戦隊のおしごと 「結」
ぎゅあああああああああああおう!
一際高い鳴き声にそろりと目を開けると、いきなり視界がぐるんと回った。
衝撃吸収やら水平を保つ機能やらを無視するような唐突な揺れに、思わず両手を壁に突っ張って身体を支える。
どうやら、レッドが轢かれて例の腕輪の再生機能がまたもや発揮されて、結果彼の奉公期間が更に延長されるのではないかというのは杞憂で、接触寸前に子竜は急ブレーキを掛けたらしい。
子竜はそのまま思惑通りに方向転換をして、逃げ出したってところだろうか。
「あ、まて! そっちじゃなくてっ!」
しかし戦隊の意図するのとは違う方向に行きそうになったようで、あわてたレッドがまた立ちはだかった。再びの急停止、方向転換。ひぃぃ、酔う、これは酔うっ!
こうなっては仕方がない。どうせ外からは見えてないんだから、体裁は気にせずなるべく楽な体勢をとろう。
私は嵐に揺れる小船のような珠の中で、四苦八苦しつつも身体を丸めて横たわることに成功した。ころん、と傾いた視界にブラックの姿。
あぁ、こんな滅茶苦茶な動きにもちゃんとついてきてくれてるんだぁ……。
なんだかほっとして、私は、目を閉じた。
と、このまま意識が遠のいてくれたらサイコーなんだけどなぁ!(ははは……)
目を閉じたからと言ってそう簡単に眠ってしまえるわけもなく、外の大騒ぎは嫌でも耳に飛び込んでくる。
「こらっ! あっちだって、あっち!」
ぎゅぴいいいいいいいい! ぎゅぴいいいいいいいい!
悲痛な子竜の叫び声が、母親を呼んでいるように聞こえてきた。
……身体に傷はつかなくても、このできごとはこの子にとってトラウマになるに違いなかろう。
何回かの急停止、急発進を繰り返した結果、子竜はやっと「南側にある廊下」へ逃げ込んでくれた。もう、私はヘロヘロです。早くタスケテ。そして冷たいお水をください。
「おそい! レッド、なにやってるの! 予定時間オーバーしちゃってるじゃない!」
「だ、だってコイツがさぁ……」
目を開ける気力はもうない。ホワイト、お説教はこの際いいからさ、とにかく、は、はやく……。(うっ)
ぎゅるるらる~、ぴぎゅ~~~
子竜が一層哀しげな声をあげてもがく気配が伝わってきた。そして無情のタイマー音が鳴り響く。
ぴこん、ぴこん、ぴこん
「あ、もうもたないよ! 5、4、3……」
「仕方ないわね。レッド、もう一回後ろに回って追い立てて。ブラック、すれ違いざまに叩き落して!」
「わ、わかった!」
お返事はレッドのものしか聞こえなかったけれど、きっとブラックは頷いたんだろうな、と脳内補完しておく。そうでなきゃ困る。
「そっち行ったぞー、ブラック!」
「はぁっ!」
いつ聞いてもなんとなくダルそうなブルーの合図に答えるブラックの、やけに気合の入った声。
かきいいいいん
すごい衝撃が玉、というか私を襲った。同時に、新鮮な空気の流れと、浮遊感。
……あ、コレ、生身で落ちてるね、私。
私には悲鳴をあげる体力も残ってなくて、ただ本能で、空にむかって右手を伸ばした。
「っ! 盛沢っ!」
珍しく、切羽詰まったようなブラックの声。私の手を掴む手。ガクン、と右手に体重がかかって肩が痛んだ。でももう、うめき声すら出ない。アハハ、どうとでもなるがいい。
とにかく、もうダメ、もうムリ。口開いたらヤバいことになりそう。これは乙女の一大事だ。あ、ちょっと涙でてきたかも。
悲しげに鳴く子竜の声が響く中、私はブラックに抱きかかえられて地面に着陸した。
「盛沢、しっかりしろ!」
目を開けようともしない私を心配したのか、ブラックがぐっと私の上半身を揺する。やめ、やめてええ! 振らないで! なるべく丁寧に、地面に寝かせて!
