4話 勇者はある意味最弱!
周りには、貴族の服を着た人々が沢山歩いている。柔らかそうな絹の服で身を包む人間や、鉄の鎧を着た冒険者。比較的人間が多いように感じる。たまにロボットや獣人はいるけど。地龍との戦闘から数日、私とリリアは王都に訪れていた。人間たちが、路上で店をしていたり酒場などがある。ここなら、リリアも暇をつぶせるだろう。手紙に記された住所に向かっていると、大きな門が。
「こ、こんな大きいんですか、王都の学園って…?」
「ミニサイズの城みたいだね」
「なんですかその言葉のチョイス」
そこには、巨大な白作りの学園。開けた門の中には、沢山の生徒で入り乱れていた。学園の看板を覗く。王立共和学園リパブリック、と書かれている。けど、人族以外いなくない?みんな人間に見える。…何故だろう。共和なのに、多種族がいる訳ではない?学園内に入り、職員室を探す。すると通りかかった教師に話しかけらる。背中に翼が生えた…天使らしき女性だった。天使?滅多に見かけない種族もいるんだなぁ。その女性は、微笑みを浮かべる。
「…あなたが、本日の歴史を担当するカーラさんで宜しいでしょうか?」
「あ、はい。そうです、カーラです。よろしくお願いします」
「お隣の方は…、ご同行の方ですかね?見たところ、サキュバス?」
「は、はひっ、そうですすみません」
また噛んでるよ…。リリアは全種族に人見知りするらしい。前もめっちゃ噛んでたなー。
「では、同伴者の方は控え室でも宜しいですか?半日くらい居て頂くことになりますが」
半日…。リリア、そんな待ちぼうけくらってて暇じゃないのかな。この辺人間だらけなのに。私は小声でリリアに話しかける。
「リリア、大丈夫なの?お小遣いあげるから王都の街探索してても…」
「ど、どうしましょう…どちらも人間沢山いますし」
「どっちにする?それか家に帰ってもいいよ?」
「え、ええと控え室にいる事にします」
わかりました、と言って女性はリリアを連れて廊下から去っていった。後ろから白い翼が翻る。金のメッシュの入った羽根が、床に落ちる。…たしか、天使の羽根って魔法薬のレア材料じゃなかったっけ?お、落ちてるしもらってもいいよね?そそくさと羽根を拾い、ポケットに入れる。
「カーラさん?何してらっしゃるのですか」
「ひぇっ」
後ろを振り向くと、さっきの女性が私を半目で見ていた。…き、きまずい。絶対見られたよこれ…。
「す、すみません」
「…まぁ、いいでしょう。天使の羽根は珍しいですものね。ですが、自重はしてくださいね。そういう興味から私たちは狩られていたので」
昔、勇者が生きていた頃。当時、天使の身体の部位は高値で売られ狩られていた。今では法律が作られ狩られることはないけど。急に申し訳なくなってきた。
そういえば、天使みたいな希少な種族はいるのに、他の種族の生徒はいないな。
「そういえば、なんでここ人間しか居ないんですか?共和、なんですよね」
「それは、ここの教育方針のせいですの。"人間"の魔族と共和を目指す、研究の学園ですから。元より人間しかいない学園です。だから、教師は様々な種族がいても生徒は人間のみ」
「そ、そうなんですか。教師があまり見当たらないのは…?」
「あの子たちは、気まぐれなんです。休み時間なので今頃お昼寝中でしょうね」
人間だけじゃなくても良くないか…?どうしてなんだろう。教育方針はいいけど、なんだかきな臭い。女性は、またニッコリ笑った。
「そろそろ授業五分前なので、教室案内しますね」
「今更なんですけど、私先生みたいなちゃんとした話できませんよ…」
「大丈夫ですよ。当事者として、適当に話してくれればそれでいいので」
適当?先生としての責任薄い…。大丈夫なんだろうか、この学園。案内された教室には、少年少女が席に座っていた。十歳前後だろうか、子供たちがわいわい騒いでいた。子供、かわいい!あぁ、私にもあんな時があったんだろうな。ドアを開いて教室内に入ると、一斉に静かになる。
「こ、こんにちは。今日は歴史の担当するカーラです」
全員無言。静寂が、場を包む。まさか、歴史つまらないと思われてる?よくよく生徒たちの目を見る。黒い眼がきらきらと輝いて、机から身を乗り出してる。次の瞬間、ワッと歓声が上がった。
「あ、あなたが魔族たらしのカーラ!?魔法と研究好きの!!」
「あれよね、勇者パーティの研究狂!たしか歴史書に…」
「ってことは、アレン様とも面識が…?しょ、紹介してください!」
「ぽ、ぽ、ポケットに天使の羽根!!やっぱり研究狂だ!!」
質問攻めもなんとか収まった頃。
