第16話 属性・発動測定 ①
測定棟へ向かう廊下は、昨日までより少しだけざわついていた。
三日目。
属性・発動測定。
その日、目覚めてから、ユリスの胸の奥は落ち着かなかった。
魔力量も、制御も、理論も術式も。
どれも、自信があるとは言えなかった。
けれど、今日の測定は少し違う。
属性。
火、水、風、土。
あるいは、光や補助。
結界や術式構造。
自分の魔力が、どんな性質に向いているのかを見る測定だと、昨日の説明で聞いていた。
つまり、今日こそは。
自分が何に向いていないのかを、はっきり突きつけられる日なのかもしれない。
測定室の中央には、昨日までとは違う台座が置かれていた。
大きな円盤のような測定板。
その表面には、薄い硝子のようなものが張られている。近づくと、内側に細かな線が何層も重なっているのが見えた。
魔法陣というより、花の断面に似ていた。
中心から外側へ向かって、いくつもの細い筋が放射状に伸びている。
「これより、属性測定を行う」
測定官の声が響いた。
「本測定では、魔法を発動させる必要はない。測定板へ魔力を流し、属性変換前の反応を確認する」
新入生たちの間に、少しだけ安堵の気配が広がった。
魔法を撃つわけではない。
それだけで、何人かは肩の力を抜いた。
ユリスだけは、逆だった。
発動しない。
結果を出さない。
なら、自分の魔法は何も起こさないのだろうか。
それとも、発動しなくても何かがおかしいと分かってしまうのだろうか。
「測定板に現れる色は、属性および系統反応を示す」
測定官が手元の記録用水晶板を操作する。
測定板の縁に、淡い光が順に灯った。
「火は赤。水は青。風は緑。土は黄。光および補助は淡金色。結界および術式構造は白銀」
赤、青、緑、黄。
淡い金。
そして、白銀。
それぞれの色が測定板の縁で静かに揺れた。
「強い適性があれば色は濃く、線は長く伸びる。反応が弱ければ色は薄く、定着しにくい。なお、これは発動結果ではない。あくまで属性変換前段階の反応である」
つまり、ここで火が出るわけではない。
水が生まれるわけでもない。
ただ、自分の魔力がどちらへ傾きやすいかを見るだけ。
それを聞いても、ユリスの手は冷たかった。
「レオン・グランフィール」
最初に呼ばれたのは、レオンだった。
赤髪の少年は、迷いのない足取りで台座へ進む。
測定板に手を置く。
次の瞬間、赤い光が伸びた。
細く、鋭く、まっすぐに。
火属性の線が、他の色を押しのけるように測定板の外周へ向かって走る。
周囲から小さなどよめきが起きた。
赤だけではない。
土の黄も、風の緑も、標準以上にはっきりと反応している。
だが、中心にあるのは間違いなく赤だった。
「火属性反応、強。属性定着、安定」
測定官が短く告げる。
五段階評価はない。
けれど、その声だけで十分だった。
優秀。
誰が見ても、そう分かる反応だった。
レオンは静かに手を離し、わずかに顎を引いた。
誇るでもなく、驚くでもない。
まるで、当然の結果を確認しただけのようだった。
「セリア・ノルフェイン」
次に呼ばれたセリアが、台座へ進む。
彼女が手を置くと、測定板の色はレオンほど派手には伸びなかった。
赤は薄い。
青も緑も黄も、強くはない。
だが、その代わりに、白銀の線が静かに現れた。
細く、整った線だった。
一本ではない。
測定板の内側に、幾何学模様のような白銀の線が幾重にも重なっていく。
まるで、誰かが見えない定規で引いたように、乱れがなかった。
「結界反応、明瞭」
測定官の声が少し変わる。
「術式構造系反応……極めて安定。線の乱れ、ほぼなし」
周囲の生徒には、その意味がすぐには分からなかったのかもしれない。
けれど、測定官たちの目つきだけは変わっていた。
レオンの赤は、強い魔法の色だった。
セリアの白銀は、壊れない魔法の色だった。
ユリスは、そう思った。
セリアは手を離すと、いつものように静かに台座を降りた。
ただ、その青い瞳が一瞬だけ、測定板に残った白銀の線を見ていた。
