第22話
「それが君のサギランだったってことか?」
「そうでしょう。もう一度食べられれば、キシャの石はわたしのからだから出るはずです」
ヨシカはブラウスのボタンを留めると、玄関へ走る。けれど、部屋を出たところでクロスがヨシカを捕まえた。
「その方法だと、君はカラ喰いに二度食べられることになる。死んでしまうかもしれない」
「死ぬか死なないか、透視の力を使えばいいじゃない。いまが使いどきだよ」
オハラがはしゃいで口をはさむ。
「どうなんだ?」
クロスは、ヨシカを掴む力を強くして聞いた。
「あなたがわたしの胸を裂けないなら、これしか方法はない」
ヨシカはポケットに手を入れる。
「それで君は死なないのか、どうなんだ!」
クロスは堪らず声を荒げた。ヨシカはクロスを抱きしめた。あまりにもふいうちの温もりに、クロスはからだを固くした。ヨシカは部屋のドアノブとクロスの手を手錠で繋ぐと、すばやく後ろにさがった。クロスは取れるはずのない手錠をガチャガチャと引っ張った。
「おい、どういうことだ!」
クロスは怒った。クロスは懸命にヨシカに手を伸ばす。あまりにも必死に。ヨシカは思わず笑いをこぼした。
「あなたいま、損得勘定していますか?」
クロスは困惑する。
「手が届いていたなら、助けていたはずです。あなたは、必ず」
クロスは込み上げる熱に、動けなくなった。ヨシカは鍵を玄関に落とした。
「ここから出ないと夜は明けない」
ヨシカがドアノブを握ろうとすると、うしろから羽交い絞めにされた。オハラだった。
「甘いですよ、クロスさん。身体検査はちゃんとしないと」
「お前、あの薬でうごけるのか!」
驚きあまり、クロスはすっとんきょうな声を上げた。
「これでも暗躍係ですから」
「やめて! 離して」
ヨシカが暴れる。
「やだ」
突然、イオリが飛び出し、オハラに体当たりをした。ヨシカはドアにからだをぶつける。イオリはオハラにしがみつき、おさえ込む。
「行け! ヨシカ!」
ヨシカは唇を噛み締め、ドアを開けて外へ出た。閉まるドアをイオリは見つめる。オハラはイオリを振り払うが、イオリはしつこくオハラの足にまとわりつき、引っ張って転ばして、不格好でもみくちゃになりながらオハラを捕まえた。
「なんで。あの子にはサギランの代わりができた。イオリ君にだって罪悪感はあるだろう?めでたいことだ」
「持っていないものにだって、選ぶ権利はある!」
イオリは生まれてはじめて怒りに声を荒げ、優しい顔をゆがめた。
「それを理由にあの子を見殺しにするの?」
オハラがイオリの怒りをそそり立たせる。
「おれの命を張ればいいならそうしてる!」
「ひとりのために特別な命を失くすのがこの村のうつくしさか?」
「誰の命も安全にしておきたい!そんなことはわかっている。これはここの共存の話だ。ここでヨシカが命を張ってコチの誇りを守らなかったら、この村のしこりになる!」
ムカエの魚に、もしもを望む父の姿がイオリの脳裏に霞む。
「ヨシカちゃんが良心を貫くとしこりはさらにおおきくなるよ。良心の呵責は善人には残酷だ。特に、君のお父さんのようなね」
オハラにはお見通しだった。イオリはそれ以上なにもいわなかった。ひたすらオハラの錘になった。外からの常盤色の光の波が消えるまで。
ヨシカはカラ喰いの前に佇んだ。月も風もない夜、奪われたものと、奪ったものの明かりだけが灯る。カラ喰いは立ち上がると、ヨシカの胸を嗅いだ。空っぽのまぶたの裏でヨシカを透かし、光を零す尻尾をふり、立ち去ろうとした。
「待って」
カラ喰いは立ち止まる。
「わたしが失ったものを返して欲しいとはいいません。けれど石は返したい」
ヨシカは両手を広げ、カラ喰いに近づく。それを受け止めるように、カラ喰いは顔をヨシカにやった。ヨシカはカラ喰いに抱きついた。途端、長い光が天まで突き抜け、はじけるように、刹那に消えた。カラ喰いは土の下へ沈んでいく。その姿が隠れきれば、夜は透き通るように消えていき、青空が一瞬に広がる。太陽の光はカラ喰いの光と違って、眩しく、目を眩ました。仰向けに倒れたヨシカは手を地面に触れないようにスカートの上に置いた。コチが転がっていたキシャの石を拾うと、ヨシカの顔を上から覗いた。コクーもそばに来たが、なでてやることはできなかった。
「カラ喰いは返してくれなくていいといったんじゃないか」
「石はコチのもので、わたしのものじゃない。泥棒は嫌よ」
コチの黒髪がなびく。
「お前が縛った男、ふもとまで引きずっておいた」
「大変だったでしょう。頭巾、だめにしてごめんなさい。タオリさんに新しい布をお願いしておく」
「助かる」
輝く誇りの石をコチは大事そうにしまうと、コクーと共にキシャ山に帰っていった。




