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落ちこぼれ魔術師の俺だけが、魔法を失敗できない  作者: 香森 みんと
第二章

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第16話 属性・発動測定 ①

 測定棟へ向かう廊下は、昨日までより少しだけざわついていた。


 三日目。

 属性・発動測定。


 その日、目覚めてから、ユリスの胸の奥は落ち着かなかった。


 魔力量も、制御も、理論も術式も。

 どれも、自信があるとは言えなかった。

 けれど、今日の測定は少し違う。


 属性。


 火、水、風、土。


 あるいは、光や補助。


 結界や術式構造。


 自分の魔力が、どんな性質に向いているのかを見る測定だと、昨日の説明で聞いていた。


 つまり、今日こそは。

 自分が何に向いていないのかを、はっきり突きつけられる日なのかもしれない。


 測定室の中央には、昨日までとは違う台座が置かれていた。

 大きな円盤のような測定板。


 その表面には、薄い硝子のようなものが張られている。近づくと、内側に細かな線が何層も重なっているのが見えた。

 魔法陣というより、花の断面に似ていた。

 中心から外側へ向かって、いくつもの細い筋が放射状に伸びている。


「これより、属性測定を行う」


 測定官の声が響いた。


「本測定では、魔法を発動させる必要はない。測定板へ魔力を流し、属性変換前の反応を確認する」


 新入生たちの間に、少しだけ安堵の気配が広がった。


 魔法を撃つわけではない。

 それだけで、何人かは肩の力を抜いた。


 ユリスだけは、逆だった。

 発動しない。

 結果を出さない。

 なら、自分の魔法は何も起こさないのだろうか。

 それとも、発動しなくても何かがおかしいと分かってしまうのだろうか。


「測定板に現れる色は、属性および系統反応を示す」


 測定官が手元の記録用水晶板を操作する。

 測定板の縁に、淡い光が順に灯った。


「火は赤。水は青。風は緑。土は黄。光および補助は淡金色。結界および術式構造は白銀」


 赤、青、緑、黄。

 淡い金。

 そして、白銀。


 それぞれの色が測定板の縁で静かに揺れた。


「強い適性があれば色は濃く、線は長く伸びる。反応が弱ければ色は薄く、定着しにくい。なお、これは発動結果ではない。あくまで属性変換前段階の反応である」


 つまり、ここで火が出るわけではない。

 水が生まれるわけでもない。

 ただ、自分の魔力がどちらへ傾きやすいかを見るだけ。

 それを聞いても、ユリスの手は冷たかった。


「レオン・グランフィール」


 最初に呼ばれたのは、レオンだった。

 赤髪の少年は、迷いのない足取りで台座へ進む。


 測定板に手を置く。

 次の瞬間、赤い光が伸びた。

 細く、鋭く、まっすぐに。

 火属性の線が、他の色を押しのけるように測定板の外周へ向かって走る。


 周囲から小さなどよめきが起きた。


 赤だけではない。

 土の黄も、風の緑も、標準以上にはっきりと反応している。

 だが、中心にあるのは間違いなく赤だった。


「火属性反応、強。属性定着、安定」


 測定官が短く告げる。

 五段階評価はない。

 けれど、その声だけで十分だった。


 優秀。

 誰が見ても、そう分かる反応だった。


 レオンは静かに手を離し、わずかに顎を引いた。

 誇るでもなく、驚くでもない。

 まるで、当然の結果を確認しただけのようだった。


「セリア・ノルフェイン」


 次に呼ばれたセリアが、台座へ進む。

 彼女が手を置くと、測定板の色はレオンほど派手には伸びなかった。


 赤は薄い。

 青も緑も黄も、強くはない。


 だが、その代わりに、白銀の線が静かに現れた。

 細く、整った線だった。

 一本ではない。

 測定板の内側に、幾何学模様のような白銀の線が幾重にも重なっていく。

 まるで、誰かが見えない定規で引いたように、乱れがなかった。


「結界反応、明瞭」


 測定官の声が少し変わる。


「術式構造系反応……極めて安定。線の乱れ、ほぼなし」


 周囲の生徒には、その意味がすぐには分からなかったのかもしれない。

 けれど、測定官たちの目つきだけは変わっていた。


 レオンの赤は、強い魔法の色だった。

 セリアの白銀は、壊れない魔法の色だった。

 ユリスは、そう思った。


