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番外編 名前を忘れないで!

これは魔王を倒した直後の、勇者たちの話。

王都外れのネコ亭で、人々は「勇者が魔王を倒した」と戦勝祝いを上げていた。その店内で、伝説を作った勇者が背筋をピンと伸ばしたまま、水をあおっていた。向かい側に座るガタイのいい男性、アレンが小さくため息をつく。


「魔王倒したのに、俺全然モテないの何なの?」

「あんたがモテないのはもはや運命なんでしょ」


カーラは魔王城からとってきた鉱石を指でいじりながら、アレンの肩をぺしっと叩いた。二人とも仲良いなぁ。それにしても魔王を倒したのかぁ、僕は。全然実感湧かない。ふとカーラが、僕を見て怪訝そうな顔をした。


「エイル、なんか物憂げな顔してどうしたの。魔王倒したのに」

「うん?いや、なんだか実感湧かなくて」

「それもそうよね。まさか魔王倒せるとは。だって、パーティ私とアレンとあんたでたった三人。他のパーティは四、五人なのに」

「アレンはヒーラーと戦士の二刀流だもんね。二人ともすごい強いし…」

「エイルだって強いじゃん」

「そ、そうかな?でもほら、魔王城で幹部に攻撃されたし…」


あの時のことを思い出す。僕が攻撃されて、幹部が吐いた言葉。"呪ってやる…!後悔しやがれ!" その言葉が、ずっと頭に引っかかっていた。幹部はすぐにどこかへ逃げてしまい、真意は問えなかった。いや、ただの負け惜しみ。きっとそうだ。僕は、考えるのをやめて二人を見た。アレンが、喉を少し揉みながら咳払いをしている。


「んん…?さっきから、声が出しにくいんだが」

「えぇ?もしかして風邪引いた?ちょっと、僕に移さないでね。耐性ほんとないんだから、僕」

「アレン、ヒーラーなのに風邪?治せないの?」

「意外と俺すぐ風邪引くぞ?ほら、こんなの聞かねぇか?マッチョは病弱だって」

「はぁ?マッチョなのに病弱?なんで?」

「あ、僕ちょっと聞いたことあるかも。身体鍛えすぎで免疫下がるって」

「そう!それそれ。身体が強くても病気は別腹なんだよ」


ふと、「あ」とカーラが呟いて僕を見た。な、なんだろう。


「エイル、そういえばさっきギルドで呼んでたよ、あんたのこと」

「え、なんで?僕なんかしたっけ?」

「魔王討伐したってことで依頼のランク上げるって!」

「カーラたちは?上がったの」

「上がった上がった。私たちはSランク。エイルはもっと上だって」

「そんな重要な事、なんで僕呼んでくれなかったの!?」

「エイルが混乱魔法のせいでそこら中の男女にナンパしてたから」


……男女?男にまで??ふと、今日の朝の事を思い出す。顔も知らない男の顔が近づいて──。


「どうりでいろんなところでキスされかけたのか!ちょっと、止めてよそれは!」

「ごめん、面白くて」


大きくため息をついて、席を離れる。ギルドへ行ってこなきゃ。


「行ってらっしゃい、□イル」


言葉に、一瞬ノイズが走った気がした。周りがうるさいから聞こえなかったんだろう。


「うん、いってきます」


ネコ亭を出て、暗い夜道を歩く。まだ人々が沢山歩いていて、周囲がざわめきで包まれている。人間、人間、人間。種族は人ばかりで、魔族はほとんどいない。


「…いつか、魔族も普通に歩く世の中になったら、いいな」


小さく呟いた声は誰も聞こえない。聞こえなくて、いい。今はみんな魔族が嫌いだから。ふと、喉が痛くなって大きく咳をする。


「…?僕も風邪引いたかな」


ギルドに着くと、人が何人も並んでいた。帳簿に名前を書かないといけないらしい。自分の名前を書く。しかし、文字はかすれて、線も上手く書けない。…こんな字下手だったっけ、僕。

しばらく待っていると、僕の名前が呼ばれた。


「□□ル様」


受付の人が、誰かの名前を呼ぶ。聞き取れない。多分僕じゃないはず。受付の声を聞き流しながら座っていると、受付が僕の肩を叩いた。


「□□□様…お呼びですよ」


あれ、僕の名前を呼んだ…?全然聞き取れない。この人、滑舌悪いのかな。受付の机に行くと、丸い魔法石が置いてある。僕の登録証が、映る。そこで、目の前の女性が青ざめた。近くの受付人に、耳打ちする。


「…あの、なにかありましたか」

「こ、これ見てください」


魔法石に映る、文字を見る。僕の名前の欄が、黒く爛れて読めなかった。これ、もしかして…。頭の中で、この前のことをリフレインする。幹部が言っていた呪い。何か異常の原因があるとすれば、これしかない。ふと、喉から何かが込み上げて、口に手を当てた。

手が、赤い液体で濡れていた。赤い血が、手から滴る。受付人が、僕の手を見て慌てる。僕は、その場から走り出した。ギルドを出て、ネコ亭に戻る。扉の前で、立ちすくんだ。この扉の奥には、カーラやアレンがいる。相談すれば、いいかもしれない。でも。


「これをあの二人に言ってどうするんだ」


ただ心配かけるだけだ。もし、この呪いが伝染るものだったら?もし、この呪いが治らないものだったら?あの二人に、同じ呪いがかかってしまったら、僕は。その想像をして、身を震わせた。絶対嫌だ。なら、僕がやるべきことは。

ここから居なくなること。

もしもを想像すると、背筋が冷えた。


「僕は勇者だ。みんなに迷惑かけちゃいけない」


そうだ、そうに決まってる。

ネコ亭の扉の前で、きびすを返す。王都から抜けて、誰も居ないところに。ふと、名前を呟いてみる。


「□□□」


ノイズが走って、言葉が聞こえなかった。…あれは、気のせいじゃなかったんだ。だったら、尚更だよね。二人を残して、王都を出る。ただ、そこには静寂だけが残されていた。


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