第17話 属性・発動測定 ②
食堂には、午前の属性測定を終えた新入生たちの声が満ちていた。
火属性が強く出た者。
水属性が意外に伸びた者。
土属性の反応が出て、少し不満そうにしている者。
それぞれが、自分の結果について話している。
けれど、ユリスはその輪に入れなかった。
赤、青、緑、黄、淡金、白銀。
どの色も薄く現れて、どの色にも定着しなかった。
そして最後に残った、色になりきらない灰白色の揺らぎ。
発動反応ではない。
でも、普通の属性反応でもない。
測定官の低い声が、まだ耳に残っていた。
――午後。
再び測定室へ入ると、午前に使われた円盤状の測定板は片づけられていた。
代わりに、訓練用の的と、小さな結界装置が中央に並んでいる。
属性を見るための測定ではない。
今度は、実際に魔法を発動させるのだ。
「これより、発動測定を行う」
測定官の声が響いた。
「午前の属性測定により、各自の適性系統は確認された。午後は、その適性に応じた基礎術式を実際に発動してもらう」
新入生たちの空気が、少し硬くなる。
属性を見るだけだった午前とは違う。
今度は、本当に魔法を使う。
「評価対象は威力のみではない。発動速度、術式の安定性、結果の精度、魔力消費、反動処理。以上を総合的に観測する」
測定官の手元で、記録用水晶板が淡く光る。
午前の灰白色の揺らぎも、そこには残っているはずだった。
発動すれば、今度は結果だけでは済まない。
自分でも知らない何かが、また記録される。
「レオン・グランフィール」
最初に呼ばれたのは、やはりレオンだった。
赤髪の少年は、午前と同じく迷いのない足取りで前へ出る。
測定官が記録用水晶板を確認した。
「火属性反応、強。発動術式は火系基礎攻撃術式。小炎弾」
レオンは学院標準杖を構えた。
杖先に、赤い魔力が集まる。
炎は大きく膨らまなかった。
むしろ、細く絞られていく。
火球ではない。
赤い熱を一本の針のように圧縮した、小さな炎弾だった。
「小炎弾」
放たれた赤い光は、訓練用の的の中央へまっすぐ走った。
次の瞬間、乾いた音が響く。
的の中心に、黒く焦げた小さな穴が空いていた。
周囲はほとんど焼けていない。
焦がして、貫いた。
けれど、燃え広がってはいない。
「火属性反応、安定。出力収束、良好。反動処理、範囲内」
測定官が短く告げる。
ただ強いだけではない。
強い火を、必要な形に収めている。
それが、レオン・グランフィールの魔法だった。
新入生たちの間に、小さなどよめきが広がる。
レオンは表情を変えず、静かに杖を下ろした。
その姿を見て、ユリスは胸の奥が少し重くなるのを感じた。
あれが、正しい成功なのだと思った。
過程があり、制御があり、結果がある。
誰が見ても、安心して成功と呼べる魔法だった。
「セリア・ノルフェイン」
次に呼ばれたセリアが、前へ出る。
測定官は彼女の記録を見ながら告げた。
「結界および術式構造反応、明瞭。発動術式は結界系基礎術式。薄膜結界」
セリアは杖を軽く持ち上げた。
派手な魔力の高まりはない。
「薄膜結界」
白銀の細い線が、杖先から静かに伸びる。
それは空中で薄く広がり、透明な膜の形を取った。
壁ではない。
盾でもない。
けれど、そこに確かに境界が生まれていた。
測定官が指を動かすと、結界装置から弱い魔力風が放たれた。
風は薄膜へ触れた。
膜はわずかに揺れる。
だが、破れない。
白銀の線が表面を走り、受けた力を端へ逃がしていく。
押し返すのではない。
受け止めて、流している。
「結界形成、安定。術式構造、極めて整合。反動線、正常」
測定官の声に、また空気が変わった。
レオンの魔法が、強い火を正しく撃ち出すものなら。
セリアの魔法は、崩れない形を静かに作るものだった。
ユリスは思わず、セリアの横顔を見た。
セリアは淡々としている。
けれど、白銀の膜が消える瞬間、その青い瞳がわずかに揺れたように見えた。
強い結果を起こす魔法ではない。
でも、結果へ至る道を守る魔法。
ユリスには、それが少し眩しく見えた。
「ユリス・フォルク」
名前を呼ばれた瞬間、体の奥が強張った。
来た。
そう思った。
測定官が記録用水晶板を見る。
午前の属性測定の結果が、そこに残っているのだろう。
「突出属性なし。主要属性すべてに微弱反応」
短く読み上げられる。
周囲の視線が、少しだけユリスへ集まった。
「フォルク。発動術式は基礎術式から選択しろ。火、水、風、土。どれでも構わない」
