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第46話 明るさ

 王都の中心街は、変わらず賑やかだった。


 屋台の声。


 子供の笑い声。


 魔術灯の淡い光。


 焼き菓子の甘い匂い。


 そこに魔法は、当たり前のようにあった。


 怖いものとしてではなく、人の生活の中に。


 ユリスはその景色を、少しだけ長く見つめた。


 三人はその後も中心街を歩いた。


 リナはまた別の屋台を見つけ、今度は果実水を買った。


 薄い青色の果実水には、小さな氷片が浮いている。


 氷片は水属性の冷却符で保たれているらしく、紙杯を持つ手にひんやりとした感触が伝わった。


「冷たい」


「おいしいでしょ?」


「ああ」


「セリアは?」


「……悪くないわ」


「今日三回目の最高評価」


「だから」


「勝手に訳すな、でしょ。分かってる」


 リナが先回りして言うと、セリアは少しだけ目を細めた。


「分かっているなら、やめなさい」


「やめない」


「なぜ」


「楽しいから」


「あなたね……」


 そのやり取りを聞きながら、ユリスは果実水を飲んだ。


 冷たさが喉を通る。


 胸の奥に残っていた重さが、少しだけ薄まる。


 休日。


 中心街。


 食べ歩き。


 ただ、それだけの時間。


 けれどユリスには、それが少し不思議だった。


 何かを測られるわけでもない。


 失敗率を出されるわけでもない。


 結界の中に立たされるわけでもない。


 ただ歩いて、食べて、話す。


 そんな時間が、自分にもある。


 それが少しだけ信じられなかった。


 やがて昼が近づくと、三人は中心街の広場へ出た。


 広場の中央には、白い石で作られた小さな噴水がある。


 水は高く噴き上がるのではなく、ゆるやかに形を変えながら流れていた。

 水属性の術式で、花のように開いたり、細い糸のように落ちたりしている。


 子供たちがそれを見て笑っている。


 ユリスは噴水の縁に腰を下ろした。


 リナも隣に座る。


 セリアは少し迷ってから、少し距離を置いて腰を下ろした。


「疲れた?」


 リナが聞くと、セリアは首を振った。


「大丈夫よ」


「本当に?」


「ええ」


「無理してない?」


「していないわ」


 リナはじっとセリアを見た。


 セリアはわずかに視線を逸らす。


「……少しだけ、歩きすぎたかもしれないけれど」


「ほら」


「でも、悪くはなかったわ」


 セリアは広場の噴水を見た。


「部屋にいたら、たぶん白環のことばかり考えていたから」


「やっぱり」


 リナが呆れたように言う。


 ユリスは左手を見る。


「悪いな。俺のせいで」


「違うわ」


 セリアの返事は早かった。


「白環を気にしているのは、私が気になるからよ。あなたが謝ることではない」


「でも」


「でも、ではないわ」


 セリアはユリスを見る。


「あなたは、自分に関わるものを全部自分の責任にしようとする。それは悪い癖よ」


「そうかな」


「そうよ」


 リナもうなずく。


「うん。ユリス、すぐ自分が悪いって顔する」


「そんな顔してるか?」


「してる」


「しているわ」


 二人に同時に言われて、ユリスは返す言葉を失った。


 リナが少し笑う。


「まあ、今日は楽しかったからいいじゃん」


「楽しかった、か」


 ユリスは広場を見渡した。


 魔術灯。


 噴水。


 屋台。


 笑う子供たち。


 白い石畳の上を行き交う人々。


 たしかに、楽しかった。


 そう言うことに、少しだけ勇気がいった。


「……楽しかったよ」


 ユリスが言うと、リナは嬉しそうに笑った。


「よかった」


 セリアは何も言わなかった。


 けれど、その横顔は、少しだけ穏やかだった。


 広場の噴水から、細かな水音が聞こえる。


 ユリスはふと、白環に指を触れた。


 冷たい。


 ただ、それだけだった。


 痛みはない。


 熱もない。


 光が濁る様子もない。


 何も起きていない。


 何も起きていないように見える。


「ユリス」


 セリアの声がした。


「何?」


「今、何か違和感は?」


「ないよ」


「そう」


 セリアは短く答えた。


 けれど、安心したようには見えなかった。


「やっぱり、気になるのか」


「ええ」


 今度は否定しなかった。


「綺麗すぎるから?」


「ええ」


 セリアは噴水を見つめたまま言った。


「あの白環は、反動を受け止めただけにしては流れが整いすぎている。普通、負荷を吸収すれば、わずかでも濁りや歪みが残る。熱でも、色でも、線の乱れでもいい。何かしら痕跡が出るものよ」


「でも、出てない」


「少なくとも、昨日の医務室では見えなかった」


 セリアの青い瞳が細くなる。


「それが気になるの」


 リナは少し不安そうに二人を見る。


「でも、今は何も起きてないんだよね?」


「ええ。今は」


 セリアは静かに言った。


 その言葉に、ユリスの胸の奥が少しだけ沈む。


 今は。


 その先に、まだ何かが続いている気がした。


 けれど、セリアはすぐに表情を戻した。


「ただし、今日はこれ以上考えないわ」


 リナが目を丸くする。


「え、セリアが自分から?」


「何よ」


「いや、成長したなあって」


「リナ」


「はいはい」


 リナは笑いながら立ち上がった。


「じゃあ、最後にお土産買って帰ろう。医務室のミレーヌ先生にも何か持っていかない? 昨日お世話になったし」


「それはいいな」


 ユリスも立ち上がった。


「セリアは何がいいと思う?」


「ミレーヌ先生なら、甘すぎるものより香草茶に合う焼き菓子の方がいいと思うわ」


「さすが」


「好みを推測しただけよ」


「それをさすがって言うんだよ」


 三人は広場を離れ、焼き菓子の店へ向かった。


 午後の光は、白い石畳の上に柔らかく落ちている。


 ユリスはその光を見上げる。


 昨日、白環をつけて灯した小さな火を思い出す。


 あれは、まだ自分の力とは言えないのかもしれない。


 白環が反動を吸っただけなのかもしれない。


 セリアの言う通り、綺麗すぎる何かが隠れているのかもしれない。


 それでも。


 結果だけではなく、その前を見る。


 セリアがそう言った。


 ひとりで見るよりは、ずっとましになる。


 その言葉が、胸の奥に残っている。


 ユリスは左手を軽く握った。


 白環は、変わらず静かだった。


 何も語らない。


 何も要求しない。


 ただ、白く、滑らかに、ユリスの指に収まっている。


 その静けさは、やはり少しだけ不自然だった。


 けれど今日は、その不自然さだけを見つめ続けなくてもよかった。


 隣にはリナがいて、前には焼き菓子の店があり、少し先を歩くセリアの銀髪が午後の光を受けて淡く揺れている。


 王都の中心街には、たくさんの魔法があった。


 誰かを傷つけるためではなく。


 誰かの一日を、ほんの少し明るくするための魔法が。


 ユリスは、それを初めてちゃんと見た気がした。

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