考察
「キミの考えはどうなんだ?」
暫くの沈黙の後、前崎さんは目元を擦りながら言いました。
「わ、私ですか? ……そうですね……まず、二十分掛かる左の道だと、十時に出発する弟が四分の一の距離まで到達した時点で、兄が出発出来ますよね? そこから二人で出会うまで歩けば、弟の出発から十二分三十秒の地点で会えると思います」
私はフラスコの形をした湖のイラストに、だいたいこの辺だろうと、メモリを打って続けます。
「――それに対して、右の道だと、弟は出発から五分で中間地点ですから、そこからお互いに距離を詰めていけば、七分三十秒で出会えます。……ただし、これはスムーズに行けた場合なんですよね。迷った場合は、十分のタイムロスをしてしまうわけですが……ここがよく分からないんですよ」
「というと?」
「いや、だって、五分後に兄が出発するわけですから、弟が森で迷っていたら、兄も森に入ってしまいますよね? もしここで兄も迷ったら、二人はどこで出会えるのか……それが分からないんですよ。タイムロスということは、森の中央で立ち往生をしているということなのか、あるいはその場所から、全く居ない状態になるのか……。仮に立ち往生をするということなら、お互いが森の中央に来た十分の時点で出会えます。でも、居ない状態になるなら、すれ違いを起こしてしまいますよね? その場合は最悪、出会えずにお互いの家まで行ってしまうんじゃないでしょうか?」
ここまで、前崎さんからの指摘は特にありませんでした。私は更に話を続けます。
「もし仮に、森の真ん中の地点に入った『瞬間』に迷うということならば、弟だけが森の中央に入って、兄にはその木々のすぐ手前――――四分五十九秒の地点で待ってもらえば、弟は十五分一秒でそのエリアを抜けられますから、その時点で出会えます。……この方法だと、会えるのは出発から十五分一秒後、森の中央を兄の家寄りに一歩抜け出た地点、ということになりますよね。……主なパターンとしては、これくらいかなと思うんですが…………」
「それで、どれを選択すべきだと?」
私は考えながらドーナツを食べ、コーヒーを一口飲んで答えました。
「うーん……やっぱり、森を通る道ですかね? スムーズに行けば、七分三十秒で出会えますから。いち早くということなら――――」
「しかし、迷う確率が九十パーセントもあるんじゃ、上手くいく可能性は相当低いんじゃないのか?」
「ええ。だからそれが分からないんです。不確定要素をどう判断していいのか……まあ、仮に迷っても、それが森で立ち往生するという意味の方だと捉えれば、十分で出会えますから、このパターンでも左の道よりは早いかなと思うんですけど……」
すると前崎さんは、悩む私を見て、大きくため息を吐きました。
「キミは物事を深く捉えすぎだな」
真剣に考えていたことを馬鹿にされた気がして、思わず眉間に皺が寄りました。
「そんなこと言われても……じゃあ、前崎さんは分かったんですか?」
すると前崎さんは、普段の冷めたような表情を一切変えずに、頷きました。
「ああ。一瞬で」
「ほ、ホントですかっ! いったい、どのルートを?」
「その前に、だ」
身を乗り出しかけた私でしたが、その眼前に、前崎さんの手の平が向けられました。
「――先ほどのドーナツなんだが、キミは何個買ってきたんだ?」
「は? な、なんですか急に……」
私は嫌な予感がして、視線を逸らしました。
「キミはオールドファッションドーナツとチョコレートドーナツ、どっちにするかとは言ったが、何個あるとは言わなかったよな? そしてドーナツの入っていた箱もまだ捨てていない」
「そ、それは…………ううっ」
やっぱり前崎さんは鋭い人です。
前崎さんが選ばれると予想したオールドファッションドーナツも食べてみたかった私は、全部で三個買ってきたのでした。さり気なく隠していたのですが……どうやらこれを渡さないと、話を先には進めてもらえないようです。
私は諦めて肩を落としました。
「わ、分かりましたよ、もう一個あげます。だから、答えを教えてくださいっ」
「ん? そうか? 別に催促したわけではないのだが、まあ、キミが食べないのなら頂こう」
などと、前崎さんは白々しい言い訳をします。私は涎が垂れそうになるのを我慢して、前崎さんのお皿に最後のドーナツを置きました。
「そ、それで、答えはどっちのルートなんですか? 左? 右?」
「……簡単だ。それは――」
固唾を呑む私に、次の瞬間、前崎さんは予想だにしない事を口にしたのです――。




