第2話
「今日はろくでもない記事を載せてはいないだろうな」
ヨシカが診療所に戻ると、郵便受けの前でエトウが木の白い柵越しに、新聞屋のカイにいちゃもんをつけていた。
「だからね、エトウ先生。ぼくは記事を書いていませんから。町から来た新聞を届けているだけ」
カイの口は随分すっぱくなっていた。
「おはよう、カイ。先生、やつあたりもほどほどに」
ふたりの横を通り過ぎたヨシカは、かめに溜まった雨水をじょうろに移した。
「ヨシカ、おはよう。もうエトウ先生、一か月前のトミー氏がサギランの摘出手術した記事が出てから顔が合えば必ずこうだ」
カイはほとほと困っていた。
「その備衛隊のバカの名前を口にするな」
呆れ笑いをこぼしながらヨシカは『ビワの墓』と書かれた木札の上に水をやった。
「先生、カイは仕事中だから足止めしちゃいけない」
「へいへい」
エトウは新聞を脇にはさみ、まるめた頭を撫でた。カイがあっと、忘れそうになっていた伝言を思い出した。
「ヨシカ、バンバーさんが今日、頭痛がひどいから、昼の郵便お願いできないかって」
「大丈夫。行ける」
「じゃあ、そう伝えておく」
カイは自転車に乗ると次の家へとペダルを漕ぐ。
「バンバーが頭が痛いってことは、今日は雨が降るかな」
エトウが空を見上げた。
「今朝の新聞見たかい?花院のモリス宰相、人気が絶好調だ」
アン・クロエが意気揚々と喋る。今日のエトウ診療所の最初の患者は、イユイ村最高齢の双子のばあちゃん、アンとニカだった。曲がった背中からは感じさせない艶やかなグレイヘアをふたりは持っていた。アンはボブにしてウェーブをかけ、ニカはベリーショートにしていた。ふたりはアイシャドウとチークを毎日忘れることはない。
「任期は二年で、今期で五年目だよね。すごいね」
医者見習いで村長の一人息子であるイオリ・ゴーダは、エトウの隣で器具を片しながら感心していた。
「イオリ、お前さんはいつも突然現れるね。いつからいたんだい?」
「ニカばあちゃんが来る前からずっといたわよ」
虹色の色どりで描かれた魚の絵がかけられたそばのテーブルで、ヨシカは預かってきた郵便物を大まかな住所ごとに分けながら、イオリの存在を知らせた。イオリはいつものことだと諦めていて、存在に気がついてもらえなくても優しい顔がくずれることはなかった。イオリは大声を上げたりするのを村の誰も見たことがなかった。何をいわれても、何があっても、どんぐりみたいな目で誰にでも穏やかな眼差しを向ける、そんな青年だった。
「樹院長の変人ホリーとは犬猿の仲らしいな。これだけ人気に差があれば、ホリーに同情もしてしまうがな」
エトウがカルテを書きながらいった。
「おや、エトウ。同情でこのあいだの選挙、ホリーに入れたのかい?」
アンがにやつく。
「守秘義務」
カルテを挟んだファイルを閉じると、エトウはイオリに渡した。
「こんな隠れ世の村で守秘義務なんざ守ってなんになるのさ」
アンは喉を見せるほど馬鹿笑いをした。
「でも、ラジオや新聞を見ると、マホ市で投票した方が断然楽しそうだ。なんてたって、モリスとホリーが生で見られる。盛り上がるさ、ねえ、ヨシカ」
「都だったら、そうでしょうね」
ニカにヨシカは相槌を打つ。するとアンが手を叩いた。
「そう、都。あのふもとの館に滞在している都から来た男。半月」
子どもの付けたあだ名がもう、老人の耳まで届いていることにヨシカは心のなかで感心した。
「半月?」
イオリの耳には届いていなかったようで、イオリはヨシカの方を見た。
「顔の左半分を隠しているからって、子ども達が付けたあだ名。たぶん、火傷か怪我の跡を見せないためでしょう」
「ありゃりゃ、ヨシカ会ったのかい?」
ニカが驚き、心配した。
「今朝ね。名前は、ジョウ・クロス。なんかダボダボの白いシャツ着てた。しゃきっとはしてなさそう」
ヨシカは偏見を述べた。
「父さんに挨拶に来た人、そんな名前じゃなかったけど。仮面も付けてなかったし。きっちりしたスーツ着て、おしゃれな帽子かぶってて、すっごくいい靴はいてた。あれ土で汚れたら大変だよ」
イオリは話から脱線していが、すぐに戻って来た。
「オハラって名前だった。なんか猫みたいな人。感じはいい人だったけど」
「同伴者でしょう。そのオハラって人が責任者なんじゃない?」
ヨシカがいった。
「そしたらすごいよ。だって、ぼくのふたつ上だよ」
と、いうことはオハラという男はちょうど二十歳か、と簡単すぎる計算をヨシカは頭のなかでした。
「都から何人で来たの?そんなに沢山いなかったよね」
ヨシカはイオリにたずねた。
「三人だったと思うけど」
イオリは眉を下げて、自信なさげに答えた。




