第19話
メイは窓にぐっと目を近づけた。
「出た、カラ喰いだ」
それを聞きつけて最初に飛んできたのはナトリーだった。
「どこ!どこ!」
窓ガラスにへばりつく。村人たちもわらわらと窓に集まってくる。
集会所の前に、常盤色の光の粒子がちらちらと飛んでいた。池から這い上がるようにカラ喰いは地面の下から姿を現した。半透明に波打つように輝く頭身。はじめて見るものも、何度も見るものも息を飲んで目を見張る、闇夜を潜る厳かな生命体。神秘の先祖。
「本物の虎とどっちが大きい、都の人」
アンがミハルをせっついて聞く。
「わたしも本物の虎は見たことはありませんが、カラ喰いの方が断然大きいです。三倍ぐらいはあるんじゃないでしょうか」
メイはうしろの方からカラ喰いを見つめるワシノスにいった。
「捕まえに行かないのか?」
「メイ」
エトウがとめた。
「あまり人の尊厳を荒らすな」
メイは肩をすくめると、カラ喰いの行く先に目を戻した。ワシノスがエトウを見る。
「今、外に出て、カラ喰いに食われたら、あなたにもキシャの石が飲めるのかもしれんな」
ワシノスはドアを見る。
「それもまた、モリスやホリーの策略なのかもしれん」
ワシノスはすっかり自信を喪失していた。
「わたしには都のことはてんでわからん。だから、あなたにかける言葉はない。ゆっくり休んでくれ」
ワシノスは何も言わず窓に背を向け、椅子に座った。カラ喰いは閉じた瞳で見えない道を鼻先でさぐりながら、キシャの山へと優雅に歩き出した。メイはヨシカの身を案じた。
「ふもとの館に逃げ込めていたらいいけど」
太陽は何度も上がった。けれど夜が終わる気配はない。夜が続くのであれば、眠り続ければいい。心はそう感じていても、瞳は窓の外を映す。ドアを開けなければ。外に出なければ。そのために、目を覚まさなければ。
ヨシカは何度か瞬きをした。視界は暗く、不安定に揺れている。動こうとすれば、背中で腕が手錠で拘束されていた。
「暴れると落ちるよ」
ヨシカはオハラの肩に担がれていた。
「コチは?」
ヨシカは焦って聞く。
「洞窟の外に出しておいたよ。ムカエギの道から離れた、君達が入って来た方の外にね。それくらいの仏心はあるよ」
地獄に仏には、ほど遠い。
「山を下りてから目を覚ましてくれてよかったよ。もう着くよ」
ヨシカは歩いているのが、ふもとの館へと続く道であること、自分にも夜が見えていることに気がついた。
ふもとの館に入ると、ヨシカは床に落とされた。痛みに短く呻き、身を縮める。オハラが座る。
「カラ喰いにいうこと聞かせてくれる?」
ヨシカは黙ってオハラを睨む。オハラはめんどくさそうに頬を膨らますと、ぶっと吹き出した。
「そうなるよね。どうしようかな」
「本当にどうしようかな」
部屋の奥から聞こえた声にふたりは視線をやった。明かりのついていない部屋の濃い影から、クロスが現れた。オハラはあーあ、と思わずこぼした。
「ミハルさんが喋るかもと思ってはいたけど、なんで来ちゃうかな」
クロスは憤然たる面持ちでオハラの襟首を掴み、引き寄せると殴った。そのまま抑えつけると、注射器を出しオハラに打った。
「じきにからだが動かなくなるだろう。喋れはする」
そういって、クロスはオハラの腕をうしろで縛る。オハラは笑う。
「本の虫の引きこもりかと思っていましたけど、こういう手荒らなこともうまくやれるんですね」
「育ちが育ちなもんで疑い深いんだ。用心するには色々身につけないといけない。あの子の手錠の鍵は?」
「ズボンの右裾の裏にある隠しポケット」