 セリアは手を離すと、いつものように静かに台座を降りた。

 ただ、その青い瞳が一瞬だけ、測定板に残った白銀の線を見ていた。


 結果に満足しているというより。

 自分の知っている何かを、確認しているようだった。


 そして、いよいよ。


「ユリス・フォルク」


 名前を呼ばれた。

 心臓が、嫌な音を立てる。


 ユリスは台座へ進んだ。

 測定板の前に立つと、指先が少し震えた。


 発動ではない。

 魔法を使うわけではない。

 そう言い聞かせても、手の震えは止まらなかった。


「手を置け。魔力を流すだけでいい」


 測定官に促され、ユリスは測定板へ右手を置いた。

 硝子のような表面が、掌の熱を吸い取っていくような感覚があった。


 痛みはない。

 ただ、自分の中にあるものを、静かに覗き込まれているような気がした。


 ユリスは息を吸った。

 ほんの少しだけ、魔力を流す。

 測定板に色が浮かび上がった。


 赤。

 青。

 緑。

 黄。

 淡金。

 白銀。


 どの色も、たしかに現れた。

 けれど、どれも薄かった。


 レオンの赤のように鋭く伸びるわけではない。

 セリアの白銀のように整って広がるわけでもない。


 色は浮かんでは、途中でほどける。

 伸びかけて、止まる。

 定着しないまま、測定板の表面で薄く散っていく。


「主要属性、すべてに微弱反応」


 測定官が記録用水晶板を見下ろした。


「突出属性なし。属性定着、弱」


 その言葉は、予想していたものに近かった。


 やっぱり。

 そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ沈んだ。


 自分は、火でもない。

 水でもない。

 風でも、土でもない。

 何かに向いているわけではない。

 ただ、どれも中途半端に触れているだけ。

 そういう結果なのだと、ユリスは思った。


 けれど。


 測定官の手が、止まった。

 記録用水晶板を見ていた別の測定官が、眉をひそめる。


「……待て」


 低い声。

 測定室の空気が、わずかに変わった。


 ユリスは反射的に手を離そうとした。


「そのまま」


 鋭く止められる。

 測定板の上で、薄く散っていた色の端が揺れていた。


 赤でもない。

 青でもない。

 緑でも、黄でも、淡金でも、白銀でもない。


 色になりきらない、灰白色の揺らぎ。


 それが、ほんの一瞬だけ測定板の中心から外れた場所に滲んだ。


 何かが発動したわけではない。

 けれど、魔力が属性へ変わる直前で、どこかへ逃げようとしたように見えた。


「属性変換前段階に、微細な歪み」


 測定官が呟く。

 その声は、誰かに説明するためというより、自分の記録を確かめるためのものだった。


「発動反応ではない。だが……通常の変換揺らぎとも違う」


 ユリスの喉が鳴る。


 発動していない。

 何も起こしていない。

 それなのに、また。

 また、何かがおかしい。


 測定官たちは短く視線を交わした。


 その横で、セリアがじっと測定板を見ていた。

 彼女の青い瞳は、レオンの赤を見たときとも、自分の白銀を見たときとも違っていた。


 驚きではない。

 興味でもない。

 もっと深く、何かを探るような目だった。


「フォルク。手を離していい」


 測定官の声で、ユリスはようやく手を離した。


 掌が冷たい。

 測定板から離れても、指先にまだ薄い膜のような感覚が残っていた。


「属性測定は以上だ」


 そう告げられて、新入生たちの間に小さな息が戻る。

 けれど、ユリスの息だけは戻らなかった。


 レオンには、赤があった。

 セリアには、白銀があった。


 自分には、何があったのだろう。


 薄く散った色。

 定着しない反応。

 そして、色にならなかった灰白色の揺らぎ。


 それが何を意味するのか、ユリスには分からない。

 ただ一つだけ、分かったことがある。


 自分の魔法は、属性でさえ普通には測れない。

 そう思った瞬間、胸の奥がざわついた。


 測定官が記録用水晶板を閉じる。


「午後より、発動測定に移る」


 その言葉に、ユリスは小さく顔を上げた。

 属性を測るだけで、これだった。


 なら。

 実際に、魔法を発動させたら。


 その先を考えた瞬間、ユリスの指先は、また少しだけ震えた。

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