第8話 モブA、SS級と出会う
「ヒャッハーッ! どこから現れやがった、クソチビ!!」
魔族チンピラAが怒号をあげてきた。
住処に警笛が鳴ると、腰に携えていたマチェットナイフを取り出す。
もう一人門番をしていたクールな山賊Bは、弓矢を洗練された動作で構えて、気がついたときには矢を番えていた。どちらも相当訓練された動作でただものではないことがわかる。
俺は感動していた。
普通の山賊であれば、ここまで素晴らしい手つきで行動は起こせない。
暗黒領域で山賊をやっているということはつまり、屈強な戦士や冒険者、騎士を相手に物品を巻き上げて生計を立てている連中である。狩られる側は実力者ゆえに、所持する物品は相当高価なものなのだろう。いわゆる、富裕層向け山賊とでも定義しようか。ないしは落ち武者狩りのように、死体の剥ぎ取りで生計を立てている可能性もある。実際、そこら中に転がっている死体は身ぐるみ剝がされていることも多い。
だからこそ、これからの戦いには期待したい。
はたして、暗黒領域で生計を立てる彼らが一体どれほどの強さなのか。
「ちょうど新しい力を試してみたいと思っていたんだ。ついでに金策問題解決なんて一石二鳥で最高だ」
嬉しくてつい笑みを浮かべていた。
身長よりも大きな黒剣に巻いていた布を取り、慣れ親しんだ剣を取り出す。
できるだけ楽しむために、山賊に強さを悟られてはならない。なのでできるだけ脱力し、強者の動作を抑えることにした。もちろん魔力の偽証もしているので、山賊Aは俺の強さに気がついていない。少なくとも、彼レベルには悟られないと知って安心した。
「クソ餓鬼が、どうやってここに来た!? ここは暗黒領域の深層……レベル5だぞ!?」
山賊Aが感情に任せて一歩踏み出す。
俺に向かって先制攻撃をしようと武器を構えた。
そのとき、背後から大きな人影が現れた。
住処の入り口を潜るように、見るからに屈強な男が現れた。彼はどうどうと言い包めるように山賊Aの肩に手をおいて静止し、ちらりと俺の方を見る。その視線を見て、俺は喜んだ。
俺の魔力の偽証に対して、疑念を抱いている視線だった。
「ザコーダ、止めておけ。お前死ぬぞ?」
「ゾヴァエルさん? なに言ってんっすか? こいつは見るからに雑魚――」
山賊Aが言いかけた言葉を遮るように、屈強なその男は拳骨をいっぱつかましていた。
頭から物理的に湯気が出ているので、相当な威力だったのだろう。
「いつも言っているだろうが。敵を知るには、所作を知れ――と」
男はそういうや否や、山賊Aの頭をぐっと押し込み謝罪をさせた。
屈強な男は相当信頼をされているのか、さっきまでヒャッハー言っていた山賊Aがすぐに静かになっていく。
「すまんな、うちの若者が失礼した」
「別にいいよ、どうせみんな倒すつもりだったし。でも……君はなかなか楽しめそうだ」
山賊にしては礼儀もあって、魔力の偽証にも勘づいている。
思わず俺はその男の動作を見てにやついていた。
わざわざ強者としての所作を押さえていたのに、彼は俺の強さ――その違和感に気がついている。口ぶりからして完全に把握できているわけではないようだが、それでも勘ぐっているのは大したものだ。強さのゆらぎに気がついたのだ。
だからこそ気になる。
彼がどれほどの強者なのか。
「見た目は子供だが、さぞ名のある剣士とお見受けする。名前をお聞きしたい」
「礼儀のある山賊は新鮮でいいね。俺の名前は…………」
そこまで言って、俺の思考はぴたりと止まってしまった。
この世界に生まれて十二年。
まともに人と話す機会など一度もなかった。
ワンコか魔獣か、暗黒騎士か、そこら辺に転がっている死体としか接して来なかった俺には――名前が無い。
