第20話
教えたのはオハラではなく、ヨシカだった。ヨシカは自分の口から出た言葉に驚いた。なぜ自分が鍵の在り処を知っているかわからなかった。クロスは顔を渋くした。
「やはり飲ませたか。悪いが待ってくれ。こいつを縛ってからだ。抜け目なくな」
薬で動けないオハラの足も縛り、部屋の中央の柱に巻きつけてから、クロスは鍵を取った。オハラが舌を出す。
「すまない」
ヨシカに謝りながらクロスは手錠の鍵をはずした。ヨシカはクロスに支えられながら、起き上がると手首をさすった。そして冷たくいった。
「手錠と鍵をわたしにください」
クロスが驚く。ヨシカは手を出した。
「あなたの手にあったら安心できない。またいつ、拘束されるかわからない」
クロスは手錠と鍵を黙って、ヨシカの手に置いた。ヨシカはすぐにスカートのポケットにしまった。窓の外は変わらず暗い。
「これはカラ喰いの夜よね」
「そうだよ。さっきムカエギを頼りに山を登るカラ喰いを見た。石がないのに気がついたらすぐにここへ来るだろう」
「わたしはさっきまでカラ喰いの夜が見えなかった。わたしだけは朝のままだった」
「それはサギランがなかったからだろう。カラ喰いはサギランを通して、人間たちに夜を錯覚させている」
「なぜ?」
「これはわたしの勝手な考えだが、カラ喰いは太陽の下ではほぼ透明になり、見えにくいからだ。そして合図だ。決まった周期にしか現れず、人間にわざわざ自らの危険を知らせている。あれは健気で優しい怪物だ」
ヨシカはひとつ腑に落ちなかった。
「わたしに夜が見えているのは、サギランが戻ったってことになります」
「代用品が入っている」
クロスは申し訳なさそうにいった。サギランの代用品がキシャの石なことは当然、ヨシカは理解した。オハラのいったヨシカにとっていいことがあるというのはこのことだった。
「ヨシカさんを保護したと、集会所に電話をする」
クロスは部屋の外へ出た。台所の蛇口がヨシカの目に入った。ヨシカは、ふらりと立ち上がり、シンクに近づく。蛇口を捻ると、そばにあったサラダボウルに水を溜めた。手袋をはずすと、ボウルに張った水面に指先を滑らした。ボウルのなかの水が消えない。指先は濡れている。ヨシカは両手をつけて、顔の前で、水が滴る自分の手を食い入るように見た。触れる。触れている。そして憑りつかれたようにばしゃばしゃと顔を洗った。七年前に失われた感覚が嘘みたいに戻ってきた。ヨシカの目頭は熱くなる。けれど、こみ上げてくるものを必死に堪えた。蛇口の下に頭をつっこむと、びしょ濡れになる。喉が震える。シンクのふちを握りしめる。嗚咽になりそうな声を水の上に落とす。泥を吐き出すように泣いてしまいそうだった。部屋に戻ってきていたクロスは声もかけられず、ただヨシカを見守っていた。
「そんなに喜んでくれたなら、飲ましたかいがあったよ」
オハラは嬉しそうにいった。彼はいいことをしたと本当に思っていた。クロスは途方に暮れそうになるが、そんな時間はない。
「オハラ。キシャの石を飲ませたとして、カラ喰いはどうする?それが本題だろう」
「それはあの子に聞けばいい。正しい答えがわかるはずでしょ」
ヨシカは蛇口を止めると、水しぶきを飛ばしながらふりむく。
「どういうこと?」
「カラ喰いの右目は過去。左目は未来だ」
クロスが説明する。
「カラ喰いが培った自然の歴史の上に、我々人間が立っている。過去を人間に渡した証が、サギラン。左目のキシャの石は、簡単にいえば、透視ができる。あなたはさっき、オハラが手錠の鍵を隠した場所がすぐにわかっただろう」
ヨシカは知らないことが口から出た気持ちが悪い違和感を思い出す。
「ワシノス隊長の計画を隠れ蓑にして、モリス宰相は透視の力を欲しがったということだな」
「未来が正しく見える国の長。まことにいいことじゃないですか」
オハラは意気揚々としていた。
「甘い。カラ喰いが人の手におえるものだという考えが甘すぎる。ホリーさんもこのことを知っているのか?」
「あの人は、ワシノス隊長が嫌いなだけです。あと、モリスさんを出し抜きたかったのでしょう。あの人は自分の立場が弱くなるのが嫌なだけです。透視の力のことは知らないでしょうから、ご安心を」
安心という言葉からほど遠い状況だった。クロスは頭を抱えこみ、座り込んだ。
「こんな騙し討ちの馬鹿な計画が成功すると思ったか?誰も何も思わなかったのか?情けない。あの子も無理矢理巻き込んで……」
クロスはヨシカに哀れな一瞥をやる。
「で、どうする?ヨシカちゃん」




