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第12話


 願いは届かず、賭けに負けて、朝が来た。八時には集会所に人が集まりはじめていた。集会所は二階建てで、イユイ村で学校の次に大きな建物だった。それでも村人が四十人以上集まり、椅子を並べ出すと、窮屈になる。ヨシカは壁にある電話から学校に避難している人数をクロエに確認した。電話の横にはヌカエの群れの絵がミントグリーン色の川を泳ぐ絵が飾られている。電話を切るとヨシカはドアの外にいる村長へ報告しにいった。

「村長、学校にいる子どもたちと大人の人数、名簿と問題ないって」

「ありがとう」

 村長は名簿に描いた丸印を数える。

「あとはメイだけ、あ、来たね」

 メイが走って来る。今日はメイの父がふもとのムカエギの花の当番だったが、集会所の見張りを頼んでいるため、メイが代わりに行ってきた。

「たぶん午前中には咲く。あのナトリーって男、気味悪い。悪魔みたいなクマつくって、つぼみを親の仇かってくらい食い入るように見続けてる。変態だわ」

 身震いしたメイは自分のからだをさすりながら集会所のなかにはいる。村長は名簿を三回確かめて、ヨシカと集会所にはいった。ドアが閉まっているのもしつこく確かめた。

「九時にはまだ早いですが、全員集まりましたね」

 村長がいうと、足を組んで座っていたワシノスが隣に立っていたヤヒクに聞いた。

「おい、トミーは?」

「ロイが呼びにいっています」

「そうか。まあ、いい。予定より早いが、話し合いとやらをはじめようか」

 ワシノスは村の話を聞き入れるつもりも、自分の意思を曲げるつもりもなかった。村人たちの刺さる視線にヤヒクは居心地が悪そうに、刈り上げた部分を指で描いた。ヨシカはふと気になり、ヤヒクの隣にいたミハルを見た。ミハルは明らかにヨシカを凝視していた。葉脈でも観察するように、目線は下から上にいき、ヨシカと目があった。ヨシカは嫌悪の眼差しで返した。ミハルは慌ててそっぽを向いた。

「おはよう」

 クロスがヨシカに声をかけた。もちろんオハラを連れていた。

「ヨシカちゃん。お茶っておれらも頂ける?旦那のも、もらってくるよ」

「おはようございます。お茶は向こうにいる村長の奥さんに頼んでください。あと、クロスさん。なぜナトリーさんも連れて来られなかったんですか」

 クロスは困ったように肩を上げた。

「あれはわたしでも動かない」

「迷惑」

 メイは吐き捨てると、そこから離れ、村長の近くへ行く。村長がワシノスの前に来ると、ワシノスは足を組むのをやめて姿勢を正した。村長はしばらく黙ってから、口を開いた。

「ワシノス隊長。やはり、あなたたちをキシャ山に入れるわけにはいきません」

「一夜で返事が変わるとはこちらも思っていないさ。それにしても、そんなにしきたりが大事かね?」

 ワシノスは心底呆れる。

「大事ですよ」

 村長は憮然と返した。

「今、マツバ族はコチという青年ひとりだ。マツバ族は同族婚しか認められていない。なので、彼が最後のマツバ族になります」

「馬鹿馬鹿しい。くだらない」

 ワシノスは一蹴した。

「里に下りて、もっと自由に暮らしたらいい。しきたりを守ってなんになる?自分で自分の健全を押しつぶしてなんになる?それにもうひとりなんだろう?楽しく楽に生きればいい」

「わたしらもそう思うことはしょっちゅうです。コチが村で暮らしたいというのであれば、だれも反対はしない。喜んで受けいれる。それもずっと前から伝えていますが、コチは山に固執している。彼の精神が理解できているかと問われたら、できていません。里に下りて暮らせと思う。それこそ、楽しく楽になるだろうから、とわたしらは勝手に思っています。だけれど彼はそれを嫌だという。コチのこの先を決めていいのは、コチだけだ。わたし達ではけしてない。マツバ族は死んだら魂がキシャの石へいくと信じているそうです。キシャの石はマツバ族にとって、先祖代々守ってきた墓でもあります。あなたがやろうとしていることは墓泥棒です」

 ワシノスは上を向いて大笑いをした。

「墓泥棒か。それは非道だ」

「ええ。非道極まりない」

 クロスが話しに割り込んだ。ワシノスは不愉快そうにクロスから顔をそむけた。

「カラ喰いを武器にしようなんて、非道なんですよ。あの不思議な存在は、そんな風に絶対使ってはいけない。いくら自衛のためだからといって、むやみに命を食い散らかす方法を人間はぜったいに選んではならない。人類の尊厳にかけて。仮に、トミー氏がキシャの石を飲み込めたとしても、あんな全自然の神様みたいなものをひとりの人間が扱いきれるわけがない!」

 ワシノスはすごい勢いで椅子を倒して立ち上がると、胸を膨らませて、大股でクロスにせまり寄った。

「気炎を吐きやがって。非道なんていえる口か、貴様が!」

 罵声と共に、ワシノスが半月の白い仮面を小突いた。

「こんなおおげさな形相しやがって、宰相への罪悪感をあおっているお前の方こそ非道だろう。ばれているぞ、クロス。お前はカレン嬢を愛していなかった」

 ヨシカは対立するふたりの目の前にいた。クロスは表情を崩さず、何もいい返さない。

「生まれの力も、金の力もなかった裏街のふらつきのお前は、神童という理由で、貴族に持ち上げられた立場を利用して、カレン嬢をたぶらかし、婚約まで運びやがった。なのにお前は、火事で、カレン嬢を助けなかった。宰相を、選んで、助けた。宰相が死ねば、いくら娘と結婚しても成り上がれない。今までのことがパアになる。恩をきせるために、お前はモリスを、迷わず、選んで、助けたんだよ!大成功だな」

 クロスの脳裏に炎が燃える。黒い煙で何も見えなくなる。汗が背中を流れる。右にはモリスを抱えている。息が苦しい。カレンの声が聞こえる。手を伸ばす。見えない。手を伸ばしても見えないから、届かない。クロスは息を吸った。ここは酸素が吸える。呼吸ができる。心臓に巣くう悪夢を握りつぶすように、こぶしを固くする。

「成り上がりたいのはあなたも同じでしょう、隊長。部下にサギラン取らせて。なぜあなたは自身のサギランを取らなかった。死ぬのが怖かったからでしょう」

 クロスは挑発を返した。ワシノスはクロスに掴みかかった。

「なんだと、この野郎!」



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