「えっと…勇者の歴史を語ればいいんだよね?当事者として。質問あったら、気にせずに訊いてね」
咳払いをして、昔の出来事を思い出す。生徒たちはこくこく頷いて、ノートを取り出した。
「まず、五十年前の魔族と人族の和平協定は知ってるよね。魔族の王が人を滅ぼそうとした末の戦争。そこで勇者のパーティは魔王を倒すために世界中を周った」
区切った所で、生徒は手を挙げて質問してくる。髪の短い男の子だった。
「はい!先生、勇者はどんな人だったんですか!歴史書には、勇者はすごい勇敢で強かったって!」
「勇敢…?今の歴史書には、そんな風に書かれてるの?」
「どんなに強い敵にも聖剣で薙ぎ払ったと…。一説には、魔王ですらも怖がらず立ち向かったって。ち、違うんですか?」
「まぁ、合ってはいるけど…。彼は間違いなく最弱だったよね」
「最弱!?じゃああの歴史書の記述は…」
「あれも一応合ってる」
「え、それではどういう」
生徒たちは、ノートに書き留めている。そんな書くことかなぁ。彼の黒歴史晒してるだけなんだけどな。生きてたら発狂してる、多分。
「たしかに剣の腕は良かった。魔法もそこそこ良い。けど、耐性がね」
「耐性?」
「そう。身体の魔法に対する耐性、最弱」
勢いよくノートを書き始めた。みんな歴史好きなんだなぁ。そういえば、勇者も歴史オタクだったなぁ。明るくて、優しいみんなを救った勇者。でも、最期はあんな…。ふと、心に影が差した気がした。
「だからさっきの記述、正確には怖がらなかったんじゃなくて、混乱魔法掛けられて錯乱した勇者が敵を見境なく倒したってのが正解」
錯乱。怖がらない、でふとリリアやアレンを思い出した。リリアはアレンにすごい怖がってたなぁ。あんなに人間嫌いで、この先大丈夫なのだろうか。ここは少しきな臭いし、早く帰りたい。人間多くてリリアも戸惑っているだろうし。
「カーラ先生!勇者って途中で死んでしまったんですよね。歴史書には細かく書いてないですけど、寿命で亡くなったんですか?なんでかちゃんと書いてないんですよ」
「──あぁ、そうだね…」
言葉を濁す。生徒は興味深そうに私を見つめてくるけど、答えにくい。
「…君たち、勇者の名前言える?」
「分かりません。歴史書には勇者とか、英雄としか」
「──□□□、だよ。聞き取れる?」
ざわ、と空気が変わった。誰も聞き取れないらしい。機械のノイズのような音の羅列。百年経った今でも、あの呪いは解除されていないようで。私は少し胸が苦しくなった。メガネを掛けた女子生徒が呟いた。
「そのノイズ…まさか、禁忌の…」
「そう。百年前、勇者が魔王を倒した直後。生き残った幹部が、名前を呼べなくする呪いを掛けた。それで、勇者は呪いに勝てず、死んだ。後世に伝わりにくくするためだろうけどね、呪いは。だから、歴史書には穴あきが多い」
呟いた女子生徒は、震え上がって目を逸らした。ちらりとノートを見る。そこには、教科の違う魔法の名前が大量に書かれている。
「そ、その幹部は倒されたんですか?」
「うん。勇者以外のアレンとか私でなんとか」
そうじゃないのは、私が一番わかってる。平然と嘘をつけることに、自分で驚く。でも、生徒に余計な恐怖を与えたくない。倒されてはいないが、百年間、残された幹部の足跡は一つもない。だから本当のことを言うのは、意味がないだろう。ふと、別の髪の長い女子生徒が、大きくため息をついた。
「…どうしたの、疲れちゃった?」
「い、いやそういうわけじゃ」
「話つまらなかった?」
「っ違うんです、アレン様が…」
「様?」
様?あのがさつで、様付けが嫌いなアレンが?そうか、アレンのイメージは五十年で随分変わったんだな。しばらく間が空いたあと、一気に喋りだした。鼻息が荒く、大きく身を乗り出した。
「アレン様ってどんな感じでしたか!?しょ、紹介してくれますか!あの、天性のヒーラー才能!なのに身体能力が高い能力値!茶色くてはねた長い髪!すごい好きなんです!ぜひお話伺いたくって!!厳つい見た目でヒーラーなのがもうダメで!!実はどんな優しい人なのかと思うと、心臓が破裂しそうです!一説によると、昔の役職は戦士だったのにヒーラーになったらしくて!ぜひ会いたい!で、で、でも私がアレン様に会うなんて恐れ多い…!」
マシンガントークを放ち、とても饒舌だ。あ、アレン…すごい人気じゃないか。よかったね。でも、実際にこの子と引き合わせたら理想を打ち砕きそうだなぁ。
「アレンも多分忙しいから…」
「そこをなんとか!!でしたら賄賂を!!」
席を立って、ポケットから何かを取り出す。茶色い、光沢のある鱗。こ、これって!
