第5話 最短ルートを走れメロス
感情を爆発させたところで、何も変わらないと悟ったメロスは、方針を変えた。
「感情論はもう、やめだ。合理的に行く」
地面に木の枝で図を描き(次のループでは持ち越せないと分かっていても)、メロスは、これまでのルートと所要時間を、頭の中で徹底的に分析し始めた。
氾濫回避の最短ルート。
山賊との戦闘を避ける迂回路。
体力を温存するペース配分。
「よし、これが最速ルートだ」
メロスは、まるで競技者のように、洗練された走りで街道を駆け抜けた。
「無駄な動きは、一切しない」
呼吸のリズムまで計算し、坂道では歩幅を変え、下り道では最大限に加速する。
「これぞ、真の最短経路だ」
自分でも惚れ惚れするような、完璧な走りだった。
途中、追い剥ぎに遭遇したが、戦わずに逃げるルートを選び、時間のロスを最小限に抑えた。
「戦闘は非効率。回避が正解」
刑場までの到達時間は、これまでの記録を、大幅に更新した。
「今度こそ!」
だが、最短記録で市の門へ辿り着いた瞬間、けたたましい鐘が鳴った。門前の厩で火が出て、兵たちが通行を止めていたのだ。
「は?」
火そのものは大きくない。だが、煙と逃げ惑う馬で門は塞がれ、誰一人として中へ入れない。
メロスには、もうただの不運とは思えなかった。
「川を避ければ崖が崩れる。遠回りを覚えれば別の追い剥ぎが出る。最速で来れば、今度は門が塞がる……」
メロスは、膝から崩れ落ちた。
未来を知って先回りするたび、その先で別の何かが待ち構える。まるで、この三日間そのものが、近道を許していないかのようだった。
門がようやく開いた頃には、陽は沈んでいた。遠く刑場の鐘が鳴り、世界が、また白く塗りつぶされた。
気がつけば、また羊小屋の中だった。
メロスは、乾いた笑いを漏らした。
「最短ルートを極めるほど、ゴールの方が逃げていくのか」
これまでの努力の全てが、根本から否定された気がした。だが同時に、ひとつの疑念が残った。間違っているのは走り方ではなく、「正解を攻略しよう」としていること自体なのではないか。




