第9話 SS級魔族、指導してみる
俺はゆっくりと後ろに歩いていき、あるところで足を止めた。
「君の間合いはここかな? ここから僅かでも進めば君の間合いだ」
その言葉に彼は驚愕していた。
それもそのはずだ。彼が先ほど攻撃を繰り出したのは、距離にして十メートルほどの距離だった。しかし今の俺は彼との距離をその倍以上開けている。
つまり、彼は命がかかったこの状況でさえ、相手に偽の情報を掴まそうとしていたのだ。
オレの間合いは十メートルだ、と。だが実際にはその倍、二十メートルはある。
実戦経験の豊富な熟練の戦い方だと思った。
「……なぜだ。なぜわかった」
「魔力だよ。君はいま剣技に乗せて魔術を放った、だけど魔力の波までは偽装できていない。感知能力が高い人に対しては不十分なフェイントだ、発動する前に間合いはバレてしまうさ」
「魔力の波? ふぇいんと?」
「そうだね。例えばこれとかどうかな?」
俺は力まず、殺意を込めず、型をたどるように剣を振り下ろした。
風圧も起きない、草木も揺れない、空間すらも斬られたことを気付かない――一見力の籠っていない初心な剣。
だが、次の瞬間――ここから見える最も高い山、そこの頂上にある木は縦にぱっくりと割れた。俺はそこを指さして言葉を続ける。
「俺は今魔力を込めた。君は観測できたかな?」
「い……いや、全く感じなかった」
「これが魔力の波を偽装するということだ。君は魔力を感知できなかった、だけど実際俺は魔力を操作してここから遥か先の木だけを斬った。これが魔力というもの神髄だよ。魔力には波という概念が存在して、それは偽装できる。少しは理解できた?」
ゾヴァエルは驚きで、目を瞠っていた。
事象は理解できたが、その意味までは理解できない――そんな表情だった。
だが、ゾヴァエルにはそれで十分だったらしい。
バスターソードを下すと、彼は俺に向かって頭を下げてきた。
「一度でいい、稽古をつけてくれないだろうか」
「いいよ。俺も自分の実力を知りたかったところなんだ」
そう伝えて、俺は彼の五メートルほど先に立った。
彼もそれを見てからバスターソードを構えて、小さく深呼吸をして息を整える。
「これが見えるようになったら、君も魔力の偽証をできるようになるはずだ」
「お願いします」
彼がそう言った瞬間、俺は彼の足を剣の腹で払っていた。
彼の表情は昔の俺によく似ていた。
気づけば空を仰いでいた、倒れている記憶すらない――そんな顔だ。
そんな彼の顔を覗き込んで、俺は尋ねた。
「見えた?」
「いや、全く」
「いつか見えるようになったらいいね」
「ありがとうございます、稽古をつけていただき」
「ちなみに気づいているだろうけど、君は殺さないよ。だって悪い人に見えないし、顔は怖いけど。よく言われない? 顔怖いって、ひげ剃ったら?」
そう言いつつ、俺は彼の懐を漁っていた。
ポケットの中から小銭の入った袋を見つけると、じゃらじゃらと鳴らしてお金を確認する。中身をひっくり返してみたが――はて、ここにきてようやく気がついたことがある。
ゲームだとぽちぽちしていれば買い物をできたが、現実になると硬貨に変わる。
どの硬貨がいくらの価値になるのか、俺にはさっぱりわからなかった。
そう考えている間も、ゾヴァエルは全く反抗しなかった。
山賊AとBはぽかんと呆気に取られているので、彼らのポケットも漁って硬貨を探してみる。
「ねえ、この魔族の拠点にはいくらくらいあるの?」
「かき集めて5000万イースってところだ。それ以上は逆さにしても出てきやしない」
「そっか、それだけあっても足りなさそうだなあ」
「それだけ強ければお金は嫌でも集まると思うんだが、なぜオレたちから奪おうとするんだ?」
「だって、山賊の汚いお金が消えたところで困る善良な市民はいないでしょ? 俺はお金がたくさん必要だから手っ取り早く集めたいんだ。地道に冒険者として稼ぐとかはナンセンスだね」
「……もしかして山賊ってオレたちのことか?」
「うん」
「いや……オレたちは山賊ではないのだが」
「え?」
「え?」
「だって、どうみても見た目山賊じゃん。洞窟の中も血生臭いし、女性の叫び声聞こえるし、子供の帰りたいって声も聞こえるよ? 典型的な山賊って感じするけど」
「それは……このザコーダがそういう服の趣味をしているだけだ。あと最近争いが絶えなくてな、なかには怪我人が多くいる。皆、治療をしていて苦痛で叫んでいるだけだ。それに、ここには身寄りのない子供たちが多くいる。彼らを養うためにも相応の金が必要なんだ」
ザコーダと呼ばれる山賊Aを見ると、てへへとらしくない恥じらいを見せていた。
よーく見ると隣にいる山賊Bは、結構小綺麗な武人らしい服装をしている。魔族のお貴族様と言われてもちょっと納得できちゃうかもしれない。
さて、そうなると――困った。
完全に俺の方が悪者扱いじゃない?
