第4話
都のマホ市は雨が降っていた。花院長であり、宰相のテンマ・モリスは、マホ中央議場堂から花院館へとつながる連絡通路を秘書の、モズミ・モバラと歩いていた。モリスは背があまり高い方ではないが、歩くスピードがとにかく早かった。モバラがモリスを追い越せたことはなく、いつもよどみない白髪の後ろ頭を眺めてばかりだった。
「モリス!」
呼ばれ、宰相はふり返る。モリスの瞳は、人を射抜く準備を常にしているような鋭さで、隙なく磨かれていた。同じ花院のアラタ・イーバが手を振っている。モリスはすぐにこやかになった。
「イーバ、偶然だな。お昼一緒にどうだい?」
「せっかくだが、約束があってね。すでに遅れそうだ」
イーバは焦る様子は見せず、豊かな腹回りを小気味よく揺らす。秘書のイッソーが腕時計を見ながら、誰がどう見ても、いてもたってもいられそうにない様子だった。
「イッソー君が可哀想だ。早く行ってやれ」
モリスが秘書のために助け船を出した。
「そうだな。ああ、そうだ。来週の議会だが、備衛隊の人員削減、賛成に流されろ。それが世論だ。世にそっぽ向かれるのは一瞬だからな。売れそうな媚びは売っておいたほうがいい。いつかの無理を通すためにな」
「参考に覚えておくよ。だから急いでやれ」
今にも走り出しそうなイッソーが、イーバを懸命に急がせ、花院館のなかにふたりの姿が見えなくなった。
「では、わたくしとランチに行きますかな?」
ふり返ると今度は樹院長のルイ・ホリーが秘書も連れず背中に手を組みひとりで立っていた。モリスは横目で花院館を見て、誰も来ていないことを確かめた。モバラは足早にホリーに近づく。
「樹院長、こんなところで声をかけられましては、誰が見ているかもわからないことですし」
モバラの言葉は丁寧だったが、口調はきつくなっていた。それでもホリーはどこ吹く風だった。
「心配ご無用。何のために変人をやっていると思っているのですか。誰かが見てもまた、嫌味をいっていると思うだけです」
ホリーはモバラのスーツの襟を直した。それをそっと嫌がるように、モバラは一歩下がった。
「モバラ。人が来たら知らせてくれ」
モリスはモバラに周りを見張らせ、ホリーの顔を見上げた。
「あなたと話すと首がもげそうだ」
モリスは笑った。
「わたくしは貴方の眼力に目がしばしばします」
ホリーは微笑を浮かべた。若いころから白髪で小柄、頬はこけていて鋭い瞳のモリス。還暦を過ぎても、白髪一本なく、背も頬骨も高い。分厚いまぶたで瞳を常に隠しているホリー。ふたりはまるでオセロみたいだとモバラはいつも思った。
「茶番は置いておいて、手短に」
モリスは要件を急かした。ホリーは気持ちモリスの方に顔を近づけた。
「最近見ないと思ったら、ワシノス隊長が第一隊を若干数連れて、イユイ村に向かいました」
モリスは正直やっとか、内心呟いた。ホリーは雨の外を見つめた。そこから見えるマホ中央議場堂前広場にはウァース国最後の王、バンスイの石像が建っている。
「バンスイ王が絶対権力の政治をやめたいと、結婚もせず、子も残さず、王族の血を途絶えさせ『永遠の最後の王』となり、今のかたちだけの王政になった。あの像を見るたびに思います。備衛隊を軍の本体に戻してはならないと」
「そうですね。そしてもっと貴族以外の政治家を増やさなければ」
モリスの言葉にホリーは少し間をおいて、頷いた。
「君のそういうところは結構好意を持っています。友人になれる立場同士だったらよかったかもしれないと、よく思う」
「わたしもそう思います。それにわたしはワシノスも嫌いじゃない。ああいうハデな男は最近いないですからな。何事も活気がないとつまらない」
「それは意外ですね。たしかに、漂流者のやることはスケールが違う。本で稼いだ金を溜めこんでいるはずなのに、身を粉にして働いているのも健気といえば、そうかもしれませんねぇ」
「宰相、そろそろ」
モバラが話を切った。モリスは手を上げる。
「では、これでわたくしは失礼します」
ホリーは微笑を凍らせたまま、背を向けて去っていった。
モリスが花院館の執務室に戻ると、椅子に座り一息つく。モバラが冷たいお茶を運んでくる。
「宰相、伝えるのが遅くなりましたが、朝、チューマから電話がありました」
「なんといっていた」
「約束は命果てるまで守る、とのことです」
モリスは興味なさそうに喉を潤した。
「金の恩義からは逃げるのは大変だからね」
「そうだといいですが。それにしてもホリー院長は不用心です」
モバラは怒りを抑えなかった。
「仲が悪いってことになっているからね。もう三年だ。あの男はずっと、宰相になりたいふりをしている」
「ほんとうにそうお思いですか、宰相。表だって責任取りたくないだけですよ。計画を止められたら、手のひら返されると考えていた方がよいと思います」
「それぐらいでいいよ」
秘書の心配をモリスはのんきにかわした。
「信用されるより、だしぬこうとか、疑われていた方がずっと気が楽だったりするんだよ」
モリスはデスクに置かれたガラス製のペーパーウェイトの魚の頭を指でつついた。




