第23話
「ヨシカ!」
ヨシカに駆け寄ったイオリの顔はいまにも泣きそうだった。
「生きてるな?」
「生きてる。台所に手袋が置いてある。持って来て欲しい。起き上がるときに、土に手をつけるの嫌だから」
「わかった、待ってて」
イオリは玄関に戻ると、オハラとクロスの横をすり抜ける。オハラは鍵を拾うと、クロスの手錠をはずしてやった。そして、聞いた。
「なんでカラ喰いは過去を人間にあげて、未来まで手放したんでしょうね」
クロスは手錠を床に落とした。
「守りきれない未来を見るのに疲れたんじゃないか」
イオリが再びふたりの横を通り抜け、ふりむく。けれどふりむいただけで、すぐに外へ出た。
「これでよかった。あんな怪物が手放した物を、我々が扱うにしても、早すぎる」
「そうですね。でも、あの火事の日、旦那に未来が見える力があって、どっちを助けるかとなったら、どっちを助けますか?」
クロスはオハラを見た。オハラはクロスを見なかった。クロスは手を伸ばし、オハラの頭をくしゃくしゃになでまわした。
「自分の思い通りにならなかったぐらいで、ふてるな。お前もまだまだ甘えん坊だな」
オハラは面白くなさそうにクロスの手を払いのけた。
「あーあ、怒られるための電話しないと」
嫌みたらしくこぼしながら、オハラはドアに背を向けた。クロスは外に出た。
「歩けるか?」
イオリがヨシカにたずねた。ヨシカは頷こうとしたが、呻いてしまいごまかせないからだに苦笑した。
「体力全部持っていかれた感じ」
「立てそうにないな」
「指ぐらいしかね」
「わたしにおぶらせてくれないか?」
クロスが膝をつく。ヨシカはクロスを見上げた。
「村の皆さんに謝らないといけない」
イオリはヨシカに返事をゆだねた。
「お願いします」
ヨシカが答えた。イオリが立ち上がる。
「ぼくは先に戻って、皆さんの無事を知らせてきます」
イオリは走っていくのをクロスは見送りながら、笑った。
「彼が館に入り込んでいたのにはまったく気がつけなかった。有能だね」
ヨシカは嬉しそうにした。そしてクロスにぐだぐだと、不器用に、時間をかけてせおわれると、「ごめんなさい」と謝った。
「本当はキシャの石の力を使ったんです。だから、カラ喰いに食べられても死なないってわかっていました。でも、腹が立っていたんで意地悪しました。不安にさせてごめんなさい」
「君は死ぬとわかっていても返しただろうね」
ヨシカはクロスの前に腕を回した。肩にしがみつこうとしたが、力がうまく入らなかった。クロスは立ち上がる。
「それに、死なないとわかっていても、怖かっただろう?」
背中から頬でヨシカは、クロスの温もりをじんわりと感じた。
「ええ、とても」
ヨシカは満面の笑みで涙を流した。
「やっぱりホリーはカラ喰いを横取りしようと画策していたね。ミハルを味方にしといてよかった」
「そうですか」
モバラは特に驚かず、モリスに熱い茶を運んだ。モリスはそれをすぐには飲まなかった。
「あわよくば、ワシノスもホリーも出し抜いてやろう思っていたが、あわよくばは、やはりなかなか上手くいかないものだね。せっかく、サギランのない人間がいる情報が手に入ったのに」
モリスはヌカエのペーパーウェイトにデコピンをした。クロスの目をかいくぐって、緻密な計画にできなかった。秘密とは大概がずさんになるものだ。
「クロスですか?」
モリスはため息まじりに頷く。
「やはりあいつは疑り深い。頭が良く、正しい、良い子だ。質問だ、モバラ。人はいつか、後悔と罪悪感から逃れられると思うかい?」
「それができるようになったら発明ですよ。特許とりますね」
モリスは腹の底から愉快そうに高笑いをした。モバラは不気味がった。
「じゃあ、いまの任期が終わったら、わたしは引退して、発明家になろう」
「秘書が必要ならついていきますよ」
半分真面目にモバラはいった。
「頼もしいよ」
モリスはさっきデコピンしたヌカエの頭を指先で優しく押した。
「もういいんだがな」
「では、離れてみたらどうですか?」
モバラが提案する。モリスは腕を組んで、椅子ごと回る。
「子と離れるのはまだちょっとな」
「宰相、モリスさんいくつかご存知ですか?」
「知っているよ」
モリスは少し不機嫌になった。モバラは内心呆れたが、顔には出さない。
「悲しい未来をあの子から遠ざけることができたなら、手放したかもね」
まだ熱いお茶をモリスは喉に流し込んだ。