どれでも。
そう言われても、ユリスには選べなかった。
火が得意なわけではない。
水が得意なわけでもない。
風も、土も。
何か一つでも胸を張って選べるものなど、なかった。
けれど、いつまでも黙っているわけにはいかない。
「……灯火で、お願いします」
村でも使ったことがある。
暗くなったとき、指先に小さな火を灯す魔法。
自分にとって一番ましに知っている基礎魔法だった。
「火系生活基礎術式、灯火」
測定官が記録する。
「杖先に小さな火を灯せ。大きさは一定。三秒維持」
三秒。
たった、それだけ。
けれど、ユリスの指は震えた。
学院標準杖を構える。
杖先に魔力を流す。
「灯火」
頭の中で、村で教わった形を思い浮かべる。
火を灯す。
小さく。
揺れないように。
ただ、杖先に。
魔力が流れた。
その瞬間、何かがずれた。
ユリスには、はっきりと分かったわけではない。
けれど、指先の奥で、細い線が途中で裂けるような感覚があった。
魔力が火へ変わる前に、どこかで引っかかる。
術式が閉じない。
本来なら、そこで消えるはずだった。
発動しないはずだった。
失敗するはずだった。
なのに。
杖先に、火が灯った。
小さな火だった。
指定された通りの大きさで、静かに揺れている。
一秒。
二秒。
三秒。
火は消えなかった。
成功。
見た目には、そうだった。
だが、測定室の空気は軽くならなかった。
記録用水晶板を見ていた測定官の眉が、ゆっくりと寄る。
「発動結果、成立」
一人が言った。
続いて、別の測定官が低い声で告げる。
「術式流路、中途崩壊。属性変換、不完全。魔力制御、乱れあり」
言葉が、ユリスの胸に刺さる。
失敗している。
なのに、成功している。
その矛盾が、また目の前に置かれる。
次の瞬間だった。
閉鎖式測定用結界の床面に、白い濁りが滲んだ。
火は杖先にある。
的にも、壁にも、結界にもぶつかっていない。
それなのに、何も触れていないはずの床の分散層が、遅れて反応している。
白い霧のような魔力が、床面へ吸い込まれていく。
「反動位置、下層分散域」
測定官の声が硬くなった。
「発動点と一致しない」
ユリスは息を止めた。
火はまだ、杖先で小さく燃えていた。
自分がつけた火。
いや、本当に自分がつけたのか。
術式は崩れていた。
属性変換も不完全だった。
それでも火だけが、そこにある。
「フォルク。火を消せ」
言われて、ユリスは慌てて魔力を引いた。
火はすっと消えた。
その直後、結界の床面に残っていた白い濁りも、ゆっくりと薄れていく。
誰もすぐには口を開かなかった。
レオンが、こちらを見ている。
その赤い瞳には、先ほどの余裕はなかった。
セリアもまた、じっとユリスを見ていた。
午前の測定板を見ていたときと同じ目だった。
何かを探るような。
けれど、今度はほんの少しだけ、確信に近いものが混じっているように見えた。
「……もう一度、灯火を確認する」
測定官が言った。
ユリスの肩が、びくりと揺れる。
もう一度。
その言葉だけで、喉が詰まった。
けれど、拒めるはずもなかった。
ユリスはもう一度、学院標準杖を構える。
小さく。
ただ、小さく火を灯すだけ。
そう思って魔力を流した。
また、指先の奥で何かがずれた。
術式が閉じきる前に、結果だけが先へ出るような感覚。
それでも、杖先には小さな火が灯った。
「発動結果、成立」
測定官の声が落ちる。
その直後、閉鎖式測定用結界の床面に、また白い濁りが滲んだ。
一度目より薄い。
けれど、先ほどと同じ場所ではない。
「反動位置、再び発動点と不一致」
別の測定官が低く言った。
測定室の空気が、さらに静かになる。
成功した。
また、成功してしまった。
でも、誰も安心していない。
測定官も。
周囲の生徒も。
レオンも。
セリアも。
誰一人として、今の火をただの成功とは見ていなかった。
記録用水晶板に、測定官が新しい所見を書き込む。
「発動結果、成立」
その声は、測定室に静かに落ちた。
そして、少し遅れて。
「ただし、結果成立の理由、不明」
ユリスは、杖を握る手に力を込めた。
成功したはずなのに。
胸の奥には、またあの冷たさが残っていた。
失敗したのではない。
けれど、成功したとも思えない。
いつもと同じ、どうしようもない冷たさだった。
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