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第3話

「今回のやつらは、カラ喰いの研究じゃなくて、マツバ族の方だろう」

 エトウが肘掛けを掴み、背にもたれると、椅子がぎしぎしと鳴いた。

「たったひとりの生存者、絶滅間近の民族。調べて記録を残しておきたいのは理解できんことでもないが、館にどれだけ居座っても、コチと言葉を交わすことさえできんだろう。無遠慮なことしでかして、やっかいごとにならんといいが」

 エトウは気がかりだった。黙っていたアンが呟いた。

「ジョウ・クロスの名前。なんだか覚えがある気がしてきたねぇ」

「あたしもちょうどそう思ったよ」

 ニカが双子の姉に同意する。

「それはいい覚えかい?悪い覚えかい?」

 エトウは不安そうに聞いた。

「複雑な覚えだ」

 アンがにんまりする。ニカが歯を見せて、心を躍らせはじめた。

「たぶん新聞じゃないかい?」と、ニカ。

「帰ったら大仕事だ」と、アン。

「ばあちゃん達の孫が、新聞溜めこむ量がえげつないって嘆いていたよ」

 孫とはユーマの担任教師のクロエのことである。

「でも、マツバ族の研究ならわざわざこの七年に一度のカラ喰いが出る時期に来なくてもいいのにと思うのが普通よね。やっぱり、きな臭い」

 ヨシカは頬杖をついて怪しみを吐き出す。

「それはみんな思ってるな」

 エトウが頷くと、おてんば双子に注意した。

「薬は朝昼晩二錠ずつ。ふたり共同じ。一回に二錠だからね。薬は沢山飲めばいいってもんじゃないからな」

「わかってるよ。じゃあ、また来月」

 と、アンがいいながら、ふたりはイオリから薬を受け取った。イオリはそのままドアを開けて外まで見送り戻ってくると、ヨシカを呼んだ。

「ヨシカ、客だよ」

 腕まくりをしていた袖を直し、手袋をはめるとヨシカは外へ出た。見ると、キツネのコクーが行儀よく座っていた。アメジストのような瞳をきらきらさせ、ヨシカのそばにくる。ヨシカはコクーの頭をそっと撫でた。

「お前は勇敢だね。ありがとう」

 コクーの首にスカーフのように薄緑の布が巻かれていた。

「コチから何か知らせじゃないか?」

 イオリがいった。

キシャ山に住むマツバ族のコチは村に下りて来ることはない。何かあれば、こうやってキツネのコクーに伝書係を任せている。けれどコクーも山から遠く離れるのはあまり得意ではなく、頑張って来られる限界がエトウ診療所であった。

ヨシカはコクーの首から布をはずした。するとコクーはすぐにキシャ山へ帰って行った。

「水ぐらい飲んでいけばいいのに」

 イオリはコクーが見えなくなると、ヨシカをふり返った。ヨシカはコチからの手紙を読みながら表情を険しくした。

「コチはなんて?」

 悪い予感を察しながらイオリはたずねた。

「キシャ山に人がはいったって」

 ヨシカの声が固くなる。

「ほらいわんこっちゃない」

 手紙を後ろから覗き込みながら、エトウは大きなため息を吐いた。

「見た目の特徴に仮面がないから半月でなさそうね。男、とだけ書いてある」

「オハラさんかな?」

 イオリがいう。

「それか三人目。ちょっと村長のところへ行って来る」

 ヨシカは手紙を片手に駆け出した。エトウとイオリは診療所のなかに戻った。イオリがドアノブをにぎる。

「郷に入れば郷に従え」

 エトウがつぶやく。

「何も気がつかないまま、早く帰ってくれればいいが」

 イオリは無言で、ドアを閉めた。


 ヨシカが村長であるコウ・ゴーダを訪ねると、すぐに出てきた。村長は玄関のドアを閉めたか、二度確かめた。ヨシカから受け取った手紙を読むと顔を苦くする。

「勝手に山には入らないでくれと、しつこく念は押したんだが……」

 村長とイオリは外見がよく似た親子だった。どんぐりみたいな目、ダークブラウンの柔らかい髪に、幼さが残った見た目に、なで型。村長は十歳若くサバを読んでも、周りは信じるだろう。イオリは隣の町の子にヨシカより年下に見られたことをこっそりと、ずっと気にしているのを隠している。

「村長、あのふもとの館にいるのは全員で三人であっています?」

「そうだ、ちょっと待っていて」

 村長は家に戻るとドアを閉めた。しばし経って出て来ると、閉めたドアをふり返った。村長は外部から村にはいるものに必ず書いてもらう記帳簿をヨシカに渡した。

「代表が、そのリヒト・オハラ。あと、トージュ・ナトリーとジョウ・クロス。例の半月」

 あだ名を村長まで知っていた。自分とイオリが知るのが遅すぎただけかとヨシカはなんとなく落ち込んだ。

「このジョウ・クロスって名前どこかで」

 村長が記憶を絞り出すために唸った。

「双子のばあちゃんも同じことをいっていた」

「そうなのかい?よくない人かな……」

 村長は不安になる。

「とりあえず、すぐに注意しに行くよ。国の仕事でマツバ族を調べに来ているんだろうけど、ここにも営みの決まりというのがあるからね」

「どうしようもなくなればコチも笛を吹いてくれるとは思うけど」

「そうだな。外からの滞在者がいるときはわたしも用心のために常に笛を身につけている。じゃあ、行ってくるよ」

 村長はまた、ドアをふり返る。

「大丈夫ですよ」

 ヨシカはできるだけ自然に、優しく伝えた。

「ドアはちゃんと閉まっています」

 村長は声を漏らし、申し訳なさそうに「ありがとう」と、いった。




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