第18話
ロイの焦りが聞こえ、ヨシカはとまどった。ヨシカの瞳にはなにひとつ夜の気配を映していなかった。それでも、ヨシカ以外は空を見上げ、周りを見渡し、生々しくねっとりとした闇に染色されるカラ喰いの夜に視界を奪われていった。ムカエギの花の光は遠く、頼りにならなかった。
「あーあ、見えにくい」
快晴の下、かったるそうにつぶやくオハラを眺めながら、ヨシカは自分にだけ夜を感じられない理由をおしはかった。サギランがないから。それがいちばん妥当な原因だった。ヨシカは自分には見えない暗闇を見つめるコチの元へいくと、耳打ちをした。
「コチ、黙ったまま聞いて」
声がした方にコチが顔をやるが、ヨシカの顔が見えず、視線が定まっていない。
「腕を出して。コクーを抱いて」
コチはいわれるがまま、腕を出した。ヨシカはそっとコクーをコチの腕に包ませた。
「じっとしていて。これ、貰うわね」
ヨシカはコチの手のなかにあった頭巾をすりぬくと、ロイの前へと走った。ヨシカの気配にロイは腕をのばす。ヨシカはそれを避け、ナイフを拾うと、柄の先でロイの顎を容赦なく殴った。ロイは気絶し、背後から見事に真っ直ぐ倒れた。その音にオハラがふりむく。ヨシカはふもとの方に向けて石を投げた。少し遅らせて、ふたつ、みっつ石を今度はムカエギの方へ投げる。
「花の光を頼りに、下山する気か」
オハラは剣の先で足元を確かめながら、足を慎重に進めた。ヨシカはロイの手を頭巾で結ぶと、呼吸があるのを確かめると、コチの元へ戻った。
「カラ喰いは、ムカエギの香りを頼りに来るからこの辺りは大丈夫よね」
「ああ。それよりヨシカ、君はなんで暗闇にとらわれずに動けている?」
「わたしには夜が来てないの。きっとサギランがないせいね。おかげで助かった」
サギランがないことを感謝するのが、ヨシカはおかしくて堪らなかった。
「君にはいまも朝のままだっていうのか?」
コチは信じられなかった。
「そういうことね。これからどうしよう。オハラさんはまだ遠くへ行けてはいない。花の明かりを頼りに必ず戻って来る。じきに明かりは強くなって目も夜に慣れるはず。あの人たちはキシャの石を狙っている。カラ喰いを生け捕りにしようなんて無茶なことを望んでいる」
コチはじっと暗闇の膜が薄くなるように目を凝らす。
「あまり時間をかけたくない。山のことは感覚でわかる。洞窟の入り口はひとつだけじゃない。先回りをして奇襲をかけよう」
「ごめんなさい。約束を破って、こんなことになって。もっとどうにかするべきだった」
コチは不明瞭なヨシカに手を伸ばす。
「いまは急ごう。案内するから連れていってくれ」
ヨシカは伸ばされた手をしっかり握ると、コチを立ち上がらせた。
「行きましょう」
コチの腕を引いて、ヨシカは洞窟へ急いだ。
「光がない」
洞窟に入ると、コチが異変を察し、ヨシカから手を離す。
「光?」
「キシャの石は常にカラ喰いと同じ色に輝いている。その光が途絶えたことはない」
コチは焦燥にかられ、片腕で抱いていたコクーをそっと地面に置くと、壁つたいに真っ暗な奥へ進む。すると突然、コチの顔の前に常盤色の光が現れた。コチは安堵が先にきてしまい、警戒が遅れた。暗闇に鈍い音が響いた。
「コチ!」
「この子がロイ達の侵入に気とられている間に、先に石を盗んでおいたんだ。だから、さっき君と会ったとき、すでに俺の懐にはキシャの石があったんだよ」
常盤色の明かりに、オハラの顔が不気味に浮かび上がる。
「さすがに、石を投げた音と逃げる足音の違いぐらい聞き分けがつく。いつ夜が来るかわからないのにランプを携えていないわけもない。遺された土地の人間の心は悪意に対しての策略はない。うらやましい」
一生自分が得ることのない精神にオハラは軽蔑を含んだ羨望の眼差しをヨシカにやる。倒れたコチをまたぎ、キシャの石をオハラはヨシカの顔に近づけた。オハラはキシャの石を三本の指でつまんでいた。ヨシカはオハラを睨んだ。
「もうすぐカラ喰いが来る。ここは危ない」
「うん。だから急がないとね」
オハラはヨシカの首を掴むと壁に叩きつけた。顎を力任せに掴むと無理矢理上を向かされる。ヨシカはオハラの手首を掴み返すが、何にもならなかった。追い打ちを変えるように、オハラはヨシカの両足を踏みつけた。
「蹴られたら困るから。さっきロイを倒したの、ヨシカちゃんでしょ?純愛満ち満ちた博愛主義子ちゃんかと思っていたら、おそろしやのくわばらだね」
オハラは容赦なくキシャの石をヨシカの喉につっこんだ。オハラはヨシカが苦しさに唸るが、声を上げるのも許さず、口を手できつく抑えた。石が喉を通った。それを理解しおえる前に、ヨシカは意識を失った。