どうしよう。
「ま、まあ……あとで考えるわ」
その回答に、男はぽかんとした表情を浮かべていた。
それでもすぐに思考を切り替えたのか、背中に携えていたバスターソードを取り出して、見事な構えを見せてくれた。
「ここにはなに用で来た?」
「お金がほしくてさ。ちょっと融通してもらえない?」
「申し訳ない。ここにある金は渡せない事情があるんだ、オレたちの命に係わる問題でな。別の場所を当たってくれると助かるんだが」
その問答ですべてを理解したのか、男は別の場所に行ってくれといいつつ、流麗な動作でバスターソードを一層深く構えていた。実に素晴らしい構え方だ。
だが、彼の言う通りだ。俺たちの意見は食い違っている。
俺は金が欲しくてここにきた。山賊には容赦しない。
彼はここにある金を渡すことができないと言った。
それだけで、彼には十分だったのだろう。
彼にとって、俺はただの子供ではなく排除対象に――このとき変わったのだ。
「ザコーダ。オレが死んだら亡骸はあの湖にでも撒いてくれ。死ななかったら、一杯やろう」
「ゾヴァエルさん!? 何を言って……」
「いつぶりだろうな……敵の底が見えないなんて。笑っちまうよ、あんな子供なのにさ」
哀愁とも、観念とも捉えられる表情を最後に、ゾヴァエルという男はじりじりと間合いを詰めてくる。それに合わせて俺も黒剣を構える。
「煌重流剣柔術――剣王、ゾヴァエルだ」
名乗りを上げたゾヴァエルを見て、かっこいいと思った。
俺もやってみよう。
「玄流剣神術――皆伝……以上だ」
その名乗りを合図に、まずは動作による応酬が始まった。
剣先の角度を変え、足の位置を半歩ずらし、重心で移動方向を模索し合う。
彼のその所作を見て、俺は「もいったいない」と思っていた。
暗黒剣神に出会う前の俺であれば、ただただ称賛をしていただろう。
だけど、間合いという概念を克服した俺にとってみれば、それらのフェイントや間合いの探り合いは――実にもったいない動作なのだ。いまは付き合っているが、ただのお遊びにしか思えない。子供のチャンバラごっこを見ている親の気持ちになっている。
俺は特に構えることなく、堂々と前に歩いていく。
ただ歩く。
剣の腹を肩に乗せながら、構えることなく悠々と歩いていく。
「ゾヴァエルさん! こんな舐めたガキ殺っちまって……え??」
山賊Aが呑気に歩く俺を見て勝利を悟ったのか、嬉しそうに仲間のゾヴァエルの顔を見る。しかし彼の視界に映っていたのは、額に冷や汗を流し、目をこれでもかと見開き、半ば諦めたように口角を上げるゾヴァエルの姿だった。
信頼のおける仲間が、剣を交える前に諦めていたのだ。
「ザコーダ……亡骸は頼んだぞ。オレはここまでみたいだ」
最期の言葉を言い終え、ゾヴァエルは足を大きく踏み込んだ。
俺が間合いに入った瞬間に、バスターソードを振り下ろしたのだ。
剣圧で地面に浅くない切り込みを作ると同時に、俺の頭上から強烈な荷重が降り注いできた。巨大な重力、僅かに銅像でも圧し掛かったような感覚だ。
立て続けに、ゾヴァエルは剣を振り抜く。
次は剣身から不可視の刃が解き放たれ、風切り音を立てながら俺に迫ってくる。
飛んでくる轟音を鳴らす刃。
俺はそれをゆっくりと観察しながら、その刃の腹に手を添え、流水のごとく後方へと受け流した。受け流した先にある岩場はぱっくりと割れ、さらに先にある木を何十本もへし折っていく。
威力は申し分ない。
だが、やはりもったいない。
彼はまだ魔力の神髄、間合いの可能性を理解していない。
間合いに囚われているのでは、それ以上の高みに上ることはできない。
せっかくの機会だ、ほんの少しレクチャーしてあげよう。




