておりました。
「あったぁ~!!よかったっ!!もしファイルが無くなっていたら女王様に殺されるところだったよぉ~」
「あぁ…きちんと管理が出来ていないって確実にネチネチ嫌味を言われるところだったな」
「助かったよ~!ありがとう!でも…なんで隣の棚に入っていたんだろう?俺絶対間違えないように3回くらい確認するのに」
「普通に間違えたんじゃないのか?最近お前疲れているし…」
「えー…そうかなぁ」
「朝は女王様が執務長官室に来られる前に資料や書類を揃えるのに6時出勤、女王様が満足する書類作成のためにサービス残業で家に帰るのが23時!!毎回毎回事あるごとにとやかくネチネチ嫌味言われて八つ当たりされて…そんなお前が疲れていないわけがないっ!!」
「え…これってパワハラ案件…?」
「な?そんなんだからきっともう疲れて無意識のうちに置く場所間違えたんだよ」
「なんだか…そんな気がしてきた」
「だろ?今日は女王様は陛下と一緒に城下町のサロンに視察に行かれてお城にいらっしゃらないことだし、今日くらいは定時で帰ろうぜっ!!あ、新しい酒屋が出来たんだけど、帰りに飲みにいかねぇか?」
「そうだな、たまには早く帰ろっか!鬼の居ぬ間に命の洗濯だっ!!」
「あぁ!じゃあ早い所、さっさと整理してしまおうぜ!」
「だなっ!」
二人はお互いの顔を見合わせて頷くと、再び黙々と書類をファイルに挟んだり棚に収納したりと作業を再開し始めました。
「おっと…いけないいけない、この資料もちゃんと元の場所に戻しておかないと…」
バルトは先ほどのファイルを本来保管してある棚へと戻すと、もう一度ヨシッと声に出して指さし確認をしました。
そして今日こそは定時に帰って同僚と飲むんだと意気込んみ、また真面目に資料整理の執務に精を出しておりました。
・・・・・・・・
「はぁ?今何と仰いました、市長殿」
「えっと…その…ですから…最近妙な噂がございまして…幽霊らしきものが貴族たちの家に現れているようなんです!」
ローザタニアの王都・パラディスの市庁舎の中にある応接室で、ヴィンセントは怪訝そうな顔をして紅茶を一口飲みながら呆れたように冷たい視線をテーブルを挟んで座っている市長に投げかけました。
市長は丸々と太って体躯の大きな男性でしたが、そんなヴィンセントの冷たい視線に怯えて青ざめて震えてまるで蛇に睨まれた小動物のように小さくなっておりました。
「寝言は寝てから言ってください。幽霊なんて居るわけないでしょう。そんなもの脳みそが作り出した幻覚ですよ」
「で…ですが!先日もコルベール伯爵の屋敷に何者かが侵入したかもしれない形跡があったのです!しかし何も盗られておらず…。そしてその前はルテル侯爵やドルー侯爵、そしてアントニー大臣のお屋敷にも同じように何者かが侵入したであろう形跡だけ残っているんです!」
「…侵入された形跡だけで誰も何も盗られていないんでしょう?だったら別にいいじゃないですか」
「ですが気持ち悪いですよぉ~っ!誰かがこっそり屋敷に侵入しているのかも知れないってっ!!」
明らかに興味がなさげでとてつもなくめんどくさそうな表情のヴィンセントはもう一口紅茶を飲むと、ハッと嘲笑するかのように市長を見ております。相変わらず市長は怯えておりましたが、負けじと頑張ってヴィンセントの冷たい口撃に応戦しておりました。
「まぁ確かに少し気持ちの悪い出来事だなぁ」
「陛下!」
ヴィンセントの横で静かに話を聞いていたウィリアム様は顎に手を置いてうーんっと考えておりました。
渡りに船とばかりに市長はウィリアム様の呟かれたお言葉に瞳をキラキラ輝かせて思いっきり頭を縦にブンブン振って同意しております。
「そんなの絶対気のせいですよ。…と申しますが、なぜに市長は幽霊のせいだと思うのですか?普通に泥棒や変質者の可能性だってありますよね」
「あの…えっと…」
「市長…貴方、何か隠しておりませんか?」
氷の刀のように鋭くて冷たい瞳でヴィンセントはじろっと市長を見ております。
蛇に睨まれたカエルの如く恐怖のあまり今にも失神しそうなくらい震えておりました。ヴィンセントはそのままじっと市長を見据えたまま、また一口紅茶を口に含みました。
市長は小刻みに震える身体をグッと抑えて、恐る恐るウィリアム様とヴィンセントに向かって石でもついているかのごとく重たそうな口をついに開き始めました。
「じ…実は―――…」