「ねえ、本当に山賊じゃないの?」
「命を懸けて言おう、俺たちは山賊ではない。確かに見た目は太古に人類を滅ぼそうとした魔族に見えるかもしれない。だが、断じてオレたちは悪いことをしていない」
「ふむ……」
「オレたちは元々人間だったんだが、先祖返りで魔族の呪いを受けた『呪い子』として生まれ、各国で『魔族』として蔑まれている。だからどの国にも属さない暗黒領域で集落をつくり、皆で息を潜めて暮らしているだけなんだ」
呪い子――それはこの世界での忌み子的な存在である。
はるか昔に人類と争った魔王や魔族の血の呪いに侵された存在として、忌み嫌われている。
呪い子は出産と同時に処刑される国も少なくない。それほど彼らは差別対象になっている。
彼ら呪い子は、制御できない特殊な能力【魔呪】を持って生まれてくることが多い。
とあるシナリオでは、生きているだけで周囲に病原菌を撒く災厄のような魔呪持ちの子がいた。その他にも人に触れただけで、触れた対象を急激に老化させる寿命吸いの魔呪を持つ子もいた。魔眼を持って生まれて、生まれた瞬間にその場にいた両親や医者を石化して殺した赤子もいる。ゆえに彼らは差別対象となる歴史を持っている。
呪い子というのは、前世で言うところの魔女に等しい差別対象になる。
魔女狩りのように、この世界でも魔族狩りが横行している。
そんな差別されている子らを匿う、暗黒領域にある洞窟。
ということは――。
(めっちゃ悪役じゃん、俺)
義賊ムーブしていたつもりなのに、本当の盗賊になってしまっていたようだ。
つまるところ、善意で作られた福祉施設に踏み入って、武器振りかざしながらお金巻き上げようとしているやばいサイコパス殺人鬼なのでは?
「そ、それはその……ごめん。これも返すよ」
俺は数えていた硬貨をゆっくり袋に仕舞い、彼らに返したのであった。
ちょっと気まずくなっていた矢先、彼が土下座をしてきた。
はて?
なぜ急に謝るのだろうか。
「あなたにお願いしたいことがある」
「ん? 願い?」
「ここにいる子らをお救いいただけないか? オレたちはとある部族と日々争いを繰り返している。毎日のように襲撃されて、怪我人が絶えない状態となっているんだ。いま応援を呼んではいるが……いつ到着するかも、そもそもこんな暗黒領域の奥地来てくれるかもわからない。だから、オレたちを守護していただけないか? あなたを心強い味方にしたい」
「。応援が来るまでの期限付き護衛依頼って感じかな」
「その通りだ」
「で、報酬は?」
「前金で1000万イース、達成報酬で4000万イースお支払する。これ以上は、ウチを逆さまにしても出てこない金額だ」
ふむ、悪くない依頼かもしれない。
俺はこの世界で人と関わって生きてこなかった。
生まれは路地裏、その後すぐに暗黒領域にソロで九年間潜り続け、無口な暗黒剣神と二年間を過ごして――今だ。
だからこそ、ここで俺と同じような孤児や差別対象として生きてきた彼らと接して、少しずつこの世界の温度感について知っていくのも悪くない。加えて、入学賄賂の半額が手に入る依頼ってのは大変嬉しい誤算ってやつだ。
さて、じゃあ早速仕事を一つしてみようか。
護衛依頼ってのは、依頼主との信頼関係が大事だとゲームで学んだんだ。
信頼関係をおざなりにして、報酬をバックレられる――なんて鬼畜シナリオもあるのだ。
(とりあえず……アレを斬ってみよう)
ゾヴァエルやザコーダ、クールな魔族Bくん、全員の頭上から黒くて細い煙が湧き出ていた。
その奥にある洞窟からも数えきれないほどの煙が湧き出ている。
その煙には少し見覚えがあった。
暗黒剣神が地上から消えていくときに見た、黒い狼煙と似たような物質だったのだ。
おそらくあれが、魔族と何かしら関係があるのだろうと推測している。
試しても文句を言わなそうな――、
「ちょっとちょっと、ザコ―ダくんこっちおいで」
「じ、自分になにか用っすか?」
「うんうん、ほいっと」
警戒される前に、俺は黒剣で彼の頭上にある黒い煙を斬ってみた。
その瞬間から、彼の頭から漏れ出ていた禍々しいものが消えていく。
幾分か、ザコーダくんの顔もスッキリしたように見えた。
「え!? なんすか!? 急に」
「どう? 何か体に変化あった?」
「そうっすね、なんか頭がくすぐたいような……」
彼がそういうや否や、つるつるしていた頭皮から髪の毛がもさもさと生えてきた。
もさもさを超えて少しずつボンバーな髪型に変わっていく。
その摩訶不思議な光景を見て、ゾヴァエルは自分の目を疑った。
「ザコーダ……お前、自分の頭触ってみろ」
「え、なんでっすか。いつもみたいにツルツルしたらご利益あるとかって冗談っすか?」
「違う。お前……ハゲの魔呪を完全に制御ができるようになったのか?」
「え? そんなわけ」
ザコーダは半笑いで自分の頭に触れる。
いつもは触れてもペタッとした感触しかないはずなのに、ペタッに届く前にモサッとした感触が掌に伝わってきたようだ。触るとボヨンボヨン跳ねる髪の毛に、阿保面で驚くザコーダくん。
「か、髪が……ふっさふさ!? ふっさふさっす! ふっさふさっすよ!」
ボヨンボヨンとボンバーな頭に触れて、小踊りを始めたザコーダ。
それを見て、俺の見る目が少し変わったゾヴァエルくん。
なんか俺は申し訳ない気持ちになった。
彼は好んで頭をつるつるにしていたと思っていた。
だけど違ったらしい、ザコーダくんは呪いの影響でハゲなっていたらしい。
なんかごめん。
見た目だけで山賊って判断しちゃって。
これで許してよね、よくわかんないけど魔呪治ったらしいしさ。