結果に満足しているというより。
自分の知っている何かを、確認しているようだった。
そして、いよいよ。
「ユリス・フォルク」
名前を呼ばれた。
心臓が、嫌な音を立てる。
ユリスは台座へ進んだ。
測定板の前に立つと、指先が少し震えた。
発動ではない。
魔法を使うわけではない。
そう言い聞かせても、手の震えは止まらなかった。
「手を置け。魔力を流すだけでいい」
測定官に促され、ユリスは測定板へ右手を置いた。
硝子のような表面が、掌の熱を吸い取っていくような感覚があった。
痛みはない。
ただ、自分の中にあるものを、静かに覗き込まれているような気がした。
ユリスは息を吸った。
ほんの少しだけ、魔力を流す。
測定板に色が浮かび上がった。
赤。
青。
緑。
黄。
淡金。
白銀。
どの色も、たしかに現れた。
けれど、どれも薄かった。
レオンの赤のように鋭く伸びるわけではない。
セリアの白銀のように整って広がるわけでもない。
色は浮かんでは、途中でほどける。
伸びかけて、止まる。
定着しないまま、測定板の表面で薄く散っていく。
「主要属性、すべてに微弱反応」
測定官が記録用水晶板を見下ろした。
「突出属性なし。属性定着、弱」
その言葉は、予想していたものに近かった。
やっぱり。
そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ沈んだ。
自分は、火でもない。
水でもない。
風でも、土でもない。
何かに向いているわけではない。
ただ、どれも中途半端に触れているだけ。
そういう結果なのだと、ユリスは思った。
けれど。
測定官の手が、止まった。
記録用水晶板を見ていた別の測定官が、眉をひそめる。
「……待て」
低い声。
測定室の空気が、わずかに変わった。
ユリスは反射的に手を離そうとした。
「そのまま」
鋭く止められる。
測定板の上で、薄く散っていた色の端が揺れていた。
赤でもない。
青でもない。
緑でも、黄でも、淡金でも、白銀でもない。
色になりきらない、灰白色の揺らぎ。
それが、ほんの一瞬だけ測定板の中心から外れた場所に滲んだ。
何かが発動したわけではない。
けれど、魔力が属性へ変わる直前で、どこかへ逃げようとしたように見えた。
「属性変換前段階に、微細な歪み」
測定官が呟く。
その声は、誰かに説明するためというより、自分の記録を確かめるためのものだった。
「発動反応ではない。だが……通常の変換揺らぎとも違う」
ユリスの喉が鳴る。
発動していない。
何も起こしていない。
それなのに、また。
また、何かがおかしい。
測定官たちは短く視線を交わした。
その横で、セリアがじっと測定板を見ていた。
彼女の青い瞳は、レオンの赤を見たときとも、自分の白銀を見たときとも違っていた。
驚きではない。
興味でもない。
もっと深く、何かを探るような目だった。
「フォルク。手を離していい」
測定官の声で、ユリスはようやく手を離した。
掌が冷たい。
測定板から離れても、指先にまだ薄い膜のような感覚が残っていた。
「属性測定は以上だ」
そう告げられて、新入生たちの間に小さな息が戻る。
けれど、ユリスの息だけは戻らなかった。
レオンには、赤があった。
セリアには、白銀があった。
自分には、何があったのだろう。
薄く散った色。
定着しない反応。
そして、色にならなかった灰白色の揺らぎ。
それが何を意味するのか、ユリスには分からない。
ただ一つだけ、分かったことがある。
自分の魔法は、属性でさえ普通には測れない。
そう思った瞬間、胸の奥がざわついた。
測定官が記録用水晶板を閉じる。
「午後より、発動測定に移る」
その言葉に、ユリスは小さく顔を上げた。
属性を測るだけで、これだった。
なら。
実際に、魔法を発動させたら。
その先を考えた瞬間、ユリスの指先は、また少しだけ震えた。
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