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第7話

「あの、この絵」

 クロスは魚の絵をふり返る。

「ヌカエの絵ですよね。とてもいい絵だ」

「村長が描いたものを譲ってもらったんです」

 ヨシカが説明した。村長の描いたヌカエの鱗は虹色で、特に緑色が強かった。

「ヌカエはマホ市では古くからの縁起ものでしてね。母川回帰の魚で、海に出ても必ず生まれた川へ戻って来る。生れてすぐ、海に向かうときはにぶい灰色なんですけど、成長して川に戻って来るときは虹色の鱗を持って帰って来る。実際は太陽の光の加減らしいですけど。この村でヌカエの絵を見るとは思いませんでした」

 クロスはじっくりと絵を眺める。

「村長がよその町で聞いて来たと聞きました。失くしたものが戻って来て欲しいときに、ヌカエのものを身につけたりするとか」

 ヨシカは前にメイからそう教えてもらった。

「そう。ほかにも、遠くに行く大事な人にプレゼントしたりするんだ。必ず自分の元に帰って来ることを願って。逆に、あなたの元へ必ず帰るという意味で送ったりもする。また会いに来ます、とかね。わたしもここに来るときに上司からヌカエの指輪をもらってね。肌に何か付けるのは苦手だからいつもポケットにしまってあるのだけれど」

 オハラの指にヌカエの指輪がはめられていたことをヨシカは覚えていた。クロス達はいずれちゃんと帰るつもりがあることにヨシカは安堵した。

「わたしはふらふらする性分でね、上司にあんまり信用されていなくて。ヌカエのペーパーウェイトを送るはめになったよ。特注で金がかかった」

 おもしろく喋るクロスにつられて、ヨシカもつい、笑ってしまった。クロスは笑うヨシカを見て、ほんのりと安堵していた。そこへイオリがお茶のお代わりを運んで来ると、クロスは驚いた。

「わっ、びっくりした。すまない」

「びっくりさせるつもりはないんですけど、なんでかそうなっちゃうんです。お気になさらず」

 イオリは申し訳なさそうにした。

「その上司の命令でマツバ族に会いに?」

 黙っていたエトウが話に加わったた。クロスは思案しながらゆっくりと、エトウの方を向いて「はい」といった。エトウもクロスの方へ椅子ごと向き直ると語り出した。

「むかしむかし、そのまた大昔。このウァース国は戦だらけだった。そのうちおおきな権力は二分になった。その最後の戦いに惨敗し、潰走し、敗残したのがこの村のものたちの先祖たちだ」

「存じております」

 クロスは気をひきしめた。

「マツバ族は、ここら一帯に誇りも金も失い、人の世に疲れ切った先祖たちを受け入れ、住むことを許してくれた。キシャ山のそばに住むなど、当時の人間たちにとってはありえなかったそうだ。寿命を失くす行為にしか思われなかった。サギランを奪い、もしかしたら命までを奪ってしまう、カラ喰いが帰ってくる土地だからな。けれどそのおかげで、敵もここまでは追ってこなかった。七年に一度帰って来るというのが、まだあんまり世に知られていなかったせいかもしれん。ここが隠れ世や、遺された土地と呼ばれる由縁だろう。先祖たちの移住を許すのに、マツバ族はひとつだけ約束を頼んできたのだ。それがキシャ山にはけして入らないことだ。あそこはマツバ族の聖域だ。その約束を何千年とつないできて、わたしたちは生活している。都の人からしたら時代遅れも甚だしいだろう。否定はしない。けれどこの約束は、マツバ族とイユイ村にとっての尊厳なんだ。あなたにも立場があることは理解しているつもりだ。こんなことをいう心苦しさはあるが、もうマツバ族の彼には関わらんでおいてくれ」

 診療所に沈黙が流れる。再びクロスは思案し、できるだけ村の人間には知らせず、密かに対処しようとしていたことを打ち明けることにした。

「実は、マツバ族について調べに来たわけではないのです」

 突然のクロスの告白にヨシカ達は困惑し、怪しみ、言葉なく、クロスに揺れる眼差しを向けた。

「協力を求めに来たのです」

「協力?」

 ヨシカが聞き返す。クロスはいった。

「都からよくない者が来ます」

 よくない者とはなんだと、ヨシカが問いつめようと一歩前に出たとき、外から自分を呼ぶ声が聞こえた。

「あれ?この声、メイじゃないか?」

 イオリが自信なさげにいった。ヨシカは外へ飛び出した。馬をおりてすぐに来たのか、乗馬用のキュロットと、ひざ下までのブーツのままのメイが診療所の庭に駆け込んできた。

「メイ!戻って来たの?危ないじゃない。もういつカラ喰いの夜が来るかわからないのに!」

「緊急事態よ!さっき村長には伝え、」

 メイは外に出てきたクロスを見ると、指さした。

「なんで半月がここにいるの!」

 怒鳴るメイにヨシカはユーマのことを噛み砕いて説明しようとした。けれど、メイは待たなかった。大股でクロスにつめ寄ると、腰に手をやり睨み上げた。

「もうこっちは知っているんだからね。あんたらが、マツバ族を研究しに来たんじゃないってことを!本当はもっと物騒なことをしでかしに来たことをね!」

「ご、誤解だ!今まさに説明しようと、」

 クロスは弁解するために、メイをなだめようとしたが、メイは聞く耳をもつつもりは毛頭なかった。

「ごまかしは必要ない!もうすぐお仲間が到着するよ」

「仲間じゃない!」

 クロスは悪化する立場に必死になった。

「どういうこと?」

 なにがなんだかわからないヨシカはとまどうしかない。

「宿場で噂になってたのよ。備衛隊がイユイ村目指してるって。新聞にでかでかと載ってたからバレバレだったのよ。あのサギラン取ったトミー氏がいたからね」

 エトウは絶叫した。



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