5話 おぎゃるイケおじは見たくないです、まじで
あれから一日経ち、リリアと私は王都へ向かう。あなたのファンが会いたがっていると、アレンへ連絡する。彼は二つ返事で了承してくれた。当の本人は「俺のファン!?」と驚いていた。前と同じ、人が多い王都を過ぎる。学園の授業は休むらしく、女子生徒は門の前で立っていた。長い髪をツインテールにして、可愛らしいリボンまでついている。長い白のスカートを揺らしながら、本を読んでいた。歴史書が再版された解説本を、両手に抱えて。こちらには気がついていないようで、視線を本から外さない。
「リリア、大丈夫? 一応人間だから……」
「人間の子供はまだ大丈夫です。で、でも子供となんて会話すべきか……」
「うーん、あんまり無理して会話しなくて大丈夫じゃない? 小さい子苦手?」
「私サキュバスなのに教育に悪くないかな、と思って」
「あ、そういう認識なの!? き、気にしなくていいと思うよ。相手女の子だし」
女子生徒は、こちらに気が付き本を閉じる。勢いよく会釈して、髪を整えている。リリアに視線が移り、小さく目を見開く。
「カーラさん! こ、この方は……? サキュバスですよね」
「……はひっ! サキュバスですすみません」
女の子はリリアを凝視して距離を詰める。だ、大丈夫だよね??
リリアは後ずさって私の後ろに隠れる。
「こ、この子リリアっていうの」
「……」
沈黙。変わらずリリアを凝視するこの子は、見上げたまま動かない。もしかしてこの子サキュバス嫌い……? そんなことないよね。女の子が口を開く。
「すごい!!」
「「え?」」
「すごいです!! サキュバス!! 推しをオトす! 極意を! 極意を教えてください!」
さっきの本が落ちる。それに構わずリリアを輝いた目で見つめる。ま、まぁこの子がオーケーならいいのか……? リリアが嫌われなくてホッとする。なのに、少し微妙な気持ちになった。なんでだろう。
「私リーゼって言います!! 師匠! ぜひご教授願いたいです!」
「し、師匠? 私がですか?」
「はい! アレン様をめろめろにするんです! 私の、このやわらかぼでぃーで!」
そう言って女子生徒、もといリーゼは、ない胸を強調して反らす。ぼでぃーて。なんでそこだけ平仮名っぽいの? 一方リリアは、困ったように眉を八の字に曲げて首を振った。
「無理です!」
「わ、私のぼでぃーは貧弱ですか……?」
「そういうことじゃなくてですね、師匠は無理ということです! 私サキュバスですけど、いろいろ苦手なんです! 生気吸収とか!」
「そ、それでもテクとかがあるんじゃないんですか! 師匠!」
「テク……? そんなの分かってたら私はもう全種族からモテまくりなはずです! それと師匠はやめてください!」
「そうなんですね、やはり女の魅力は自信を持つことからなんですね! いや、もう師匠は私の師匠です!」
全種族からって。確かにリリア距離感バグってるけど。無自覚なのか、怖いなぁ。リリアは手をもじもじさせて、髪を梳いた。
「カーラさん、アレン様とはどこで待ち合わせなのですか?」
「アレンは、ここら辺にあるイヌ亭にいるらしいんだけど……リーゼ、それってどこかわかる?」
「イヌ亭! あれですね、ネコ亭の永遠のライバル! 犬獣人強火ファンがたくさん生産されるっていう!」
「そんな異名ついてるの……?」
そのイヌ亭を選んだアレンは、犬獣人ファンなのかな? アレンが、獣人に強火で推す? そんな印象は無いけど、もしあったら私腹筋が崩壊する自信ある。リーゼに案内されて、王都の路地裏に行く。隠れ家的な料亭なのかな? どんどん人が少なくなって、ほぼ家しかなさそうだけど。路地を抜けると、とある建物が佇んでいた。イヌ亭と書かれている、ツタが生い茂っている小さな店。暖簾をくぐって中に入ると、いろんな種族の獣人……主に犬型が働いていた。料亭というより酒場のような雰囲気だ。客は静かに酒を飲む人や、わいわいと集まる人。その中に、テーブル席で静かに何か食べてる……アレンがいた。アレンはこちらを見て手を振った。リーゼは、ガチガチに身体を強ばらせて髪を整える。
「おお! カーラ、リリア! そっちの小さい子が例の?」
「アレン、あんたまたお酒飲んでるの」
「……はひっ」
