解答編2
「一見不可能と思えても、そこには隠されたヒントがあったりするもんさ。中原。教授から与えられた情報は、さっきので全てか?」
「え? は、はい。聞きこぼしはなかったはずですが」
私は急いでノートを確認しました。
「……なら、たぶんその兄弟に秘密があるな」
「秘密、ですか? それはどんな……?」
前崎さんは、にやりと口角を上げました。そして――。
「――その兄弟、実は双子だったんじゃないか?」
その大胆な仮定を口にしたのです。
「――ええっ? ふ、双子!? でも、そんなこと、教授は一言も……」
「だからあえて隠したんだろ。兄弟という説明だけでは、必ずしも双子に行き着くわけじゃないけど、双子だって兄弟には違いないからな。あの捻くれた教授なら、そういうズルい仕掛けをしてくるはずだ。――そしてこの兄弟が、容姿の似た双子だとすると、殺害のトリックも解けるんだよ」
そう言って、前崎さんは私に、気づかないか? という視線を送ってきます。
「え、えーっと、容姿が似ていることで可能なトリックって言ったら……」
私は必死に頭をフル回転させました。
「――――あっ! もしかして、変装とかですか?」
すると前崎さんは正解だというように、小さく頷きました。
「おそらく、最後に釣り人が見たという、兄の家に向かった人物は、変装した弟だったんだ」
その手があったかと、鼻息を荒くしかけた私は、しかし、すぐに疑問を覚えました。
「あれ? でも、兄が殺されたのは、弟の家から自宅に帰った直後でしたよね? その兄が弟の変装なら、本物の兄はまだ弟の家に居たんじゃ……? アレルギーで森は通れないし、いったいどうやって移動を? 不可能なような……」
「それが出来るんだよ。ちょっと仕掛けをすることでな……。とりあえず、状況を整理してみようか」
前崎さんは自らの鞄からルーズリーフを一枚取り出すと、現場の簡単なイラストを描きました。
「まず、兄の家で談笑していた兄弟は、弟の家に場所を移すために、外へ出た。この時、弟は隙を見て、隠し持っていた細いロープの片方の端を、湖の傍の杭か何かに縛り付けておく。そしてもう片方の端を、それこそ野球のボールにでも巻きつけて、湖の向こう岸に投げておくんだ。その後で、釣り人の傍を通って弟側の家に向かう」
前崎さんは、ロープに見立てた点線を二つの家の間に引き、更にフラスコ型の丸い部分を迂回する形で、対岸の兄の家から弟の家に向けて矢印を伸ばしました。
「兄と一緒に自宅に戻った弟は、隙を見て兄を気絶させる。まあ、酒を飲んでいたそうだから意図的に眠らせたのかもしれない。とにかく、意識が無くなった兄を大きなビニール袋にでも入れて口をしっかり閉じ、その袋を対岸から投げたロープを使って縛ったら、湖に落としておくんだ」
「湖へ?」
「ああ。泳げないとは言っても、気絶しているなら関係ないからな」
この点も私にとっては盲点でした。湖は絶対渡れないという先入観が、そうさせていたのだと思います。
「この時、兄の服を脱がせておくことも重要だ。変装時に必要だからな。……そして弟は、忘れ物をしたという体で、森側のルートを使って急いで対岸へ行き――」
前崎さんはイラストに矢印を加えていきます。
「――杭に引っ掛けておいたロープを引っ張って兄を回収する。この際、袋の外側に浮き輪としてペットボトルや発泡スチロールでもくっつけておけば、より簡単に回収することが出来るはずだ」
「な、なるほど……!」
「その後は、一時的に兄を監禁しておく。森を通って自宅へ戻ったら、頃合を見て奪った服に着替え、今度は左側のルートを使って、何気ない素振りで兄の家に向かうんだ」
前崎さんは矢印を書き込みながら、まるで数式を唱えるかのように、言葉を紡いでいきます。
「後は、兄を絞殺し、釣り人やキノコ狩りの目撃者が居なくなるのを待ってから自宅へ帰れば、完了ってわけだ」
パズルのピースがあっという間にはまっていくような鮮やかさに、私はただ感心してしまいました。
「ついでに弟が犯人だという証拠が見つかるとすれば、湖周辺の足跡の付き方とか、あるいは花粉かな」
「花粉……ですか?」
「ああ。弟は兄の通れない森を往復しているんだ。とすれば、その時当然、花粉が身体に付着したはずだ。よく掃ったつもりでも、ああいうのは少なからず残ってしまう。特に髪の毛なんかにはな……。その状態で兄の服を着て変装したら、どうなると思う? 服の首元や生地の内側に、花粉が付着してもおかしくはないだろう」
「た、確かに!」
私はまるで、ミステリドラマを間近で見ているような感覚になってしまいました。
「だが弟は、その服を捨てることは出来ない。兄が下着姿で死亡していれば、当然その理由が疑問視されるだろ? 服を着替えさせても同様だ。釣り人の目撃証言と食い違ってしまうからな。つまり弟は十中八九、脱いだ服を兄に着せ直したはずさ。花粉付きのそれをな」
……やっぱり前崎さんは凄いです。こうまであっさりと、そして完璧に問題を解いてしまうなんて……。
私はレポートに纏めるため、前崎さんの推理内容をノートにメモしました。こうしていると、なんだか自分がワトソンさんになった気分です。
「――ああ、それから、今回の問題には関係ないことかもしれないが――」
「なんですか?」
「いや、森でキノコ狩りをしていたという人物なんだが……それは、若狭教授本人だったんじゃないかな」
「へえ~…………って、ええっ!」
突然の事に、私は手からボールペンを落としてしまいました。机の下に転がったそれを慌てて拾います。
「ど、どうしてそう思われるんですか?」
「そもそも最初の課題が、本当にあった殺人の現場を改変したものだったっていうのが気になってな。もしかして、近い場所でそれを目の当たりにしていたことから思いついた問題だったんじゃないか、と。更に言えば、あの教授、いつも汚れたマウンテンベスト着てるだろ? その理由が、頻繁にキノコや山菜採りをしているからだとすれば、殺害現場近くの森に居た男性というのが、あの人だった可能性は充分にあると思ってな」
前崎さんは耳たぶを弄りながら、事も無げにその根拠を説明されました。
「そ、そこまで分かっちゃうものなんですか……」
前崎さんの頭の回転の速さは、ともすると、怖いくらいのものがありました。同じ人間だとは到底思えません。
「まあ、あくまで全て推測だけどな」
「……」
私はあっけに取られ、感嘆の息を漏らすことしか出来ませんでした。
「――さて、帰るとするか」
前崎さんは文庫本を鞄に仕舞い、立ち上がると、
「課題の提出、任せたぞ」
一仕事終えたといわんばかりに肩をほぐしながら、悠然と部室を出ていったのでした――。