そんな苦情を言う気力などもちろんなかったので、私はブラックの腕を掴み、できる限りそっと首を振った。途端、はっと息を呑むような気配がして彼の腕に力が入った。
なんちゅー心配性な男だ。いや、お気持ちはありがたいんだけどさ。でも、もう私の心配はいいから早く戦線復帰してあげなよ。戦隊唯一の実戦向き隊員なんだしさ。
「ブラック! 気持ちはわかるけど手伝って! 早く終わらせて、休ませてあげなきゃ」
ほらみろ、怒られた。
ブラックは今度こそ私を地面に横たえて、そしてなぜか私の目元を指でぬぐい「すぐ戻る」とかすれたような声で言って離れて行った。
……うん、あの、あなたの声、低くてとっても素敵なので、不謹慎にもトキメキましたよごちそうさま。
私は横たわったまま、そっと右頬を地面にくっつけた。
……あぁ、ひんやりしてきもちいい。もういいよ、服が汚れようが顔に泥がつこうが髪に埃と砂利が入り込もうが、今はどうでもいい。酔ったせいで発熱したこの身体を冷やすのが先だ。後の事は後で考えよう。(すりすり)
私が熱を冷ましている間に、いつの間にか上空では戦い(?)が終わりつつあった。やはりブラックをメインに据えると指示を出しやすいのか、ホワイトの声にもキレが戻っている。
「今よ! ブルー、レッド! ケージをかぶせちゃって! ピンク、蓋閉めてっ!」
「「「らじゃ!」」」
ガンガン、がこん、ドカン、がっしゃ~ん、という、何かの解体工事のような音がして、子竜がぴいいいいいい、と鳴いた。
「や、……った?」「やったっぽい」「ちゃんと閉めたよ~」「よくやったなう! さすがワタシの選んだチームなう!」
どうやらなんとか捕獲成功したようだ。よかったよかった。
約一匹、隠れてたくせに今更出てきて、自分の手柄みたいに褒める毛玉の声がしたような気もするけど。もう怒る気力さえ沸かない。戦隊のみんなも、きっとこういう気分なんだろうな、ホワイトを除いて。
さぁ、終わったのなら私を早くおうちに連れて帰って。そして綺麗な場所で眠らせてください。は、そのまえにシャワーか! ベッド汚れちゃうし。
具合が落ち着いてきて、気だるさのままに眠ってしまいたいなぁ、という気持ちと戦う私の頭の傍に、誰かが膝をつく気配がした。うっすらと目を開けると、変身を解除した竜胆君が眉をしかめてこちらをのぞきこんでいるところだった。
その顔が3月のあの時のようで、私はふっと笑ってしまった。思わず頭を撫でたくなって手を伸ばすと、ぎゅっとその手を握り締められた。
「……すまない」
ナニガ?
悪いのは全てあの毛玉だというのに、一体なぜ彼が謝るのだろうか。アレか、「守れなくて、ゴメン」的な? そこまで面倒見てくれなくていいんだけどなぁ……。彼は無駄に私をか弱いと思いこんでるフシがあるからなぁ。
どう反応を返したものかと思案しているところへ、他の戦隊の面々も集まってきた。
「盛沢さん、だいじょうぶ? まったく、なんてことするのかしら」
「ひでー目にあわされたなぁ……」
根岸さんと福島君が、気の毒そうに私を見たあと、例の珠の残骸を漁っている(カメラ回収する気だな、あのヤロウ)ケセラン様に視線を移す。うん、わかってくれて何より。
「大変だったね。あ、顔、汚れちゃってる」
竜胆君に再び抱き起こされた私の顔を、水橋さんがハンカチで拭いてくれたので、私はようやく出るようになった声で、「ありがとう」とお礼を言った。
ほんと、みんなには余計な手間を掛けさせてごめん。見捨てないでくれてありがとう。
「あとは俺達がやっとくからさ。宗太、盛沢送ってやれよ~」
ケセラン様になにやら小突かれつつも、中山君がひらひらと手を振り、竜胆君はそれに頷いて私を抱き上げた。……あのぅ、恥ずかしいんですけど。
肩を貸してくれれば歩けるから、という私に「大丈夫だ」と首を振って、彼は転送装置らしきものを発動させた。
そっか、一瞬でついちゃうんだ? じゃぁ、少し重いかもしれないけど、甘えちゃおっと。
転送の瞬間、最後に振り返ると、ケージに入れられた子竜がまた悲しげに鳴いてこちらに手を伸ばした、ような気がした。
……ばいばい。
2巻表紙、できました。
ブログ「チェシャ猫はニヤリとわらう。」
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