「そ、そうです! リーゼです! あなたがアレン様ですね!! あの天才ヒーラー!」
「様ァ? やめてくれよ、俺はそんな柄じゃねぇよ。でも、そうかそうか、あんたが俺のファンかぁ」
感慨深そうに髭を撫でる。まぁ、確かにアレンのファンって意外。優しいんだけどね、なんだかなぁ。私たちは、席に座ってたたずまいを緩める。
「珍しいなぁ! 今までこんな可愛らしい子供のファンなんていなかったからな!」
「あわ、あわわわ。かわ、可愛らしいっ!? そんな、私もう悔いはありません! いや、私はアレン様にかわいいと言われた事を胸に一生生きれます! 不死身です!」
「ははは、不死身かぁ。じゃあ、俺のすごさを後世に伝えてもらわないとな!」
「ぜひ! 本望です!! アレン様、どうやったらヒーラーで強くなれますか!」
皿に盛り付けられている、犬の形のケチャップがのったオムライスを、少し口に運ぶ。少し考える素振りをして、アレンは答える。
「ヒーラー? お前ヒーラーになりたいのか?」
「はい! えっと、言いにくいですが。人を癒す力でみんなに感謝されたいです! ……不純ですけどね」
「いいよいいよ、不純上等だろ! 俺だって最初は女性にモテたくて始めたんだぜ」
アレン女好きが出てるけど……。リーゼは、少し目を見開いて、えっ、と呟いた。
「アレン様って、ずっとモテてるイメージですけど……」
「俺がぁ? いやいや、そんなワケ。ははは、お前褒めるの上手いな! 褒めてもなんもでないぞ?」
そう言いつつ、アレンはポケットから飴を手渡す。嬉しかったらしい。リーゼは本当なんですけど……と呟く。飴を嬉しそうに握りしめながら。え、アレンモテてるの? まじで? 時代の流れって怖い……。
「で、強くなる方法ねぇ……。医学とか薬学勉強するといいかもな」
「そ、そうなんですか? 治癒って勝手に部位が回復するじゃ……」
「まぁそりゃそういう魔法だからな。最初からそう組まれてる。けど、上位魔法になるとあまり魔法の研究がされてないからな。自動化されてないのも多い」
「え……? だいたい魔法は自動化されてますよね?」
「それって基本の上位魔法だろ? 腕丸々生やすような上位魔法は自動化されてないぞ。だからそこで医学があれば、自分で術式組める」
アレンって天才肌? 魔法のプログラムもできるって。だからアレンはヒーラーで這い上がっているんだ。アレンは、リーゼのカバンをちらっと見る。歴史の解説本、ヒール魔法の辞典。
「医学の知識があれば、失った腕の血管や神経とかだって治癒できる。薬学があれば、解毒や空気中の毒素を浄化だって可能だ」
リーゼはきらきらとした瞳で、ノートを取り出した。勢いよくノートで書きはじめる。しばらくして、リリアが料理を注文した。おお、オムライス。今日の日替わりメニューらしい。
「だから、上を目指すならその辺勉強するといいかもな」
「わかりました!! アレン様、ありがとうございます!」
「だから、様はやめろって。……でもな。やり過ぎは気をつけろよ。お前みたいなのは頑張りすぎて倒れるんだからな」
リーゼの頭に手をぽん、と当てる。リーゼの顔がりんごのように赤くなった。
「はわわ。アレン様、一生推します!! アレン様って失敗全然しなそうですね! そんなに知識があれば、怖いものなさそうです」
一瞬、アレンが黙った。すぐに軽く笑って、表情を和らげた。
「いや、失敗なら山ほどしたぞ。取り返しのつかないのもな」
アレンの取り巻く空気が少し変わった。取り返しのつかない失敗。……あれのことか。勇者が呪われた時の。後悔を思い出して、心臓がチクッと痛くなった。アレンはもっと後悔してるだろうに。
「リーゼ、失敗は山ほどしろ。失敗は成功の元、後悔は失敗の元って言うだろ?」
「後半は聞いた事ないけど…」
こくこくリーゼが頷く。メモを取り終わったあと、小さく息をついた。ふと、運ばれてきたオムライス。リリアが、もぐもぐ食べ始めた。リーゼが、リリアの食事を見つめる。グゥ、と腹が鳴る音が。
「……リーゼ、少し食べますか?」
「食べます!」
即答。お腹空いてたんだね。リリアがスプーンでリーゼの口に運ぶ。距離感が……! リリア、少し人間に慣れてくれたのかな? よかった! リリアー、頑張れ!
