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第11話




 ヨシカは庭の『ビワの墓』を眺めていた。エトウはほかの村人と話し合っていて、まだ戻っていなかった。

「大切な木だったのかい?」

 ふもとの館に帰る途中、必然的に通りかかったクロスが柵の外から話しかけてきた。隣にはオハラもいた。

「ええ。亡くなった母と親友だったエトウ先生がわたしの生まれた日に植えてくれた木だったんです。だけど、枯らしてしまった」

「だからわざわざお墓つくったんだ。かわいい」

 オハラの言葉にヨシカは笑うだけだった。クロスは庭を見渡した。

「広い庭なのに、他に何も植えていないんだね」

「上手に育てられる自信がないので。もうすぐカラ喰いが出るでしょう。ふもとは特に危険です。お気をつけて」

 ヨシカは離れへとはいった。クロスはビワの墓をじっと見つめて考えていた。

「どうします?あいつら素直に諦めて帰りませんよ。山のなかにはいって先回りしますか?」

 考え中のクロスにおかまいなしに、オハラは指示を仰いだ。クロスは即答した。

「それはよくない。マツバ族にばれたら、村にもばれる。たぶん、わたしたちには教えてくれない連絡手段があるのだろう。世隠れの文化を甘く考え過ぎていたようだ」

 クロスは白い柵から離れると、歩き出した。黙ってキシャ山を見るクロスの横顔にオハラはいった。

「何かひっかかっている顔していますね」

「ミハルさん」

 クロスは元上司の名前を口にした。

「あの童顔眼鏡さんですか?」

「キシャの石、それとカラ喰いの目についてのすべてをワシノスには話してはいなさそうだ。ミハルさんのことだ。禁書の背表紙の角まで読み込んでいるはず。読み落としをするようなヘボは絶対にない。故意に伝えていないんだ」

 オハラは背後に人がいないのを確かめると、声をひそませた。

「樹院のホリーの息がかかっているかもしれませんよ」

 オハラとクロスは視線を合わす。オハラはつづけた。

「ワシノス隊長の計画を知ったから、密かに協力しようと持ち掛けてきたのは、ホリー院長です。生れてからずっと偉かったような人だ。自分たちとは違う組織が権力を持つのはおもしろくないんでしょう。ワシノス隊長は貴族ではないですし。表ではモリスさんを宰相として立たせて、自分は裏であれこれ口で手回しをする。何かあれば世間に対して責任をとるにはモリス宰相だ。この現状、仕組まれているのかもしれませんよ」

「ないことはない話だな。それより、ナトリーは、五分ぐらいは寝ているのか?」

「寝てないでしょう。ほんとうにずっとふもとのムカエギを観察してますよ。今朝、村人が困った顔をしていましたよ。当番制でふもとのつぼみを確かめにきているようですね」

 クロスは今朝ヨシカが滝に来なかったのは、自分のせいだろうなと考えていた。



 ヨシカは離れの窓から、ふたりが遠くに行ったのを確かめて、音を立てずに外へ出ると裏道から村長の家まで戻った。

 走って戻ると、村長の家の前にあるイチョウの木の下に、イオリとメイが話していた。

「村長は?」

 ヨシカはふたりにたずねる。イオリは集会所の外にいる備衛隊に聞こえないようにこそこそと伝えた。

「コチに笛で村の外から客が来たことは連絡した」

「石が目的なことは直接会わないと教えられない。そんな奴らが来るなんて思わないしね」

 メイがなんともいえない表情でいった。

「ふもとにはクロスさん達がいる。あの人達は味方とはいえないし。コクーがタイミングよく来てくれたらいいんだけど」

「すまない」

 声がした方を三人は警戒心を露わにして見た。そこにはロイがいた。ロイはヨシカにたずねた。

「あのさ、さっき村の人達のうしろにいたとき、隣にいた男のこと知っているのか?猫みたいな男いただろう?」

「オハラさんのことですか?」

 ヨシカ教えれば、ロイはわかりやすく不快な表情をした。

「やっぱりオハラの野郎か」

「お知り合いで?」

 イオリが聞く。

「訓練生時代の同期だ。首席だったくせに、卒業したら入隊していない。消えたんだ。クロスといるってことは、宰相の小間使いになったってことか」

 ロイはオハラの髪の先から足のつめの垢まで気に食わなさそうに早口でまくしたてた。メイは見るからに興味なさそうにそっぽを向き、ロイがどこかへ行くのを苛立ちながら待っていた。

「おい、ロイ。隊長がお呼びだ」

 トミーがイチョウの木に手をついて、現れた。トミーはイチョウのみずみずしい新緑の葉を見上げた。

「大きく立派なイチョウの木だ。秋になったらさぞ、この庭に美しい絨毯を敷くんだろうな」

「え、ええ。とてもきれいですよ」

 声をつまらせながら、イオリは固い愛想笑いを浮かべた。

「夏で残念。カラ喰いが出るのが秋だったならば、絶景だったのにな」

 トミーは高笑いをしながら、イチョウを褒めるように木肌をたたいた。

「補佐官、行きましょう」

「ああ、そうだそうだ。急がないと」

 ロイがヨシカ達に礼をいって、トミーと集会所にはいって行った。ヨシカはイチョウを一瞥する。おしよせる残酷な未来の仮定が、ヨシカの胸に張りつめる。

「あの人たちを絶対にキシャ山にいれてはだめだ。トミーさんに石を飲ませてはいけない。ひとり残らず無事に、村から帰す」

「そのつもりよ。夜のあいだは勝手にうろうろされないように、男たちが交代で見張るって。うちの父さんが張り切っているわ」

 メイの目線の先にメイの父である、ジョージ・ヤオがクワを片手に白目をむく勢いで集会所を睨んでいた。パン屋と兼業でしている畑仕事で鍛えられたからだはヨシカとイオリから見てもいつだって頼もしかった。

「明日の朝九時までに集会所にみんなを集める。子どもたちは今日と同じように学校の方へ。クロエ先生とサリさんの奥さんたちが見ててくれるって。さっき父さんと相談してた」

 イオリが明日の手はずを伝えた。

「あいつらの目的はカラ喰いの生け捕りだ。カラ喰いが現れて慌てたあいだに、カラ喰いが帰ってしまえば、あいつらも帰るしかない」

「シンプルだけど、メイのいう通りだ。早くカラ喰いが出てくれないと、見張るのも大変だ」

「今夜中に出てくれたらいいんだけど」

 ヨシカが願う。

「はてさて、夜に夜は来ますかね」

 メイはまるで賭けごとでもしているかのようにいった。










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