「地龍の逆鱗です!巷では一切お目にかかれない激レア品です」
「な、なんでそんなもの…」
じゅるり。餌をもらうネコのように、逆鱗を掴もうとする。しかしその鱗を取ろうとした手を避ける生徒。逆鱗!研究!
「ふっふっふ、実は今日、カーラ様に賄賂を贈るためにずっと探したのです!!一族総出で!」
「一族総出!?」
「大丈夫です、みんなアレン様推しですので!これが欲しければ、紹介してください!」
一度止まって腕を組む。アレンの苦労と、逆鱗。天秤にかけてみる。一瞬で逆鱗が圧倒的勝利。
「…わかった、今度アレンに会えるように約束を取り付けましょう」
「やった!!」
次の瞬間、女子生徒の半数が勢いよく立ち上がった。ずるいずるい、と叫ぶ声が大量に。え、アレン人気すぎない?
「アレンってそんな人気なの?」
「そりゃあ。ファンクラブできるくらいですよ」
「まじか」
ふと拡声器で授業終了の鐘が鳴る。生徒は、名残惜しそうにうめいて、ノートを閉じた。
「お疲れ様、みんな。みんなの有意義な時間になってたらいいな」
生徒から、逆鱗をもらって教室をあとにする。廊下にさっきの天使が佇んでいた。私を見た途端、壁に預けていた身体を起こした。
「授業は、どうでしたか」
「多分上手くいった…はず。そうだ、リリアのところへ案内してもらえますか」
「いいですよ。今日は歴史の授業はもう無いので。いつでもお帰りいただいて構いません」
廊下を歩いて、控え室に入る。中には困った顔で椅子に座るリリアと、学園長の名札を胸につけた老齢の男性が窓を向きながら紅茶を飲んでいた。壁には、「人間こそ至上」と書かれた張り紙。リリアは扉が開いたのに気がついて、安堵した顔をした。
「カーラ…!待ってました、早く帰りましょう」
「ん?わかった。王都の街でも見にいく?」
「いえ、早く帰りたいです」
「そこまで言うなら、帰ろっか」
リリアは学園長を一瞬見て、すぐ逸らす。学園長は、1度もこちらを見ず紅茶を啜っているだけ。それが、妙に頭にひっかかっていた。人間こそ至上、という紙。この学園が人間しかいないこと。どこかおかしい。早く帰ろう、こんなところ出て。変だと思った瞬間、周りの目線が異様な気がした。
学園を出て、私は一気に息を吐く。リリアも強ばった肩を緩めて、私の腕をとった。
「き、緊張したぁ」
「ええ、人間多くて怖かったです。もはや居るだけで嫌いです」
「最初は息してるだけだったのに!ワンランク上がってる!?」
本当に人間嫌いを克服してもらえるのだろうか。心配になってきた。ふと、後ろから走って来る音が聞こえる。カーラさーんと大声で呼びかけられる。
「カーラさん、今度アレン様に会える日作れますか!?」
おお、すごい積極的。アレンの予定、合うかなぁ。…そういえば、アレンが勤めてる教会の定休日明日だっけ。
「明日アレンの仕事場の休みだから、明日会う?」
「そ、そんな早く!?いいんですか!!」
「いいよ。アレンだいたい休みの日酒場でだらけてるだけだし」
「わかりました!明日、この学園で待ち合わせでいいですか?」
「はいはーい」
この女子生徒は、飛び跳ねて喜ぶ。明日も忙しそうだ。でも、丁度いいかもしれない。リリアとアレン達みんな会うのもいいかもしれない。リリアの人間はそんなに悪くないぞって伝えるために!二人で道を歩く。王都から出て、やっと人心地ついた気がした。
「…カーラ、変なこと考えてますよね」
「そう?私なんて考えてると思う?」
「そうですね。"あぁ、疲れた!リリアと一緒にお風呂入りたい!ぐへへへ"…でしょうか」
「そんなわけあるか!!ぐへへへって!私は変態じゃない!」