「あ、あーんするんですか……? 師匠?」
「え? 何かおかしいですか?」
「い、いえ。師匠の距離の詰め方は尊敬です」
料理をリリアとリーゼで分け合って、食べ進める。ふと、リーゼが時計を覗いた。顔が青くなる。
「あ……。私、学園に戻らなきゃ。これ以上休むと、単位が」
「おお、お前学園に居るのか。頑張れよ。また会いたければ会おうぜ」
「ありがとうございます!! アレン様もお元気で!」
リーゼは本をまとめてイヌ亭を出る。最後まで名残惜しそうにこちらを見つめながら去っていった。
「学園か……。あれだよな、リパブリック」
「ん? うん。この前先生やったよ」
「なーんかきな臭くねぇか、あそこ。人間至上とか、今どきおかしいだろ。リーゼが変なふうにならなきゃいいが」
「まぁ、ちょっと変な雰囲気だよね」
頭の中で、昨日の事を思い出す。校長の、こちらを見ない態度。人間こそ至上という張り紙。
「カーラさ、今度一緒に魔族領に行かねぇか?」
「なんの脈絡? さっきまで学園の話だったよね」
少し間が空いて、髭を撫でた。食べ終わったオムライスを端に避けて、唸る。
「リパブリック学園の学長の様子がな。ちょっと調査行かないといけなくて。リパブリックの現学長が魔族を滅ぼすのを企んでるって噂があってな」
「は、はぁ? なんでそれで魔族領に?」
「噂の元の解明及び被害者の治療、だってよ」
「あ、そういう……」
「だから、ついてきてくれねぇか。カーラの魔法で手伝ってほしいんだ」
まぁ私もやることないし、ついて行ってもいいんだけど。リリアを一人残すの可哀想だし。あと、普通にめんどくさい。……いや待てよ。魔族領の素材採取できるんじゃ?
「わ、私も行っていいですか。そろそろ両親に顔を出したいとと思ってて、丁度」
「ま、まぁそれなら、行こっか」
アレンが、店員を呼ぶ。皿を片付けてもらうのを眺めている。
「魔族領かぁ。エルフに会ってみてぇな。多分アイツらからしたら俺なんか子供だろ? 年齢的に。合法でオギャれるのは気になる」
「きもちわる」
「酷いぞカーラ!」
アレンが、大声で笑ったのにリリアは肩を震わせる。ほんと爆音で笑うもんね、アレン。耳が取れるかと思ったこと何度もあるし。そろそろ帰るか、とアレンが立ち上がる。私達も席を立って、会計を済ませる。ふとリリアがポケットから、何か取り出す。手には、小さなビー玉が。
「……アレン、あげます」
「お、くれんの?」
「あなたは、比較的いい人っぽいので。飴玉戦法、真似してあげます」
「ははは、飴玉あげるのいいだろ? ありがとな」
アレンは、ビー玉を手渡されて笑った。子供からもらった初めてのプレゼント、みたいな優しい笑みだった。り、リリアが!! 初めて人間と! しかも仲良くなろうと!! もう、リリアよしよししてあげたくなる! 私は、感動でゆっくりため息をついた。
これなら、また今度アレンとリリアが会っても大丈夫だろう。
よかった、本当に。




