第13話
「もうそこまでにしましょう!」
たまらなくなったイオリがふたりのあいだに腕を入れ、つかみ合いをとめようとした。ワシノスが驚かされたことが気に食わず、吠えた。
「なんなんだお前は!昨日から突然出てきやがって!」
ワシノスはイオリを押し飛ばした。イオリは背中から倒れて、床に頭をぶつけた。
「イオリに何するの!うちの村の大事な医者よ!」
怒鳴ったメイが近くにあったホウキをつかむと、ワシノスに襲いかかった。ほかの村人も今だといわんばかりに周りの備衛隊に飛び掛かる。
「村長が優しくしてれば、つけ上がりやがって!」
アンもワシノスの背中につかみかかった。
「都のお偉いさんだからってね、よその生活をぐちゃぐちゃにしていいわけないのよ!」
バンバーの奥さんはバケツを投げた。
「そうだ!アポなしでこんなぴりぴりした時期にぞろぞろ来やがって!」
新聞屋のカイが椅子を投げ倒し、持ち上げると雄叫びを上げた。
「やばいですぜ、隊長」
ヤヒクはワシノスを村人から救助を試みながら、慌てだす。
「丸めた新聞でぶっころしてやる!」
ニカが喚きながら、新聞をいくつも丸めだすころには、備衛隊とイユイ村の人々の取っ組み合いの嵐になっていた。
「やめろ!制服を破くなよ!高いんだよ!」
ワシノスが喚く。
「助けて!オハラ!オハラ!」
クロスが助けを呼んでいる。
「ちょっと!落ち着いて!」
ヨシカは自分が叫んだのと同時に何か聞こえ、天井を見上げた。一階の喧騒のなかから抜け出すように耳を澄ませる。はげしく床を蹴る音がかすかに聞こえた気がした。ヨシカは部屋を見渡す。トミーとロイがいないままだ。嫌な予感がヨシカを捕えた。
脱兎のごとく駆け出し、ヨシカはスカートをはためかす。ヨシカの異変に気がついたメイがワシノスから手を離す。
「イオリ!」
座り込んだままだったイオリを呼ぶとメイは、ヨシカのあとを追いかけた。階段を駆け上がり、ヨシカが二階の部屋に飛び込むと、かすかに黄色いカーテンが揺れていた。窓が、開いていた。部屋の柱にメイの父と、バンバーが口かせをされて、縛り付けられていた。
「バンバーさん!」
「お父さん!」
ヨシカはバンバーの、メイは父の口かせを下へとずらした。すぐさまバンバーが叫んだ。
「あのトミーってやつと赤毛の男が窓から逃げやがった」
「キシャ山に行ったに違いない!」
メイの父が悔しそうに歯を食いしばった。ヨシカは身の毛がよだつのを自覚した。手袋をはめた両手を握りしめた。
「イオリ、縄を解いてあげて」
ヨシカは開いた窓をカギまで閉めると、すぐさま下へ戻った。
「静かに!」
ヨシカの張り上げた声に全員が、停止した。ヨシカはワシノスを血走った眼で睨むと、短ブーツの靴底をふつふつと湧き上がる怒りを聞かせるように鳴らしながら歩いていく。ワシノスを掴んでいたカイの腕にヨシカは触れる。
「離して」
「あ、ああ……」
カイはすっとワシノスから離れた。途端、ヨシカがワシノスの制服をつかむと引き寄せた。
「あなたわざとクロスさんにひどい言葉を浴びせたのね。部下たちをキシャ山に行かせるために」
「なんだって!」
カイが声を上げた。ワシノスはヨシカをせせら笑った。
「昨日教えただろう。のどかすぎたら駄目だと」
ヨシカはまぶたを閉じて深呼吸すると、ワシノスから手を離し、腕をおろした。周りが騒めき出すとメイ達が二階からおりてきた。
「父さんたちが縛られてた。窓も開けたままだった」
メイは殺意を込めてワシノスを目で射抜いた。
「この国の未来のためだ!」
ワシノスは針のむしろのなかで正義を語りはじめた。つかまれ乱れた制服と髪を手際よく整えた。
「こんな忘れられた、研究以外で誰も寄りつかない、こんな小さな建物ひとつで村の半数がおさまるような人数なら、仲よしこよしでやっていけるのかもしれない。だが、世界は見えない世界も、すべて世界だ。国を守るというのはもっと、ずっとずーっと見えない世界の果てについても考えなければならない。とんでもない人数のことも思案に入れなければならない。古くなって錆びきったしきたりを理由に、しょうがないで終わるわけにはいかない!俺はメンツをかけてここへ来た。恨みもメンツだ。思う存分祟りやがれ!」
ワシノスは鼻を広げて肩で息をする。ヨシカは閉じていたまぶたを開いた。
「わかりました。では、勝手にわたしがふたりを連れ戻します」
小馬鹿にするようにワシノスは喉を鳴らした。
「君に何ができる?」
「できることしかやりません」
ヨシカは村長をふり向くと、手を出した。
「村長、笛を貸してください。コチに危険を知らせて、トミーさんたちをとめにいきます」
「いや、わたしが行く。この村の長だ」
ヨシカは譲らなかった。
「わたしが行くのが話は早い。てっとり早くわからせることができます。これだけ言葉にしてもだめなら、見せて納得させるしかない。コチを傷つけることになるけれど、この騒ぎをとめるにはそれがなにより早い。だから」
村長は渋った。視界に入った自分が描いたヌカエの瞳が恐ろしかった。後悔が恐ろしかった。
「わたしも行く」
メイがいった。けれどヨシカは首を振った。
「人が多いほどカラ喰いが出たとき危ない。ひとりの方が動きやすいし、もしものとき逃げやすいし、一緒に行ってはぐれでもしたら大変なことになる。心配はできるだけ置いていきたい。だからメイはここにいて」
メイは瞳を揺らし、唇をぎゅっと噛みしめた。理屈と友情は擦り合わない。
「ごめん、帰ってくるから」




